第9話 訓練と戦場行き

 私が時間回帰? なんていう奇妙な体験をしてから、早くも二年の時が経った。


 その間、客観的には私の生活に大きな変化はない。

 相変わらず行動の自由は制限されてるし、やっぱりお母様とも顔を合わせられないし、周囲の人からも化け物を見る目を向けられる。


 それでも、一度目の時と比べると、私の中では大きな変化があった。


 まず一つ目は、ミーミアが定期的に血を吸わせてくれること。お陰で、私は吸血衝動とはほとんど無縁のまま生活出来ている。


 もう一つは、私の料理が記憶にあるものよりずっと手の込んだ……ちゃんと王族らしいものになっているということ。


 厨房に近付いても邪険にされなくなったし、料理長が手を回してくれたんだろうか。正直ありがたい。


 そしてもう一つ、一番大きな変化が……近衛騎士団長のルーベルに、ほぼ毎日鍛えられていることだ。


「はあっ、はあっ……やあぁ!!」


 まだ八歳の幼い体には、少しばかり長すぎるんじゃないかってくらい大きな木剣を携え、勢いよく踏み込む。


 対するルーベルは、それをあっさり受け止め……横に流して私の体勢を崩してきた。


 でも、それくらいは予想通り。この男ならこれくらいは平然とやってくる。


 だから、私は敢えて一撃目の力を抑え目にして、即座に二撃目に繋げた。


「やあぁぁぁ!!」


 これでどうだ!! と放った渾身の二撃目だったけど……それは何も無い虚空を通り過ぎ、何の効果ももたらさなかった。


 あれ? と首を傾げる暇もなく、空中からスタッと真後ろに降り立ったルーベルは、木剣を私の首元に突き付ける。


「はい残念。ここまでです」


「っ……また私の負けか……」


 ガクッと肩を落としながら、溜息を溢す。


 そんな私に、ルーベルは苦笑した。


「これでも俺は近衛最強なんですがね。八歳のお姫様に負けるわけないでしょう」


「それでも……それくらいの実力がなかったら連れて行けないって言ったのはあなたでしょう?」


「そりゃあね。戦場に出たいなんて、そう簡単に許可が降りるわけないでしょう」


 ましてやこんなお子様に、とルーベルは鼻で笑う。


 私がこの二年、コイツの下で訓練しながらお願いし続けているのは、一度でも戦場に出ることだ。


 戦場というのは、この大陸の東半分を支配する“魔王”ディアボロの領域から流れ込んでくる、名も無き悪魔や魔物達から人の領域を守るための最前線のこと。


 この王国が蓋となって死守している最東端の砦に詰めて、武功を挙げる。


 それが今、私の目指している立場向上に一番手っ取り早い方法なのだ。


「前にも言いましたが……今のあなたの力は恐れを生むばかりで、便利なコマだと思わせるには心身共に未熟過ぎる。半端な状態で力を示すと、逆効果になりかねませんよ?」


「……それでも、今じゃないとダメな理由があるのよ」


 そう、ルーベルの言う通り、私の立場を考えるなら、物事の分別がつくと客観的に信じられる年齢になってからでないと、“化け物”としての悪名を無駄に広げるばかりだ。


 でも……私の記憶が正しければ、ちょうどこの時期に悪魔達の大攻勢が起きて、砦の守備隊に大きな犠牲が出てしまう。


 その犠牲者の中に、いるのだ。


 私の兄……第一王子ガーランド・デア・ムーンライトが。


「あの人を助けられれば、私の状況も少しは好転するかもしれないし……」


 ガーランド兄様は、剣よりもむしろペンで戦うような本の虫で、賢く聡明な次期国王最有力候補だった。


 私に関しても、特に嫌悪の感情を覗かせたりはせず、ただただ無関心だったし……上手く恩を売れれば、動きやすくなるかもしれない。


 特に、ガーランド兄様を介せば、ある程度政治に口を出せるのが大きい。

 私の持っている未来の知識を、兄様なら上手く活用出来るはず。


 その利点を押し出して、兄様に私の後ろ盾になって貰うんだ。


 もちろん、これは相当な賭けになる。

 失敗して、もしルーベルの言うように兄様にまで恐れられるようになってしまえば、私を排除したがる立派な新勢力の登場となるわけだし、最悪にも程があるだろう。


 それでも……化け物の私が死ぬ運命を変えようって言うんだから、これくらいのリスクは承知の上だ。


「まあいいでしょう、結果がどうなるとしても、俺にデメリットはありませんし」


「そういうことよ。何なら、化け物を合法的に始末するチャンスだとでも言えば、頭の硬い人達も首を縦に振るんじゃない?」


 王族自ら前線に立つのは、兵士の士気向上に大きく貢献する。それは、大事な大事な第一王子でさえ前線の砦に詰めていることからも明らかだ。


 それを建前に、私を前線に放り込んで、悪魔達に殺させる。


 そう言えば、私を殺したくて殺したくて仕方ない人達は、嬉々として送り込もうとするんじゃないかしら?


「……本当に、分かっていませんね。その程度の考え、あの腹黒い連中が既に考えてないとでも?」


「え?」


「あなたの戦場送りを誰よりも強く止めているのは、王妃様ですよ。あなたを死なせたくないからとね」


「……お母様が……」


 そう聞かされて、私は思わず涙腺が緩んでしまうのを感じ、慌てて目元を擦った。


 お母様も、本当は私を愛してくれている。

 そう信じてはいたけれど、心のどこかで、やっぱりあれは私にとって都合が良いただの夢だったんじゃないかって思いもずっとあった。


 だから……こうやって、お母様が私を守ろうとしてくれているのを知れるのは、本当に嬉しい。


 でも、今はその優しさに甘えるわけには行かないんだ。


「本人である私がそれを望んでるの。止めたいなら、直接話して説得してくださいと、お母様に伝えてください」


「姫殿下、説得なんて出来るわけないと分かってて言ってますよね?」


「当たり前でしょう。それが出来るなら、私はとっくにお母様に会えてるわ」


 意地悪な言葉だって私でも分かってる。


 だけど、このまま唯々諾々と従うだけじゃ、私の運命は変わらない。


 お母様ともう一度会って、今度こそちゃんと話すなら……お母様の意思だって踏み越えてやる。


「大丈夫よ、私は死なないわ。だって……私は、化け物なんだから」


 そう告げた私に、ルーベルがどこか悲しげな瞳を向けていたのは……私の気のせいだろうか?

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