第27話 移動手段

 明朝、おれと歩は東京駅に来ていた。

 旅行の目的地は仙台だった——寒い時期にわざわざ行くまででもないだろうに、等と思っていたけれども、歩の言い分的には行きたいときにそこに行くべきであり、そこに寒いも暑いも関係ないだろう、ということだった。そこについては何ら間違っていないし、明確に否定するのも間違っているような気がする——けれども、やっぱり冬という点は考慮して欲しいものだ。

 とはいえ、一泊二日。

 小さいスーツケース一つあれば、着替えは充分だった。それに、執筆用に用意されているiPadがある。ノートパソコンの方が打鍵感は良く、寧ろ執筆としてはそちらが良いのだろうけれど、短期間の日程である以上、重量物はなるべく減らしておきたい——というのが歩の言い分だった。成る程、一理ある。そう思っておれは歩の言うとおりに、iPadだけを持参したという次第であった。


「……一応言っておくけれど、新幹線で良いんだよな?」

「切符をもらっているだろう? それでもなお、信用してくれていないのは流石に如何なものだと思うけれど……。行きたいのなら特急で行ってもらっても構わないよ? 未だ本日第一号の仙台直通特急は出発していないだろうから、切符の変更はきくだろうし」

「いや、そういう意味で聞いた訳では……」


 新幹線ならば一時間半ぐらいで到着するが、仮に特急とした場合は五時間程度かかるはずだ。景色をのんびり楽しみたいのならば、それもそれでありなのだろうが、今回はそれを楽しむ余裕が果たしてあるのやら。気分転換という意味合いでは特急でも良いのかもしれないけれど。


「因みに旅のスケジュールは?」

「言ってもそんな観光地を巡るものでもないのだけれどね」

「?」


 旅行って観光地を巡ってなんぼみたいなところ、ないか?


「一応言っておくけれど、執筆によるスランプの気分転換——それが第一の目的だからね? その辺りだけははっきりとさせておかないとね。美味しいものぐらいは食べるから安心して」

「ぐらいは、ってことはそれ以外はあまり期待出来ない、ってことだよな……」


 何だろう。一気にやる気がなくなってきた。

 とはいえ、百パーセント遊べるものでもないってことぐらいは、薄々感づいてはいたのだけれども。


「ま、申し訳ないけれどそこに関しては了承してもらうしかないねえ。そういうものだよ、残念ながらね」

「……歩も何かするのか? 重そうなスーツケースだけれど」


 おれと同じぐらいの荷物しか持ってこないだろうに、何故か一回り大きいスーツケースを持ってきている。


「……色々と仕事があるんでね。致し方ないんだよ。ホテルも別部屋の方が良いだろう? プライベートを確保出来るからね」

「まあ、それは別に良いけれど……」


 プライベートを気にするものでもないが、まあ、そちらがそう言うのなら構わない。

 ただまあ、仮に相部屋とするならベッドぐらいは分けておきたいけれど。


「それじゃあ、改札に入ろうか。……それとも駅弁ぐらい買っておく? それぐらいの余裕はあっても良いと思うけれど」

「駅弁か……」


 気にはなるけれど、なかなか食べるタイミングってものが見つからないんだよな。

 だって駅弁というぐらいだから、駅に行かないと買えないものだし。


「今回は全部ぼくが奢るから気にしなくて良いよ? 食べたくないのなら、それもそれで良いけれど。ただまあ、飲み物ぐらいは買っておいた方が良いかな。車内販売もあるにはあるけれど、やっぱり少しだけ高いんだよね」


 そこまで言うのなら、致し方ない。

 きっとラインナップを見ているうちに食べたい駅弁も出てくるだろう——おれはそう思って、歩の意見に賛同することにした。



◇◇◇



 新幹線ホームは途轍もなく混雑していた。旅行シーズンって奴なのかもしれないけれど、大半は外国人だったと思う。座ってそのまま移動出来るんじゃないかってぐらいのサイズのスーツケースを一つや二つ手でもって居る。重そうな感じだよな、全く。しかし、それを乗せることは出来るんだろうか? とふと思う。確かおれの持っているスーツケースは一応機内持ち込み可サイズを選んでいるはずだから、普通に座席上の棚には載せられるはずだ。しかし、あのサイズでは……到底無理だろう。そいでいて、スペースにも限りがあるとしたら、載せることなど出来ないのではないだろうか?

 と、そんな自分には何一つ関係ないどうでも良いことばかりを考えていると、乗る予定の新幹線がホームに入線してきた。


「何号車だっけ?」

「グランクラスと行きたいところだけれど、グリーン車が空いていたからグリーン車にしたよ。グランクラスの方が確実に快適で、確実に優雅な時間を過ごすことが出来るのだけれど、仙台までだとその効果があんまり発揮しなくってね……」

「成る程ね?」

「まあ、そこまで理解してくれているのなら良いのだけれどね。さて、駅弁も買ったことだし。さっさとグリーン車に乗り込もうか」

「一応聞いておくけれど」


 ちょっとだけ気になったことがある。


「何?」

「……電車の中でも推敲はすべきなのか?」

「出来るのなら、それが一番ベストのやり方だと思うけれど?」


 歩に言い返されて、おれは最早何も言えないのだった。

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