ブレッドウーマン

境 環

第1話

 私は、死にたい女。最近、この世の中、自殺はウイルスの様に蔓延していないだろうか?投身自殺、焼身自殺、首吊り自殺、などなど……

 その中でも、上手く死にきれた人、非常に残念ながら死にきれなかった人。死にきれなかった人は、自死を選んだ自分を恨むくらいの、熾烈な過程を通過して生きかえる。


 ショーウインドウに映る私は、汚い。髪はボサボサ、服もヨレヨレ、顔はいったい誰なのだ?と自分の顔立ちが分からぬ程に変化していた。

 よく死相が出れば、死ねると言われているが、やはり死にきれないのは精神的に負担なので、自死出来ずにいた。

 街を彷徨ってから、何日経っただろう。


「死にたいな~」


「やはり、そうでしたか……」 


 声がした方向を探し当てる。急に目に飛び込んできた人間。


「死相が出てますね~でも、自死する勇気がない。分かりますよ~その気持ち」


「あ……はぁ……」


 私はピノキオみたいな男に、そう言われて相槌を打った


「どうでしょう……人間から子供食堂のパンになってみれば?」


 ん?子供なんたらのパン?

 どういう事だ?何を言ってるんだ?


「あなたはパンになるんですよ。人間とおさらばして、お腹が満たされない子供の朝食として……」


 お腹が満たされない子供達の、パン…

 なんじゃそりゃ!!


「どどどど…どういう事です?あなたは何者ですか? 何で私がパンになる必要があるんですか?」


「死にたいんでしょ?この世から消えたいんでしょ?じゃあ、恵まれない子供の為に、最期にパンとなって人生に終止符を打てば。子供は喜びますよ~」


 何を言ってるんだ?このピノキオみたいな男……

 ん?この男……普通の人間ではないな。

 ハハハ、何しろピノキオに似ているんだもの、人間ではないか。


 私は、ピノキオ男に笑いのツボを押されて、大爆笑した。


「死にたい方は、最初は皆そんな風に笑うんですよね~でも、最期には私に感謝するんですよね~」


 ピノキオに感謝?そんな馬鹿な!!

 爆笑の最中、ピノキオは真剣な眼差しでこう放った


「死にたいんでしょ?楽に。それが私には出来ると言っているんですよ」


 そうだ。私は死にたいんだ。楽に死ねるなら、やぶさかではない。万々歳だ。


「では、ピノキオさん、私を楽にして下さい」

 丁寧にお辞儀をした。

「ピノキオではないけれど……では、ハルトくんの朝食のパンになって下さい」


 ピロピロピロピ〜ン


 あっと言う間に私は、ハルトくんの6斤の食パンへと変わった。



 ピノキオ男は、私(パン女)を袋に入れて、子供食堂へ向かう。


「おじさんこんにちは!」

 元気な少年が声をかけてきた。


「やあ!ハルトくん。元気にしてるかい?ちょうど明日からハルトくんに食べて貰う朝食の『パン』を持って来たよ~」


「わ~い!美味しそうなパンだ〜 おじさんありがとう!」


 屈託のない笑顔を見せるハルトくんに、食べられるなら本望だと思った。

 

 子供食堂……テレビで聞いた事があった。個々の問題により、家庭で朝食を食べられない子供がたくさんいると言うこと。

 私が子供の頃は、そんな悲しい思いをする子はいなかった。世も末だと思った。


 

 1枚目。今日から6日にかけてハルトくんに食べられる。少し、ダルい。ハルトくんは残さず食べてくれた。


 

 2枚目。ちょっと熱っぽさを感じた。ハルトくん完食。


 こうやって、段々と弱っていって最期を迎えるのか……人間としての意識がちゃんと残っている。「パン」に変わっても。段々と死の恐怖が芽生えて来た。しかし、時すでに遅し……


 

 3枚目。意識が朦朧としてきた。

「待って!食べないで……友達に言いたい事があるの…あの時急に殴ってごめんね」


 

 4枚目。生きているのか、死んでしまったのかが分からない状態。

「待って……好きな人がいるの。想いを伝えられなかった……好きです!と勇気を出して、告白すれば良かった」後悔の念に駆られる。


 

 5枚目。最早、ハルトくんの顔が見れない。真っ暗闇だ。ダルさも痛みも感じない。薄い意識のなか、大学まで出してくれた両親に感謝したい。


 就職してから、私の運命が変わる。真面目過ぎたのだ。出来る女になりたくて、必死で仕事を頑張った。それが仇になり、精神が崩壊してしまった。毎日、死にたいと思うようになったのだった。



 6枚目。最期だ。涙が溢れて止まらない!



 「うわぁ~このパンビチョビチョになってる!食べれないよ~わぁ〜ん」



 微かに聞こえる子供の嗚咽。遠ざかる意識……


 「おじさんが食べてあげる」


 ピノキオか?薄っすら声が聞こえる。


 そして、何も聞こえなくなり、見えなくなった。



 死んだおばあちゃんが、笑いながら手招きしている。川の向こう側から。

 黄色い花が、ゆらゆら揺れている。綺麗な景色。


 死んだんだ……おばあちゃんの所へ行こうと駆け出した、が……


 「は〜い〜!ブレッドウーマン!!ようこそ!」


 あら、ヤダ。この世にもピノキオ男がいるのね。

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ブレッドウーマン 境 環 @sktama274

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