第24話 公然の秘密
難しいなあ。
簡単には結論を出せないような、そんな感じだ。
「編集者と長く付き合うのも難しそうだな……」
「ぼくは一人目だけれど。二人目、三人目と出てくることもあるだろうね。編集者は平たく言えば会社員だから、上司命令で配置換えなんて当たり前に有り得る話だろうし、それを踏まえると、急に変わってしまうのは当然なのではないのかな? こちらは個人事業主だから、辞めたいという意思がなければ死ぬまで続けるほかないのだけれどね」
「成程……?」
参考になるかと一瞬だけ思ったがそんなことはなかった。
全く参考になりゃしない。
「とにかく、だ。きみがどのように作家になったとしても、編集者は必ずついてくる。彼か彼女かは置いておくとしても……二人三脚で作品を世に出していかねばならない。編集者は会社員だからと言って、何をしなくても良いのかと言われると、そういうことでもないだろうしね。やっぱり評価とかボーナスに関わってくるだろうけれど、だとしても一応給料は保証されているわけだしね」
「一概に同じ条件じゃない、ってわけか……」
「フリーの編集者も増えてきているから、必ずしもこの条件が成り立つとは考えづらいけれどもね。そうなってきたら、自分の力量になってくるわけだ。この作品をどのように売っていくかというのを、文字通り四六時中考えてくれるだろう。彼らもまた、作品の売り上げが様々な目標なり数字なりに直結してくるから」
「……色々と詳しいんだな」
「うちの編集は優秀だからねえ」
そういえばそうだった。
そういや、あの編集とは最近どうなんだ? あんまり表に出て来ないから、連絡も取っていないものとばかり思っていたけれど。
「近藤さんは優秀だよ。ぼく以外にも何人もベテランから新進気鋭の作家まで携わっている。……まあ、優秀すぎてたまに何を言っているのかさっぱり分からないことだってあるけれど。恐らくは、それさえも会社からは容認されているのだと思う」
「ああ——こないだの編集の卵をつける、みたいな話とか、か?」
「それこそ、そうだ。あれだって急に言われちゃあこっちも困るよ。ぼくだってプランを練って進めていたのだから、ね」
プラン、か。
本来ならばそれを執筆に当てれば良いものを、こうやっておれのために色々ああだこうだと考えてくれているのは、ちょっとばかりおれも気にしないといけないだろうな。
「ああ、言っておくけれどあまり気にしないで良いからね? これはあくまでもぼくが勝手にやっていることなのだから。肇くんがああだこうだ言う筋合いはない。そんなことに文句を言う暇があるのなら、一文字でも物語を前に進めるんだ。そして、完結させるんだ。どんな物語であっても完結しなければ意味がない。画竜点睛という言葉があるように、ね」
画竜点睛、か——。
確かに、その通りだなと思う。
どんなものだって、完成させなきゃ意味がない。
裏を返せば、完成させなければその評価は全く見当違いなものになることだって有り得る——ということ。
「ところで、物語は何処まで進めたのかな?」
「そこを突かれると痛いんだけれどさ。……まあ、大体半分ぐらいだよ。ただ、さっきも言ったけれどどんなストーリーを、どんなエピソードを選択すれば良いか、ってところで止まっちゃって。賞に応募するということは、上限が決まっているわけだろう? まあ、たまに上限撤廃みたいな賞もあるけれど、それは例外中の例外だな」
「まあ、変にエピソードを突っ込みすぎて消化不良に陥るのは一番良くないからね。そういう意味じゃあ……アドバイスできるのはないかなあ。ぼくだって知りたいぐらいだよ、エピソードの取捨選択の方法を」
「…………そうか」
仕方ない。
おれはずっと思っていたのかもしれない。歩に聞けば、どんなことだって解決できるだろう、と。
しかし、それは考えてみれば浅はかなことだったと言えるだろう。
どんなことにだって、完璧はありはしないのだから。
「悪かったな、難しい質問をして」
立ち上がる。
会話を切り上げようと思ったが故の行動だ。
「別に——きみが気にすることでもないよ。ただ、ぼくはぼくが分かることを言っただけに過ぎない。それがきみの望む回答ではなかっただけ」
「……ああ、そうだな」
そうして、おれは再び執筆に戻るべく、自分の部屋へと戻っていった——。
◇◇◇
ふう。
相変わらず、難しい質問ばかりして来るのだから、こちらも背筋が張るというものだ。しかし、ちゃんと肇くんの知りたかった答えを言えたのか——と言われると正直疑問だ。もしかしたらこちらに気を遣っているのやもしれないし。
「……ん?」
ふとスマートフォンを見ると、着信が入っていた。
「もしもし」
『あー、もしもし? ひつじですけれど』
電話の主は、こないだ相談に乗ってくれた牧場ひつじだった。
「どうしたの?」
『どうしたもこうしたもないよ。お気に入りのあの子、あれからどうなったかなーなんて思っちゃって。気になった次第なんだけれど』
「順調ですよ、今のところは。壁にぶち当たる時もあるけれど、一応物語は順調に進められているみたい」
『ああ、そう』
気になっていると言った割には、あっさりした返事だった。
「ああ、そう——って。気になっていた割には随分あっさりとした返事に見えるけれど?」
『ところで、いつ言うつもり? アレについて』
急に。
急にぶっ込んでくるな、こいつは。
何の話? とすっぽかしても良かったのだけれど。
「……気付いていたの?」
『反応的にね。てか、おかしいと思わないのかねえ。一つ屋根の下で——』
「彼が、成し遂げたら」
ひつじの言葉に割り込むように、ぼくは言った。
『——うん?』
「彼が成し遂げたら、言うつもりだよ。このことは」
どうせ、いつかは言わなくてはいけないことだ。
それぐらい——それぐらい、最初から分かっていたはずだった。
『ふうん、まあ良いけれど。応援はしておいてあげます』
「ありがとう」
まあ、確かにその通りだ。
肇くんが成し遂げなければ——これは永遠の秘密になる。
秘密にしておくほどかと言われると、否定は出来ないけれどね。
そうして、ぼくは通話を切った。
二人とも、肇くんが頑張ってくれることを祈って。
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