第19話 禁忌の術

 ここにいるのが、妖怪に連れ去られ存在を消された人々!?


『たっちゃんの時とちがう……どうして結界の中に?』


 大きなテーブルによじ登り、恐る恐る顔を近づけても全く目覚める気配がない。

 会議室の奥に、ホワイトボードがある。壁にくっついている、大きなもの。


「何か書いてあるね、妖怪たちの連絡事項のようだ。どれどれ……」


〈邪神様の理想を叶えるため、我ら同志は“邪神計画”を立ち上げた。

 この計画により、邪神様はかつて以上の力を手にするだろう。


 【計画の手順】

 壱――邪神様の信者を発見し、捕らえる。(信者には、わずかな妖気が付与されているので、しっかりと見つけること)

 弐――多くの人間が失踪すれば騒ぎになる。“禁忌の術”で連れてきた信者にまつわる、すべての記憶を消去する。(縁のある妖怪には効かない場合がある。気を付けること)

 参――“禁忌の術”が効いている間、その人間は意識を失う。邪神様に捧げるその時まで、傷つけずに隠しておくこと。

 肆――時が来たら、さらなる力を手に入れるための生贄として、邪神様に捧げる。


【備考】

 先日、邪神様が初めてお見えになり、この計画をお教えしたところ、信者たちの保管場所として結界の一部を提供してくださった。感謝して使うこと。

 また、天狗がカクリヨに連行された。同じ轍を踏まないように、上記の内容を頭に叩き込むこと〉


 ご丁寧に、妖怪たちの目的と一連の手口が書いてあった。

 信者とか邪神の妖気とか、気になることは多いけれど……特に目を引いた言葉がある。


『……禁忌の術』

「なるほど。コトハの友達やざしきわらしが住む家の人々が、周囲から忘れられた原因はこれか。あの天狗、たしかに贄とかは言っていたがここまで詳しいことは吐かなかったからな……」


 歌術使いになってやっと、妖怪との関わりが増えて知ったことなんだけど……妖怪にとって「覚えてもらう」ことはとても大切なことなんだって。

 人が心臓が動かないと生きられないように、妖怪は誰かに覚えてもらわないと存在できない。

 妖怪が人間を驚かせたりいたずらをするのは、自分の存在を誰かの記憶に残すためでもあるみたい。恐怖や驚きは心に強く残りやすいから。

 だから、存在を消す術は恐ろしいものなんだ。


「妖怪にとって致命的な術を、まさか人間に使うとはね」


 明日乃様の顔が険しくなる。

 正直私も腹が立っている。この術を友達に使われたから。


「それに加えて邪神の理想……あいつの目的は何なんだ?」

『とりあえず、この人たちを家に――あ』


 重大なことに、たった今気が付いた。


『この結界から出る方法、ありますか……?』

「1つだけ、やり方がある。この結界を壊してしまえばいいんだ」


 そう言って取り出したのは……名刺入れ!?

 100均に置いていそうな、透明なものなんだけどその中身は……。


『お、おふだ!?』

「そう! ハクロを封印するときに使った『封印札』、その改良版だ。結界はあいつの力で作られているからね。これをあいつの額にでも張り付けてしまえば、ハクロは力を使えなくなって、結界は消滅する。ここにいる人たちを家に帰すこともできる」

『それじゃあ私がすることは――』

「空街でオトを探し、封印札をハクロに使うことだ」

『かなりの大役じゃないですか!』


 わめく私はテーブルから引きはがされ、高い高いのように両手で持ち上げられる。


「そうだとも。でも君たち歌術使いなら、きっとできるさ。……信じているぞ、愛弟子」

 

 笑顔で持ち上げられたまま会議室から出され、屋上まで運ばれた。




 明日乃様が言っていた作戦。

 それは――


『トランポリン?』


 先に着いていたワタグモたちの糸で、屋上には巨大なトランポリンができていた。

 糸の端はフェンスに結び付けられていて、中心部の底はワタグモが引っ張っている。

 真ん中に立ったら離されて、上に飛ばされる仕組みらしいんだけど……。


『これで本当に行けるんですか……?』

 

 正直、不安でしかない。


「大丈夫大丈夫! 結界の中なんだ。不思議なことなんてホイホイ起きるさ!」


 ちっとも安心できないんだけど!?

 明日乃様は、歌札の箱に封印札を入れて、私の背中にもう一度糸を括り付ける。


「屋上に来たんだ。目立つし追手の妖怪がすぐに来るだろう。私が引き留めるよ」


 終えると、私をトランポリンまで運んでいく。


『そ、それだと明日乃様は1人で』

「1人じゃないさ、ワタグモたちがいる。……あ、君にも1匹同行させよう」


 頭の上にワタグモを1匹乗せられた。

 下から何かが聞こえる。足音や羽音、車輪が転がる音……。

 妖怪たちが上ってきているんだ!


「なんだ、意外と早いな? とにかく私は不老不死なんだ、心配はいらないよ。ああ、そうだ。たまには師匠らしく助言してあげよう。――歌術の力を最大限に引き出すには、感情が不可欠だ。強い想いを、思いっきりぶつけてやれ」

『強い想い……』


 それだけを言うと、私をトランポリンの真ん中に放り込む。

 ちょうどその時、妖怪たちが屋上に現れた。

 猫又、鉄鼠、あかなめ、大ムカデ、火車、人面犬……神社で影に飲み込まれた妖怪たち。

 彼らの視線がこちらを捉えた。


「いたぞ、あの狸だ!」

「歌術使いだ、捕まえろ!」


 引っ張られていたトランポリンの底が手放され、私の体は真上に発射!

 妖怪たちが追いかけようとしてきたけれど……そこに師匠が立ちはだかる。


「やあやあ、諸君! まずはこの私と遊んでほしいな。何てったって、君たちが崇拝する邪神ハクロを封印したその人なんだぞ。それとも……こんな人間1人に怯えているのかい?」


 大げさな挑発に、妖怪たちは激怒し狙いを変える。

 風の音で声が聞こえなくなり、その光景もだんだん遠くなっていく。

 あまりのスピードに叫びたいのを必死にこらえる。

 連れ去られた人たちの安全がかかっている。明日乃様が体を張って、妖怪たちを止めている。ハクロさんが何か企んでいる。

 そして――歌術の相棒が、空街にいる。

 オトを見つけなくちゃ、絶対に!


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