第16話 俺たちは敵同士

 日が高くなり、熱気が鬱陶しい炎天下。

 あの返答に心底腹を立てた私の行く先は――昨日の神社。

 きっかけは、あの時と同じく感情……だけど今回はちがう。向かった先で1番に何をするのか、ちゃんと考えている。

 まずは明日乃様と合流。きっとまだ、オトを探すためあの影の行方を追って、神社の周りを調べているはず。

 その後は、あの時ひれ伏していた妖怪たちについて調べよう。手がかりをつかめたら、影について何かわかるかも。

 もちろん歌札も持っている。私1人じゃあどうしようもないけれど、念の為にね。

 ……これで、少しはブレーキかけられて、理性的になれているよね?




 昨日と同じ、長く続く階段を上っていく。セミの合唱や鳥のさえずりに、異常がないか気を付けながら。

 万が一、明日乃様の前に影と遭遇してしまったら、すぐに狸の姿に戻って撤退する。私だけじゃ戦えっこないからね。

 階段も半分を切ったけれど、今は特に変わった点はない。このまま進んで問題なさそう。


「……ん?」


 御社殿の頭が見えてきたところで、人の気配を感じた。

 影のようにおぞましいものではないみたい……明日乃様? それか、ただのお参りに来た人?

 もしお参りだったら平日の昼間だし、お年寄りの人かな。ここまで上ってこられるなんて、タフだなぁ。

 足を進め階段上の鳥居をくぐると、正体が見え、予想は見事に外れていることがわかった。

 その人は賽銭箱の前の段差に腰をかけた、見覚えのある若い人。

 誰かを待つように階段を眺めていたので、すぐに目が合った。


「は、ハクロさん! どうしてこんな所に!?」

「それはこっちが聞きたいよ」


 目を丸くする私とは反対に、彼はにこやかな表情をしている。

 これまで会った時もハクロさんは笑っていることが多かった。それなのに今の笑顔は、張り付けたような不自然なもの。加えて、不機嫌さがにじみ出た声色。

 がっかりしたようにため息をつきながら、のそりと立ち上がる。


「なーんで破っちゃったの。言ったよね? 警告されたら従えって」


 私の家から帰るときに、約束したことの話だ。

 「だれでもいい。警告には従え」……そんな内容の。


「それは……ごめんなさい。でも、オトが――ん?」


 ハクロさん、なんでしろどらが言ったことを知っているの? あの部分だけどうしてか他の視聴者は見れていないはずなのに……。

 突如降りてきた疑問に意識を持っていかれると、答えにたどり着く前に、ハクロさんが口を開く。


「今回も誰かのため……少しは自分のことも考えたらどう?」


 銀髪から覗く瞳はナイフのように鋭く、声色もだんだんと冷たくなっていく。

 空気が重苦しく、声を出せない。血の気が引いていく、生きた心地がしない。


「『千夜』に行かなければ、君は今まで通りの生活を送れた。そして」


 自然の音はピタリと止んでいた。――昨日と同じ。

 信じたくないけれど、いやな考えが頭に浮かんだ。


「オトを探そうとしなければ、俺に――」


 こちらに歩み寄る姿が、昨日の影と重なった。

 その時だった。 腰に何かが巻き付く感覚がして、体が上に引っ張り上げられる。


「わぁ!?」


 巻き付いたのは白い糸。まるで釣り上げられた魚の気分。そのまま御社殿の屋根まで引っ張られ……受け止めたのは明日乃様。


「明日乃様!」

「……厄介なのに遭ったね」


 私を抱える師匠は眉間にしわを寄せ険しい顔で、ハクロさんを見据える。

 身動きをとれないようにするためか、彼の周りにはレーザーのように糸が張り巡らされていた。

 飛んできた葉っぱが糸に触れると、真っ二つに斬れて落ちる。ただの糸じゃないんだ。

  

「明日乃様、ハクロさんは」

「君とあいつがどう関係しているのかはさておき……そのまさか。天狗が言っていた『あの方』というやつだ」


 ハクロさんが……。

 正直信じられないし、信じたくない。

 それなのに現実は容赦はしてくれない。


「ま、それだけじゃないけど」

「え……?」

「千谷明日乃か、何百年ぶりだっけ? 本当に変わらないな」


 参道からこちらを見上げるハクロさんは、全く笑っていなかった。

 凍てつくような恐ろしい雰囲気から、いやでも理解してしまう……ハクロさんはよくない存在なんだって。


「原因はお前のくせに。……お前の力は封印したはずだ。どうやって破った? オトをどこに? どうしてコトハに近づいた?」

「さぁな、自分で考えろ。そうだ、千谷明日乃。俺が最後に言ったこと覚えてる?」


 ハクロさんが喋るたびに、明日乃様の表情から憎しみがあふれ出ていく。

 ハクロさんのことが本当に嫌いみたい。


「『ハクロ――お前に終わりない呪いを与える、邪神の名だ。神への愚行の代償に苦しみ続けろ、くそ女』……いやでも覚えているさ」


 胸を貫かれたような衝撃。

 邪神、邪神って言った!?


「歌術の里を滅ぼした、あの!?」


 明日乃様が力を封印したっていう……それが、ハクロさんなの!?

 ハクロさんは私の反応を面白がったのか、周りの糸を恐れることなく、人差し指を立てて付け加える。

 

「いいリアクションじゃん、コトハちゃん。せっかくだし、もう一つ教えてあげるよ。――俺を封印したそこの女は人間だ。面白いことにね」

「明日乃様が……人間!?」

「それがどうした。いい加減に、オトの居場所を言え」


 明日乃様は正体を暴かれてもなお、怒りを込めた震えた声で問い詰める。

 ハクロさんは「しつこいな」とうんざりすると、両手を広げ空を仰ぐ。

 糸に触れたのに、その肌は傷1つつかない。

 それどころか、燃え尽きるような音と共に糸が切れ、その切れ端が垂れ下がる。


「だったら同じ場所に行かせてやるよ。……会えるとは限らないけど」

「あれは――」


 例の影がハクロさんを中心に現れ、神社を覆うように伸びていく。


「まずい、飲み込まれる!」


 御社殿の屋根から境内の外に出ようと、私を抱えたまま跳躍したが――影の方が早かった。

 視界が暗闇に包まれ、建物も地面も消え、体が宙に放り出される。


「コトハ、しっかりつかまるんだ!」

「は、はい!」


 目を開けているのに、何も見えない。

 確かなのは、すぐ近くの師匠の声と、私を抱きかかえる感覚だけ。


「そういえば言ってなかったっけ。指切りの替え歌。――ウソをついたら『俺たちは敵同士』。邪神を敵に回したこと、後悔しても知らないよ?」


 闇の中で、ハクロさんの鋭く差すような声が響き渡った。

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