第8話 騎士団長の呼び出し

 一晩中、ミーミアの胸で泣き腫らした私は、目元はパンパン、寝不足でガッツリ隈まで出来た酷い顔で朝を迎える事になった。


 ミーミアの計らいで半日休ませて貰えることになったけど、その間に医者の診察を受けたリアラは、病気が治っていると大層驚かれたらしい。


 効果はあるだろうと思ってたけど、一回で完治してくれたのはラッキーだった。


 この子が死ぬのは三年後だったし、今はまだそれほど重症じゃなかったのかも。本当に良かった。


 タイミングがタイミングだからか、「姫様が会いに来てくださったお陰です!」なんてキラキラした眼差しを送ってくれたリアラには、もう可愛いしかない。


 助けてあげられて、本当に良かった。


「で……まあ何とか、日が沈む前には王宮に帰って来られたわけですが……」


 ミーミアは私の事情を知ってなお、一緒に背負ってくれると言ってくれた。


 これ以上ないほど頼もしい味方を得て、血の心配もなくなって、さあこれからどうしようと考えていた私は、今。


「どうして私は、ここにいるんでしょうか?」


 今回のお出かけで護衛役を頼んだ近衛騎士団団長、ルーベルに呼び出された。


 しかも、騎士団が訓練時間を終え、誰もいない夕暮れの練兵場に、慣れない運動服でだ。


「もちろん、姫殿下の訓練のためですよ」


「はあ……」


「何も理解出来ていないって顔ですね」


 当たり前でしょ、とよっぽどそう言ってやろうかと思った。


 訓練それ自体の必要性もそうだけど、何より……よりによってあなたがそれをやる理由が分からない。


 新手の虐め? 私を合法的にぶん殴る理由作り?


「簡単な話です。あなたの力は危険過ぎる、しっかり訓練して使いこなさないと、死にますよ」


「……そう、あなたも見てたのね、私がリアラを治すところを」


「ええ、割り込んで止めるべきかどうか、最後まで悩みましたよ」


 嘘を吐け、と私は思った。


 私が、“化け物”がよく分からない魔法を使おうとしてるんだから、あなたの立場なら真っ先に止めるべきだ。

 だから私も、全員が寝静まったであろうあの時間に事を起こした。


 それを見ているだけで止めなかったってことは……何かあれば、そのまま私を殺す口実に出来るとでも思ったんじゃないの? この男。


「冗談でも誇張でもありませんよ。今のあなたは、呪われた忌み子とは言われつつも、所詮はいつでも殺せる無能な子供だと思われている。だからこそ、王妃様の計らい一つで命を繋いでいられるんだ。本当に化け物“らしい”力を持っていると知れ渡れば、あなたの立場はより厳しいものになる」


「…………」


 それはそうだろう。

 実際、私が一度目で討伐に踏み切られたのも、吸血衝動に耐えかねてミーミアを襲ってしまったせいだ。


 殺す寸前まで血を吸って昏倒したミーミアを見て、衛兵達が押し掛けて来て、それすらも半暴走状態だった私は鎧袖一触で蹴散らした。


 それが、王妃たるお母様や目の前の団長すら動かして、私を殺すことになった決定打なんだ。


「ですが……それも、“頑張れば”まだ殺せる力ならば、です」


「何が言いたいの?」


「もし仮に、あなたの力が正面から討伐するには強力過ぎて、多大な犠牲が避けられないとなれば。そして……そんな力を利用するのに都合が良いがあると分かれば、また違うでしょう」


「あなた……ミーミアを、私に対する人質に使おうっていうの?」


「ふふっ、最低限の頭はあるようで安心しましたよ」


 こいつ、よくもまあヌケヌケとそんな人でなしの発言が出来るわね、この場で一発ぶん殴ってやりたいわ。


 でも……その方が都合が良いって分かってしまう私も、人のことは言えないか。


「一つだけ教えなさい」


「何でしょう?」


「あなたがそこまでする理由は何?」


 気に入らない話ではあるけど、感情面を抜きにして考えれば、今の話は私とミーミアにとってものすごく都合が良い。


 私は生き残りのための道筋を示されたようなものだし、ミーミアも人質というと人聞きが悪いけど……裏を返せば、私をコントロールするための重要人物として、有象無象の悪意から守って貰えるはずだ。


 そして……ここまでするより、さっさと私の力の危険性を訴えて、私の首をはねた方がこの男にとっては面倒がない。


 それなのにどうして、と問う私に、ルーベルはほんの少しだけ、フッと切なげな笑みを浮かべた。


「俺は王妃様に忠誠を誓っている。王妃様に仇なす者は、全てこの剣で斬り捨てると心に決めた、たとえそれが誰であろうと。だが……王妃様の大切なものを傷付けないで済む道があるのなら、それに越したことはない」


 思わぬ返答に、私は目を丸くした。


 一度目の時は、私なんかさっさと殺すべきだって、誰よりも強く主張していたはずなのに……どんな心境の変化だろう?


「今の姫殿下なら……あるいは、俺が斬らなくて済む未来もあるのではないかと期待出来たので、こうしてわざわざお呼び立てしたわけです。ご納得して頂けましたか?」


「……ええ、納得したわ」


 切っ掛けは分からないけど、理由そのものは十分理解出来るものだし……女騎士として名を馳せたお母様の娘である私が、同じく武勇で名を馳せるというのは、悪くない案だ。


 たとえそれが、一歩間違えば破滅へのカウントダウンを早める毒だとしても、それを乗り越えられると信じて飲むしかない。


「よろしく、ルーベル。あなたにそんな気遣いをする気なんてサラサラないでしょうけど、一応言っておくわ。……私が王女だからって、六歳の幼女だからって、手は抜かなくていい。全力でやって」


「もちろんですよ、レトメア姫殿下」


 不敵に笑うルーベルに、私も精一杯の虚勢を込めて見つめ返す。


 しかしまあ……訓練って何をするんだろう? 私についていけるといいんだけど。


「それでは、まず手始めに軽くランニングから行きましょうか。この練兵場を百周ほど走った後、腕立て腹筋スクワット百回、魔力増強のための全力放出訓練を行い、それから……」


「…………」


 どんどんと積み上がっていく訓練内容を聞き届けながら、私は心の底から思う。


 ……ちょっと、早まったかもしれない、と。

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