追放されると勇者に覚醒する運命の少年、荷物持ちを七十年やったあと、ついに追放されるも、もう遅い ~ワシは孫たちに看取られながら幸せな人生を大往生する~

nullpovendman

短編

「ヒコイチ、君は最近、荷物持ちも十分にできてないし、このパーティから追放するよ」


 リーダーのアトラスが追放を宣言した。


「そうだな。ヒコイチは若いのに、前より持てる荷物が少なくなったし、世界は平和だし、そろそろ他の仕事を探したほうがいいかもな」

「そうね、そろそろ冒険者の才能に見切りをつけたほうがいいかもしれないわ」


 世界一の魔法馬鹿と呼ばれるゴンザレス、続いてパーティの紅一点、双剣の使い手マロロも同調する。


 追放を言い渡されたワシ・・は、落ち着いていた。

追放されて恨むなんてことはない。

これまでの感謝を伝えたいくらいだ。


 荷物持ちのおかげですっかり日に焼けた手は震えている。


「そうじゃのう。これまで七十年・・・、荷物持ちとして雇ってくれてありがとうと言わせてもらうかのう。あと、人間の八十歳はジジイじゃと何度言ったら覚えてくれるのかのう」


「何言ってんだよ。七十年ぽっちじゃ、マナの輝き、変わんないだろ。それにしても人間って不思議な種族だよな。成人する前にたいてい死んじまうんだもん」


 ちなみに、エルフの成人は百歳である。


 エルフはマナの輝き方で他人を判別しているらしく、人間であるワシの見た目がジジイになっても違いがわからないらしかった。

 頼むからちょっとはわかってほしい。

アトラス、ゴンザレス、マロロの三人が全員人間の見た目の違いを理解していない風であったから、エルフと人間の感覚の違いは大きいのであった。


 あやつらが平気で若者扱いしているものの、ワシはもう八十歳だ。

孫もひ孫もいる年齢となり、そろそろついていけなくなったところだったから、ちょうどいい機会である。

追放されても円満に終われる。


 ワシは三人に礼を告げて別れると、故郷の村に帰ることにした。


一人歩いての旅路である。

 八十歳とはいえ、冒険者の荷物持ちをするくらいなので、よぼよぼとした足取りではない。

ジジイとは思えないほどシャキシャキとした足取りであると自負している。



 その日の夜、野宿しているときに、夢枕に女神さまが降臨した。


「おお、ついにお迎えが来たか」

「違いますぅ! 神託で教えてあった、勇者誕生のお知らせですぅ! って君、追放されるの遅くない? もうおじいちゃんじゃん」


 軽い口調の女神さまだが、後光がさしており、お迎えと勘違いしてもおかしくないおごそかさがあった。


「エルフのパーティじゃったからのう。七十年なんて彼らにとっては一瞬なんじゃろうのう」

「ある程度強くなったら追放されろって神託なのに、なんで君は七十年も荷物持ちやってるのよ! まあいいわ、神託のとおり、勇者にしてあげるから。聖剣もあげるわ」


 いらないのお。


「この歳で勇者とか言われてものう。もう遅いのじゃないかねぇ」

「一度授けた神託は取り消せないから仕方ないじゃない! せいぜい長生きしなさいよね!」


 女神さまの神託も不便じゃのお。


 女神さまはぷんぷん、と怒りながら消えていく。

ワシはすぐに夢から覚めた。

歳をとると眠りが浅くなるのだ。

 

