第20話 空街

 打ち上げられている途中、上下の感覚がぐるりと回転する。

 体が引っ張られ、落ちていく先にあるのは――空街。

 地面と空が逆になったんだ。

 すごい、結界って本当に不思議!

 って、感心している場合じゃない。私、着地のこと何も考えてないや!

 どうしよう、オトを探す以前の問題だ!

 こうして考えている間にも、空街の地面との距離が近づいていき、私の体はぺしゃんこに――はならなかった。


『あ、あれ……これってネット?』


 私を受け止めたのは、固い地面ではなく白いネット。

 白い糸でできている。ということは……。


『あなたのおかげ?』


 頭の上にいるワタグモに呼び掛けると、「そうだよ!」と言っているかのように飛び跳ねた。


『ありがとう、助かったよ!』


 ネットから降り、変化の術でいつもの姿になる。

 さっきまでいた都会(空街の反対ってことで「地街」と呼ぼうかな)から空街は見えていたけれど、実際に来てみるとその迫力に圧倒されてしまう。

 和と中華が絶妙に入り混じっていて、華やかでまるで映画の世界みたい。

 カクリヨと同じ街並みみたいだから、本当なら妖怪たちでにぎわうんだろうなぁ……結界だから、もちろん誰もいないけど。


「カクリヨ、一度は行ってみたいな……あ、違う! オトを見つけなきゃ」


 危ない危ない、景色に見とれている場合じゃない!

 探すといっても、こんなに広い場所からどうやって探そう?

 建物はたくさんあるし、1軒1軒調べるのも大変そう……。

 辺りを見回すと、とりわけ高い建物が見える。

 そういえば、昔おじいちゃんが言っていたっけ。かくれんぼの鬼側の必勝法。


「『高所だ、とにかく高いところに行きなさい』……それで木に登ったら、先生に怒られたっけ。でも今回は使えるかな?」


 おじいちゃんの必勝法を信じて、そこに行ってみることにした。




 不思議なことに空街には、地街のように妖怪たちはおらず、目的地まで問題なく到着できた。

 両開きの扉を開けて中に入ると、内装も外に負けないような華やかさ。

 吹き抜けになっていて、らせん階段が伸びている。

 て、天井が見えない……何階まであるの?

 階段を取り囲むように、部屋が並んでいる。

 もしかしたら手がかりになるものがあったりして……調べてみよう!

 一番近くにある部屋に近づくと、頭に乗っていたワタグモがなぜか降りてしまった。


「どうしたの? この部屋に何かあるとか?」


 聞いてみたけれど、「違う」と言うように体を振る。


「それじゃあ何が――ぎゃっ!」


 上から何か降ってきて、私に覆いかぶさる。

 ワタグモはこれを察知して降りてきたみたい。


「これって……布?」


 鮮やかな朱色で、オトが好きそう。

 吹き抜けだから、上の階にあったものが落ちたんだと思う。


「風で飛んできたのかな、それともここには誰かが……」

「あなたとわたくし以外、ここには誰もいませんわよ」


 ……へっ?


「ぬ、布がしゃべったぁああああ!?」


 びっくりして腰を抜かすと、布はひらりと舞い上がり姿を変える。

 現れたのは――


「オト!」

「遅いですわよ、もう」


 布の正体はオトだった。

 良かった、ここにいたんだ!

 会えたことがうれしくて、つい抱きついてしまう。

 

「ちょっと!?」

「オト~会いたかったよ! ごめんね、私のせいで……」

「あなたのせいでってわけでは……って泣かないの! 着物が濡れてしまいますわ!」

「だって~!」

「だって、じゃありません。離れなさい!」


 そう言うけれど、引きはがそうとはしてこない。

 なので遠慮せずに、たくさん泣いた。


「私ね、ずっと後悔してたんだ。1人で突っ走っちゃってごめんね」

「……わたくしの方こそ、ごめんなさい。あなたが影に飲み込まれれば、きっと『ぱにっく』で何もできなくなるでしょう。わたくしなら捕まっても、化けたりして逃げ隠れができる。そう思っての行動だったのですが……心配させてしまいましたわね」


 背中をさすってくれるオトの手は温かく、優しい。

 しばらく思いっきり泣き、落ち着いて離れるころには……オトの肩は湿っていた。


「少し気持ち悪いですわ……」

「ご、ごめんね。ねぇ、飲み込まれた後何があったの?」

「話す必要がありますわね。けれどその前に、あなたがどうしてここに来たのか、どこまでのことを知っているのかを教えてくださる?」

「そうだね、ええと――」


 頼まれた私は、家を飛び出してからのことを説明した。

 ハクロさんの正体を知り、明日乃様と影に飲み込まれたこと。あの会議室で見たもののこと……。

 そして、私たちがやるべきことも。


「なるほど。わたくしたちがすることはハクロの再封印……」

「うん。連れてこられた人達を家に帰らせるためにも、私たちでやらなきゃいけないんだ」


 明日乃様から預かった封印札を見せると、「異論はありませんわ、やりましょう」と賛同してくれた。


「あ、それと。あなた、ハクロとは以前から知り合いでしたの?」

「昨日、一目ぼれした人がいるって言ったでしょ? それ、ハクロさん」


 それを聞いた途端、オトの三角の耳がびくりと動く。


「……はぁ!? コトハ、大丈夫でしたの?」

「大丈夫って……そりゃ、ショックだったけど……」

「そういうことじゃなくって!」


 私の肩をつかみ、ものすごい勢いで揺さぶってくる。

 な、何!?


「ハクロの狙いは――歌術をこの世からなくすことですのよ!」

「歌術を、なくす……!?」


 明日乃様でさえ知らない、ハクロさんの目的。

 それが……歌術をなくす!? この世から!?


「どうして、そんなこと……」

「理由はわからないけれど、本人の口から聞いたことですわ。この結界に入ったわたくしを、この建物に連れてくるなり彼は言ったのです。『ここで大人しくしてろ。俺の目的が果たされたら、ここから解放してやる。余計なことをすれば命はない』と」


 か、完全に脅しだ……。


「目的が何か尋ねたら、あっさりと教えてくれましたわ。歌術は、作り出した狸と狐の子孫たちにしか使えないもの。つまり――どちらか片方がいなくなれば、使えなくなる。そして、今いる子孫はわたくしたち2人だけ」

「片方がいなくなれば……」


 さっきオトが心配していたこと。それが何を意味しているのかを理解した。

 その恐ろしさに血の気が引く。


「命を狙われている――?」

「……ええ、その通りですわ」

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