第四章

第25話 完成と校正

 締め切りまで、あと一週間を切った。

 そのタイミングで、漸くおれは原稿にエンドマークを入れることが出来た。


「……終わった」


 書き上げた瞬間、おれはそのまま身体を倒し、横になった。

 天井に視界を移し、おれはぽつりと呟く。


「……終わっちまったなあ」


 まさか、終わるだなんて。

 おれは全く——全く思いやしなかった。

 恐らくはこの一週間程度の追い上げが功を奏したのだろう——そう自己分析する。


「先ずは……報告かな」


 この短い間、ずっとおれをフォローしてくれた歩に。

 物語が完成したことを、報告せねばなるまい。

 そうして、おれは自室を後にするのだった。



 ◇◇◇



「……遂に、出来たんだね」


 歩の言葉を聞いて、おれは大きく頷いた。


「ああ。とは言っても、修正なり校正なりの時間が必要だけれどな。ギリギリまで頑張るつもりだよ」

「そうだね……。それが良い。そうすると良いよ。作品は完結する方が素晴らしいけれど、それでは未だ洗練されていない。誰しも初稿から完璧な作品を仕上げられる訳がないんだ。だから、作家は必ず何度も校正を繰り返す。それは、間違いを正すためだけのシンプルなものもあれば、『物語を正確に伝えるため』という使命もある……とは言うけれど、ぶっちゃけ凝り性じゃなければそこまでやらなくても良いような気がするよ、個人的にね」

「え?」

「だって、冷静に考えてみれば分かるけれど、そんなもの永遠に見つかるよ。例えば初稿が八十五パーセントの完成度だったとして、一度の校正で百パーセントに至ることはない。せいぜい九十パーセントが限界だろうね。そして、二度目は九十三パーセント、三度目は九十四パーセントと増える割合はどんどん減っていく。……何故だと思う?」

「何故……と言われても。その原稿に慣れてしまうから、とか?」

「半分正解かな。もう一つは——作家の性格がでてしまうのだと、ぼくは思うよ。とはいえ、たとえぶっきらぼうな性格であったとしても、何回かは必ず校正はしてくるはずだ。テレビでいうところの撮って出しなんてことは、先ず有り得ない。昔のように、雑誌に掲載した原稿でさえも単行本に収録する際には修正を繰り返すぐらいなのだから」

「……そういや、昔は小説を掲載する雑誌が沢山あったような。どうして減ってしまったんだろうな?」

「さあ? でも客観的に考えるならば——出版不況というキーワードで説明がつくんじゃないかな? それに、多様性もあるだろうね。昔は小説と言えば、紙の書籍一択だった。けれど、電子書籍が発達したしサブスクリプションも多数存在する。そういう多様性の結果……昔ながらの雑誌というのは、差別化をしていかなくてはいけない。例えばアニメ化している作品のビジュアルブックをつけるとか、書き下ろしの短編集をつけるとか。しかしながら、売上が低迷しているのに費用が嵩むということは、利益が下がるのは火を見るより明らかだ。爆発的に売上が増えたとてそれは一過性に過ぎない。それが恒常的になっていくのがベストなやり方なのだろうけれど、残念ながらそこまでは至っていない。当たり前と言えば、当たり前かもしれないけれどね。それに、作家の働き方も変わっていったんじゃないか、って勝手に思っているよ。昔は徹夜で作業をするのが美徳みたいな時代があった。悪く言えばやり甲斐搾取ってやつだ。けれども、それは禁止されていく傾向にある。かつては会社員だけだったのに、それがフリーランスにまで拡大しつつある訳だ。働き方が自由に出来る、ってのがフリーランスの醍醐味だって言うのにね……。それに、出版社のアプローチの仕方も変わっていった。昔は、出版社が広告まで引き受けていた。つまり、編集なり営業なりが売りたい作品をアプローチして、予算をかけて、どんどん宣伝していって、最終的にはメディアミックスを狙う——そんなやり方があった訳だよ。けれど、今は如何だろうか? 今はインフルエンサーという概念が存在する。作家という肩書きだけじゃなく、ユーチューブの登録者数が百万人を超える人気VTuberだって居る訳だし、各種SNSにまで広げてしまうとさらに影響力は拡大する。それこそ、出版社の古来のアプローチとは比較にならない程度に、ね。作家のファンが既に一定数出来上がっている状態で、出版社が書籍を出さないかとアプローチをかけていく訳。新人育成という概念が根本から変わってしまった——そう言っても良いだろうね。でも、出版社が新人育成を完全に止めてしまったか——と言われるとそうではないよ。そこは安心してくれて良いと思う。そうじゃなければ、肇くん、きみが作家としてデビューすることは非常に難しくなってしまうのだからね。インターネットでバズってからじゃないと作家になれないというのは、ある種作品のパワーを見せつけてからという意味では最高のプロモーションたり得るだろうけれど、新人作家の作品というのはそれだけで箔が付く。だって、未だ誰も見たことのない作品だ。そういった作品を読みたいと思う人間は、まだまだ居るからね」

「……成る程な」


 一気に話してはくれたけれど、あまりにも長すぎて話の内容を全て理解出来たか——と言われると正直怪しい。

 とはいえ、話は理解しておいた方が良い。

 今後、作家として生きていくのであれば猶更、だ。

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