第4話 料理長の懺悔
去っていくレトメアの後ろ姿を見つめながら、料理長──ダルタンは思う。
似ているな、と。
「王妃様の、若かりし頃を思い出すようだ……」
レトメアの母、第二王妃シーラ。
上級貴族の生まれでありながら、幼い頃より剣と魔法に取り憑かれた悪童として有名だった彼女は、その実力だけで反対する周囲を押し退け、ついに王妃の座すら射止めてしまった。
正妃ではなく側妃に甘んじているのは、第一王妃ともなれば流石に戦場に出ることは許されなくなるからでは? などと噂されることすらあった、本物の女傑。
そんなシーラに見出された一人が、ダルタンという男だった。
町の見習い料理人として燻っていた彼が、戦場への炊き出しでシーラと出会い、「面白いから私の料理人になれ」と半ば強引に王宮へ連れ去られたのだ。
そんな過去があったからこそ、ダルタンは今王宮料理長という栄えある立場にいる。
だからこそ、許せなかった。
シーラの立場を悪くするばかりの、レトメアという存在が。
「愚か者は、私の方だったな」
しっかりと管理出来ているつもりだった自分の厨房から、食中毒を出すところだった。
もしそのような事態になれば、ダルタンは自ら打ち首を願い出ただろう、それほどの大失態。
それを、他ならぬレトメアに救われた。
穢らわしい化け物だなどと追い出した、その日の内に。
「料理長! 一体何があったのですか? 早く調理しなければ、間に合いませんよ」
「いや……構わない。少しトラブルがあってな、メニューを無理のないものに変更する」
「は、はぁ」
露骨なほどに意外そうな顔をする部下を見て、ダルタンは思わず苦笑した。
……今、呪われた王妃だと後ろ指を刺され、厳しい立場に置かれているシーラ様のため、少しでも良い料理をと考えていたのだが……少しばかり、気張り過ぎていたのかもしれない。
致命的な事態を起こす前に気付かせてくれたレトメア様に感謝しなくてはと、ダルタンは己の心に刻み込む。
「それから……今日からは、俺の厨房でレトメア姫殿下の陰口を叩くことは決して許さん。あの御方の料理も、しばらくは俺がこの手で作る」
「は……!? 本当にどうされたのですか!? あんなに第二王女を嫌っていたのに!?」
「それだけのことがあったのだ。恩には恩で報いなければ、俺の気が済まん。……さあ、無駄話は終わりだ、早く厨房に戻るぞ」
「は、はい!」
そそくさと走る部下の後に続きながら、ダルタンはレトメアが去っていった方へもう一度目を向ける。
──許すも、許さないもありませんよ。私は化け物ですから。
僅か六歳の子供の口から出てきたとは思えないほど、悲しく達観した物言い。
そうさせた一因が自分にもあると思うと、ダルタンは胸が痛んだ。
「せめて、これからは……食事の時間だけでも、心安らかな時を過ごされますように。いや……俺が、この手でそんな料理をご用意して差し上げなければ」
料理人としての矜持と誇りに懸けて、ダルタンは誰にともなくそう誓うのだった。
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