第10話 騎士団長の願い
「団長、今日もあの王女と訓練していたんですね」
「ん? ああ、そうだな」
近衛騎士団長ルーベルは、レトメアとの訓練後、帰り支度の途中で仲間に声をかけられた。
ルーベルの片腕として長らく騎士団に貢献してきた副団長、ラースだ。
「王妃様のために、あの王女を真人間にするのだと言っておられましたが……調子はどうです?」
「悪くはないね。癇癪持ちと聞いていたが、この二年間一度だって俺の課す訓練に文句を言ったことはないし、吐くまで走ってもまた立ち上がる根性もある。出自に問題がなければ、十年後には騎士団にスカウトしたいほどだよ」
「……珍しいですね、団長がそこまで褒めるなんて」
「そうか? 俺はいつだって褒めて伸ばす方針にしているつもりなんだが」
「失礼ながら、そんな光景は見たことがありませんね」
ラースにバッサリと切り捨てられて、すっとぼけたように「おかしいなぁ」などと頭をかいてみせる。
そんな彼に、ラースは少しだけ真剣な声色で尋ねた。
「本当に、レトメア姫殿下を戦場に連れていくつもりですか? まだ八歳ですよ?」
「それだけの力はある。ほら、見てみろ」
そう言って、ルーベルは手にしていた木剣をラースに投げる。
どういう意味かと首を傾げながら、ラースはそれに目を向けて……驚いた。
その木剣は、もはや使用不可能なほどボロボロになっていたのだ。これでは、いつ砕けてもおかしくない。
「言っておくが、それは訓練前に出したばかりの新品だし、打ち合っている最中は魔力を込めて強度を上げていた。それでもその有様だよ」
「……恐ろしい怪力ですね。人間業じゃない」
「ああ。まだまだ技術に乏しく、体も魔力も出来上がっていない今の時点でその力だ、成長したらどうなるか、分かったものじゃない」
だからこそ、とルーベルは続ける。
「彼女を戦場に連れていくのは、悪くない手ではある。前線はいつだった人手不足で、強い人間を一人でも多く欲しがっているからね」
命がかかっている前線では、いくら化け物と呼び恐れられる王女であっても、実際に化け物と呼べる力で敵を倒してくれるのであれば、一定の敬意は払われる。
その敬意を積み上げていけば、今は孤立無援のレトメアにも味方が出来、あるいは王妃への謁見すら叶うかもしれない。
「ただ、問題はガーランド王子殿下がいることだ。あの方は第一王妃カサンドラ様の息子である以上、立場としては第二王妃シーラ様と敵対している。シーラ様の娘であるレトメア姫殿下が砦へ向かえば、新しい火種を生むかもしれない」
「どうでしょう、シーラ様の子供はレトメア姫殿下だけです、次期国王にほぼ内定しているガーランド王子殿下が、今更彼女の存在を気にするでしょうか?」
「さてね、全ては姫殿下次第だ。王子殿下と敵対してしまえば、最悪の場合、一生砦の中で戦闘奴隷同然に使い潰されるだろう。だが、もし仮に味方になることが出来たなら……ふふ、少しは王族らしく扱って貰えるだろうさ」
「……本当に、意外ですね」
「ん? 何がだ?」
「いえ……まるで、姫殿下の立場が改善することを願っているように聞こえたので。あなたは姫殿下を排除したがっているものだと思っていました」
「お前なぁ……不敬だぞ」
今のは聞かなかったことにしておいてやるよと、ルーベルは軽く手を振った。
その上で、まるで独り言のように呟く。
「だがまあ、そうなって欲しいと思っているのは本心だよ。姫殿下がまともな王族として成長し、周囲からの評判を回復してくれるなら、シーラ様にとってそれが何よりも幸せなことだ」
元々、ルーベルは一介の騎士として戦場を駆ける、有象無象の凡人でしかなかった。
そんな彼がある時、部隊壊滅の危機に瀕した時、颯爽と現れたのが王妃となる前のシーラだ。
強大な悪魔にも、見渡す限りの地平が埋め尽くされるような膨大な数の魔物にも臆することなく突っ込み、殿となって撤退を支援する雄々しい姿。
普通であれば、彼女はそのまま力尽き命を落としていただろう。だがそうはならず、魔物のほとんどを討伐しながれしっかりと生きて帰ってきた。
あの輝かしき太陽のごとき勇姿を、ルーベルは一生忘れないだろう。
血に塗れてもなお美しい彼女に剣を捧げたいと誓って鍛え続け、ついには近衛騎士団長にまで上り詰めた。
そうなった頃には既に、シーラは悪魔の呪いを受け、前線を退いてしまっていたが……あの時の誓いを違えるつもりは、ルーベルにない。
我が剣の全ては、シーラ様のために、と。
「姫殿下が化け物のまま終わるのか、それとも戦場に舞い降りた新たな英雄となるのか……楽しみだな」
まるで願うように、ルーベルはそう呟くのだった。
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