第28話 音声検索
結論を言うと、おれは一切作業が出来なかった。それは推敲も何もかもを含めて、という話でである。と言うのもしばらくずっと原稿ばかりしていたから、いざグリーン車に乗り込んでしまったら、一気に眠気が出てきてしまった——と言う訳だ。恐らく多少は歩も理解していたのだろうけれども、弁当を食べて気づいたらくりこま高原を通過していたと言うのだから、末恐ろしい。起こしてくれても良かったのではないか?
隣を見ていたら、ずっと歩はタブレットを手に取って、睨めっこしていた。スタイラスペンを持ってちょくちょく何かを書き込んでいる様子だったので、もしかしたら校正や推敲をしていたのかもしれない。
「……目を覚ましたのかい?」
歩の言葉に、おれは目を丸くする。
「こんな環境だと、眠ってしまったよ……。本当なら、もうちょっとしっかり作業をしておかないと絶対に間に合わないのだろうけれど」
「とはいえ、休憩は大事だからね。別に問題ないよ、締切にさえ間に合えば良いのだから。あとは、作家と編集が一対一で決めて行くことだ。それは喧嘩でもあり、譲歩でもあり、会談でもある」
「……成程ね?」
商業というのは、なかなかに難しい。
それを今からでも教えてくれているのはとても有難いことではあるのだけれど——ただ、今の立ち位置は未だ作家候補生の一人に過ぎない。つまり、商業として作家になれない限りは、今のアドバイスは全くの無駄——ということになるのだ。
「さて、もう仙台駅か……。早いものだねえ。ちょっとばかり観光でもしようじゃないか」
そう言ってタブレットをカバンに仕舞う歩。
おれは何一つ作業が進まなかった罪悪感を手にしつつも、電車を降りる準備をするのだった。
◇◇◇
仙台駅に降り立つと、先ず感じたのは寒さだった。東京とはまた違う一段階下の寒さ、とでも言えば良いだろうか?
にしても、一応防寒着を着込んでいるとはいえ、この寒さか……。温泉でも浸かればまた違った感じがあるのだろうけれど、どうにかしてこの寒さを乗り切る手段がないものか。
「ところで、肇くん。運転はできるかな?」
「やったことはあるけれど……、でもペーパードライバーに近しいものだと言うことは変わりないぞ」
「松島に着くまでの間でいいから、運転してくれない? 普通の乗用車だから、特に問題はないと思うけれど」
「松島?」
「うん。やっぱり観光地と言えば松島だからね。ホテルもその辺りを確保している。電車で移動してもいいのだけれど、やっぱり足がないと困るからね。というわけでレンタカーを予約していると言うわけ」
「ちなみに歩は運転できるんだよな?」
「そりゃあまあ、一応ね。ただ、申し訳ないけれどぼくも仕事を進めていかないといけない。色々と予定が詰まっていてね……。無論、大変そうならすぐに運転を代わるから、遠慮なく言ってほしいし、もし今でも運転に自信がないと言うのなら、さっさと言ってほしい。無理強いはさせるつもりはないから」
「……いや、まあ、それぐらいはできるよ」
それに、良い気分転換にはなるだろうから。
そういうことで、おれは運転手役を了承し、レンタカー店へと歩き始めた。
◇◇◇
レンタカーを借りて荷物を乗せて、外に出る。
高速道路を乗る程の距離でもないらしいので、別に問題はないか。いずれにしても、見知らぬ土地であることは間違いないので、何処かでカーナビを使いたいものだ。
「しょうがないけれど、運転中にカーナビの操作が効かなくなるのは面倒なことだよね」
「しょうがないと分かっているなら良いじゃないか」
「だって助手席に座っていれば操作できるんだし、別にそれで良くないか? 例えばカメラをつけておいて、助手席から操作していなければロックすれば良い。ただそれだけの話では?」
まあ、おれはカーナビ業界のことは詳しくないけれど、それをしない理由がきっとあるだけで、一度は絶対に検討していると思うけれどね。
「……とにかく何処かコンビニにでも停めて、カーナビを入れるか?」
そう提案したのに、歩はスマートフォンを取り出した。
何をするかと思いきや——。
「ここから松島までどう行くか教えて」
スマートフォンにそう語りかけたのだ。
音声検索ということか?
数秒後、「音声案内を開始します」の言葉に続いて、スマートフォンの自動音声で案内を開始した。
「……便利だなあ、全く」
「別に、きみの持っているスマートフォンだって、これは出来ることだと思うけれどね?」
「それをしようと思っていたって、ついつい車に標準搭載されているカーナビを使おうと思ったりするだろう? つまり、そういうことだよ」
まあ、それはそれ。
とにかくカーナビにデータを入れるためだけに駐車する必要は無くなった。
一路おれ達は、歩のスマートフォンによる案内のもと、松島へのドライブを開始した——。
どうせ死ぬなら、コウカイを。 巫夏希 @natsuki_miko
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