 手にはいつのまにか光り輝く剣を持っている。


「これが聖剣かのう。もらっても仕方ないんじゃが」


 まだ朝は早いが、眠気はない。

年を取ると早起きになるので仕方ない。

 村までの移動を再開することにした。


 勇者となったものの、倒すべき魔王はもういない。


 魔王は勇者不在のまま、四十年前にアトラスたちが倒した。

 勇者となるべきワシの覚醒は特に不要らしかった。


 ワシは神託とはなんだったのか、と思ったがあっさり倒せたので黙っていた。


 今さら勇者に覚醒しても、もう遅い。

 特にやることはないし、故郷に帰って妻や子供たちや孫たちと戯れることを楽しみにする、一人の老人に過ぎないのであった。


 聖剣は長さがちょうどいいので、杖の代わりにした。



 村に帰ったワシを出迎えてくれたのは、妻、娘婿、孫夫婦、そして孫の腕に抱かれた末のひ孫じゃった。


「おじいちゃん、何か光ってない?」

「神託の勇者覚醒が今さらきてのう。これ聖剣じゃ」

「え、おじいちゃんが勇者って本当だったの? 今? もう遅くない?」


 ワシもそう思うのう。


「聖剣はなんかピカピカしていてきれいだし、ベビーベッドの上にでも吊るしておけばいいのじゃないかのう」

「うーん。いいのかなあ。おじいちゃんがいいっていうなら、吊るしておくけど」



 家族と晩御飯を食べる。

久しぶりに我が家の風呂に妻と入る。


寝るのが早い、ひ孫の子守歌代わりに、ワシの人生を語り聞かせることになった。

 妻と、孫夫婦も聞いている。


ワシの一人称がまだ俺だった頃、そうじゃな、ワシが十歳のとき、教会で神託があった。

ワシ、ヒコイチを優秀な冒険者パーティに所属させてある程度成長したところで追放させると、世界の危機を救う勇者となるだろう、との内容じゃった。


神託を伝えられたワシは、国で一番のパーティであった、弓の名手アトラス率いるエルフパーティに荷物持ちとして雇ってもらえないかと相談したところ、あっさりOKをもらった。


これで一安心かと思ったのが運の尽きよ。

エルフは人間の十数倍の寿命だからか、時間の感覚がずれていた。


荷物持ちで失敗しても、まだまだ子供だろう、と大目に見てくれる。

魔物退治の仕事で失敗しても、まだまだ子供だろう、とサポートして倒してくれる。

そんな状況が十年、二十年と続く。


ワシは青年となり、相変わらず荷物持ちをしていたが、エルフパーティではまだまだ子供だろう、とどんな失敗をしても追放されることはなかった。

ワシもいい加減、エルフの時間間隔がおかしいことは気づいた。

もう子供ではないと指摘していたが、アトラスたちは気にも留めず、相変わらずワシを子ども扱いし続けた。


もういい大人の見た目になったというのに。


 そういえば、この世界の情勢についても話しておかないとな。

ワシが二十五歳となったころから、世界を滅ぼす魔王が現れ、人間やエルフの住処に侵攻を始めた。

歴史家の言う、暗黒時代じゃ。


勇者に覚醒するために、と魔王の配下と戦ったワシを、アトラスたちは、温かい目で見ていた。

ワシは弱く、たびたび強敵に出会っては倒し損ねて反撃され、死にかかっていたが、アトラスたちがあっさり倒していった。

まだまだ子供だから、仕方ないな、と言いながら。


すっかりおっさんになったワシを、ひたすら子ども扱いし続けるアトラスを見て、エルフと人間はわかりあえないのだな、と思ったものじゃった。

そういう家系だったのか、そのころからワシの髪は薄くなり始めていたのじゃが。


婆さんと出会ったのは、そのころでな。

最初は、神託の勇者を語る変な奴だと思っておったそうじゃ。

荷物持ちの冴えないおっさんじゃったしな。


婆さんの村が魔物の軍勢に滅ぼされそうになった時、真っ先に駆け付けたのがワシじゃった。

ただ、勝てはしなかったのお。

婆さんたちを守って、時間を稼ぐくらいしかできんかった。


そこでワシに惚れた婆さんと所帯を持っても、まだ荷物持ちを続けることになったワシは、一層魔物との戦いに力を入れ、ついに魔王に挑むことになった。


結局、アトラスたちが魔王まで倒しては、子どもには難しかったか、と言い放ったのだから、あやつらとはついにわかりあえんかったのう。


魔王討伐当時、ワシは四十歳じゃった。

 全然子供ではないし、前髪も大分後退していたし、妻も子供もいたのだが、エルフから見れば、若いようじゃった。



それにしても、あやつら勇者抜きで魔王倒してしまったのう。

ワシの神託はマジで何だったんじゃろうな。

もしかして、もう一回魔王が現れるのかもしれん。

 そう思いながら荷物運びを続けに続けて四十年。

結局魔王は二度と現れなかったのじゃ。



 神託を受けて七十年、女神さまは現れたものの、一人のジジイに杖代わりの聖剣を与えただけじゃった。


 そう、このピカピカ光っているやつじゃな。





「じいじ、いつもの話聞かせてよ」


 ひ孫も大きくなり、ワシの昔話をせがんでくるようになった。

 子守歌代わりに聞かせた甲斐があるというものじゃ。


 聖剣は相変わらずピカピカと光っているが、魔王が現れることなんてなく、平和な時代が続いている。


 このまま孫やひ孫に囲まれて、余生を過ごすのも悪くないかもしれんのう。

 勇者になるには遅すぎたが、残り少ない余生を楽しむには、遅すぎるということはないじゃろう。


 ふと鏡を見ると、ワシの頭が、ベランダで物干し竿として活躍中の聖剣と同じくらい光っているのじゃった。


(了)

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