第18話 妖怪みたいな人間

 ハクロさん――邪神が話に入った途端、明日乃様の声色が暗くなる。


「前々から、歌術を気に食わない妖怪たちが、ちょっかいをかけに来ることはあったが……あれは規格外だった。美しかった里はなくなり、多くの友人が犠牲になった。当時の私は、経験が浅い未熟者。――だから、怒りのまま邪神のもとに飛び出した」


 昨日、言われたことが頭に浮かぶ。


「もしかして、アクセル全開で?」

「そうさ、昨日のコトハみたいにね。お札は持っていたものの、使う以前に私は負けそうだった……里の皆が、最後の力を使って助けてくれていなければ、私は死んでいたさ。しかしハクロは、封印される直前にとんでもないものを残してくれたよ」


 「終わりない呪い」「代償に苦しみ続けろ」――それがハクロさんが、封印される前に言ったこと。

 そして、長い時を生きているはずの明日乃様は、今でも若いまま。

 だったら、その呪いは……。


「不老不死、ってこと……!?」

「そのおかげで私は、長生きでちょっと妖術が使えるだけの、妖怪みたいな人間になったのさ。あ、妖術ってのはこれだ。一族が蜘蛛の妖怪と縁があるみたいでね」


 そう言って指先から、いつもの糸を出す。

 それ以外にも、妖怪みたいなところはあると思うんだけどな。さっきの逃走劇とか。


「私についてはこのくらいにしておいて……ハクロはどうやって、封印を解いたんだ?」

「そういえば私が初めて会ったときも、術を使っていたような」


 それで私は大通りに戻されたんだよね。

 力を封印されたなら、術は使えないはず。あの時にはもう、封印は解かれていたんだ。


「あいつは曲がりなりにも神。きっと信仰心を集めて封印を破ったんだ」

「信仰……」

「神社をイメージしてほしい。要は祈り、頼られるってことだ。しかし、封印して力を失ったあいつは人間同然。邪神を慕っていた妖怪たちに取り入っても、きっと信じてはくれないだろう」

「妖怪がだめなら、人間から信仰心を集めたんじゃないですか? 自分で宗教を立ち上げたり」

「そんなあからさまなこと、私が見逃すはずないと思うけどなぁ……ま、原因を考えても仕方がないか。問題なのは今することだ」

「そうですよね、オトを助けないと――あ」


 ちょうど、調査しに行っていたワタグモたちが戻ってきた。


「おかえり、収穫は?」


 明日乃様はスマホのメモアプリを開き、地面に置く。

 2組それぞれから代表のワタグモが出てきて、器用に文字を打ち込む。……この子たち、賢いね!?

 まずは右を調べに行ったイ班から。


「『かくれるところない ようかいたくさんいた みんなこわい』

……妖怪がいたの?」


 ここにいるってことは……もしかして、昨日神社で飲み込まれた妖怪たち?


「邪神に従う妖怪……天狗みたいなやつらがたくさんいるってことか、厄介だな。ロ班、左側は?」


 ロ班のワタグモが交代し、文字を入力する。


「『りゅうちかくいない たかいたてものたくさん』 ……こっちのほうが安全みたい、行きましょう明日乃様!」

「ああ、ちょうどオトのもとに向かう作戦も思いついたところだ。行くとしよう」

「作戦?」


 私が聞くと、いつものいたずらっぽい顔で。


「後でのお楽しみだ。ほら、立って! イ班とハ班は先に行ってくれ。ロ班は案内を」


 手を引かれ立ち上がると、ワタグモの後を追いかけた。




 しばらく歩くと、ワタグモは鉄のハシゴを上り始める。どうやらこの上みたい。

 ここだけ明るいのは、先に行ったワタグモがふたを開けてくれたからかな。

 上って地上に出ると、そこはとあるビルの入り口のそば。

 

「ここに入ろう、目指すは屋上だ」


 中はシンプルで殺風景なオフィス。もちろん人はいない。


「そういえば、コトハ」

「なんですか?」

「君、ハクロのこと好きなの?」

「え」


 ぶわっと顔が熱くなるのがわかる。

 急に何言ってるの、この人!


「そ、そんなことないです! 正体隠してたし、敵だって言われて、それにご先祖様の里を滅ぼした張本人……あ、人じゃないですけど、ええと、とにかく!」


 必死に否定しようとする私を見て、明日乃様はニヤリとする。


「ふーん?」

「ふーんって、怒らないんですか? だって、ハクロさんは……明日乃様が大好きな里を――」

「もちろん、あいつのことは大嫌いだ。できれば一生会いたくない。コトハ、和歌……特に百人一首で一番使われているテーマは何だと思う?」


 は、話飛んでない? なんで百人一首が……。


「恋愛ものですよね? でもそれと何の関係が……」

「里にいた皆は人々が詠み、この世に残していった和歌が好きだった。だから当然、恋をテーマにしたものを好む者も多くてね。こういうの、禁断の恋というのだろう? 平安時代にはよくある話だったし、喜びそうだなと思ったんだ」

「き、禁断の」


 言われてみればそうだけど! でも、もうちょっとオブラートに包んでほしい!


「私は応援しないけどね」

「勝手にしてくださーい!」




 屋上を目指して階段を上っていく。

 エレベーターは動いていない。ここではそもそも、電気や水が通っていないみたいだ。


「い、今何階でしたっけ……はぁ……」

「7階と書いてあるね。まだ半分もないよ」

「そんなー!?」

「きついなら、抱っこしてあげようか?」

「疲れましたけど、言い方が子供っぽくてなんかいやです!」


 こ、この体力お化けめ……!

 ……あ、待った。私が狸の姿になればいいんだ。

 近くのワタグモに歌札の箱を預けると、変化の術を解く。

 どうだ、これで楽になったでしょ!

 明日乃様の足元をトコトコと歩いていく。

 その間になんと、ワタグモが自ら糸を吐き箱を背中に括り付けてくれた。 

 な、なんて優秀な子!




 残り数階になった時だった。

 箱を括り付けてくれたワタグモが、突然廊下の方に走ってしまった。

 ついて来いってことかな?


『ここの階、何かあるみたいですよ』


 つい最近習得した念話で明日乃様を呼び止めて、後を追うことにした。

 殺風景な廊下を進み、ワタグモが止まったのは突き当り……会議室みたい。

 

「中に妖怪の気配はしない……開けるよ」

『はい!』


 真っ白なドアが開かれ、そこにいたのは――


『きゃあ!?』

「……驚いたな」


 思わず、身をすくませてしまう。

 大きなテーブルを囲むように並べられた、たくさんのイス。

 そこに座っていたのは、全員人間だった。

 年齢はバラバラ。男女も関係なくいる。

 意識はなく、イスに深く座って目を閉じているから、「座らされている」のほうが合っているかも。


「彼らは――」

『連れ去られた人たち……!?』

 

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