第26話 気分転換

「……まあ、きみはまだまだ知るよしも無いし、これから延々と続いていく競争を乗り越えていかなくてはいけないわけだからね。とはいえ、賞においては完成度よりも優先されてしまうものがあることはある」

「…………それを見逃してしまうほどのアイディア、だったか?」


 例えばの話をしよう。

 異世界を舞台にした小説が二つあるとして、片方は剣と魔法を駆使して生きていく王道ファンタジーだとする。そちらは完成度が高かろうとも、世の中に存在する数は星の数と同義と言っても何らおかしくはない。

 しかしながら、もう片方が――それこそ突拍子もないアイディアで一作品書き上げたものであったとしよう。完成度が前者より低かったとしても、その作品が圧倒的に面白いと認められるならばそれが作品として成立する可能性は十二分にある――そういうことだろう。


「でも、それを見つけてくれるのって、やっぱり運なんじゃないのか?」


 プロになれば何かしらの手段を使って直接編集なりに提案することも出来る——とは思う。

 しかし、今の視点はあくまでも賞の応募者——即ちアマチュアである。

 アマチュアとプロが同じ舞台に立ってしまったら、後者が大きく優位に立つことは火を見るより明らかだ。

 しかしながら、アマチュアがプロになるためには、そういった競争に勝ち進んでいかなくてはならない。年々酷くなる茨の道、とでも言えば良いのだろうか。小難しい話を延々とするつもりは毛頭ないのだけれど、


「運も実力のうち、だよ。……やはり、そこは致し方ないのだと思う。どんなものであっても、不運な人間は居る。そういった人間の方がより難易度が高く厳しい壁として立ちはだかるのも、それはしょうがない。最早、こればっかりは如何しようもないのだから」

「そんな、見放すようなこと……」


 言ったって、それこそ何も変わらないのだろうけれど。


「安心して欲しいのは、きみは少なくとも運は良い方だと思っているよ。だって今こうやってレクチャーを受けられるんだから。プロ作家の下読みなんて、なかなかないんだぜ? それも、何の見返りもなく——だ。ちょっとばかしは凄いことだなと思ってくれると嬉しいけれど」

「思っているよ。そりゃあ……」


 感謝してもしきれないぐらいだ。

 ただ、感謝するタイミングは間違いなく今ではないのだけれど。


「ま、そういうことだよ。とにかく、校正ってのはある意味では執筆よりも手間だと思う人だって居るぐらい、大変なプロセスのうちの一つだっていうこと。それが分かっていれば、ぼくは何一つとして文句を言うことはないよ」

「分かったよ。有難う」

「なに、これぐらいであれば何時だって。それに……もしくは今度はきみがこれをレクチャーする番かもしれないしね? それが誰をターゲットにするかが分かっていないけれど」

「来るさ、絶対に。……ところで、」


 急に歩から話題を振られたので、おれは首を傾げる。


「なに、別に大した話じゃない。けれど、肇くんが校正に手こずっているのなら、少しばかりお手伝いをしようかな、なんて。無論直接指示することは御法度だ。だけれど……作業スペースの一時的な変更ぐらいは手伝ってやれる。そういう時こそ、面白いアイディアってのは出てくるものだし」

「歩。おれはいったいお前が何を言いたいのかがさっぱり……」


 おれの言葉が唐突に終了したのは、歩が何かを取り出したからだ。

 そこにあったのは、一枚の便箋だ。


「ちょっと旅行でも洒落込もうじゃないか。一泊二日の小旅行ではあるけれどね。……勿論、きみが駄目と言ったらなしにするつもりではあるけれど」

「そんなの……」


 そんなの、駄目って言う訳ないだろう。

 おれのために色々頑張ってくれているのに、それを無碍に出来る訳がない。


「良いよ、寧ろそうしてくれると有難い。ずっと作品と向き合ってきたからか、ちょっとここいらで新たなアプローチをすべきだと思っていた頃だったんだ」

「そうかい……。そう言ってくれると有難いよ。それじゃあ、出発は明朝で良いかな?」

「うん?」


 幾ら賞の応募期限まで時間がないからと言っても、急過ぎでは?


「今週しかぼくもスケジュールが空いていなくてねえ。来週からは新作の推敲を始めなくてはいけないし……。何で先に発売日を決めてしまうのか、と何度も編集に聞いたけれど駄目だったね。売れると思った作品はある程度一年間のスケジュールを決めてしまうのだとか言っていたよ。だから、ずらせるとしても四半期の間だけ。七月発売の作品を十一月に延期することは出来ない——と言っていたね。全く、困ったものだよ」

「何というか……大変だな」


 わざわざ大変な時期に旅行なんてしなくても良いのに。

 或いはお前もそこである程度執筆しておきたいというのがあるのか? もしくは現実逃避かもしれないけれど。

 そこまで聞く勇気は、今のおれにはなかった。

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