第15話 しろどらの配信
『じゃあ次は〈まいまい〉さんからの相談。“大学一年生です。この間、バイト先のラーメン屋で失敗してしまい……”』
合成音声がスピーカーから流れてくる。
しろどら――たっちゃんおすすめのお悩み相談系の配信者。
前に見た時と同じく、画面にはでかでかとスケッチブックが映されている。
だけど、書かれているのは少しだけ違ったもの。
『7月△日 お昼のお悩み相談 ※時間が余ったらコメントから拾う』
どうやら今日は、事前に募集したお悩みがメインみたい。
……これでも聞いて、一旦落ち着こう。
そう決めて、重い身体を動かし布団から脱出した。
しろどらの配信を垂れ流しながら私服に着替え、顔を洗う。
ごはんは……トーストを焼くだけでいいや。
『なるほど。急に増えたお客を捌かなきゃいけないところを、新入りの〈まいまい〉さんはパニックで判断を間違え、立て続けにミスを起こしてしまったと。そうだな、これは……』
トーストが焼けるのを待つ間、飲み物や食器を食卓に持っていく。
しろどらって、本職はカウンセラーとかなのかな? 前も思ったんだけれど、相談され慣れている感じがする。
聞いていくうちに、「配信者と視聴者」というよりは「神様とお参りに来た人」みたいな関係性に思えてくる。……いや、神様は大げさすぎたかも。
それでも、読み上げられていく相談には、どれも必死さがあった。
「周りに相談できない」「どうしても解決しなくちゃいけなくて」「しろどらさんしか頼れないんです!」……聞いていて、重くない!? と驚いてしまうものがいくつもあるのに、しろどらは全く引くことなく真摯に向き合い、考えた上で答える。
きっとお人よしで、どうしようもなく優しい人なんだろうなぁ。
焼きあがったトーストを食卓に運んで、ちまちま食べる。
事前募集だから、配信前にお悩みへの返答を考えていたみたい。前のに比べると、今日のは相談1つにかける時間は短めだった。
それでも、返答からは誠実さがわかる。
配信をぼんやりと聞き、食べ終わりそうなころには……。
『時間が余ったな……こっからはコメントからの相談も受け付ける。どんどんくれよ、全部は採用できないけどな』
それを聞いて思い浮かんだのは……もちろん、オトのこと。
今は明日乃様が探してくれているはず。だけど、心がずっともやもやする。
昨日と同じ悩みが頭の中を回っていく。
……聞いてみようかな、しろどらに。
最後のひとかけらを口に押し込んで、牛乳を一気に飲む。
スマホを手に取り、コメント欄に相談を書き込んでいく。
あれっ、思っていたより今日の視聴者数少ない? たっちゃんと一緒に見たときよりも……って、平日の昼間だからかな。
まぁ、いいや。今はとにかく書き込もう。
妖怪のことは伏せるとして……どう書けばいいのかな?
悩んでいる間に1つ、2つと相談が拾われていく。
やばい、急がないと。配信が終わっちゃう!
『次の相談に行くか。あ、これでラストな。さーてどれにするか……』
なんとか書き終えて送信した、その直後。とうとう最後になってしまった。
採用されますように……!
思わず祈ってしまう。思い付きだったはずが、書いているうちに手に力が入って、必死に文字を打っていた。
今ではワラにも縋るような気持ち。私はどうすればいいのか、教えてほしい。
『これにしよ。〈コト〉さんからの相談』
「やった!」
〈コト〉は私のアカウント名。拾われたんだ、よかった……!
『”身バレなどが怖いので詳しい内容は書けませんが、友達の身に大変なことが起きてしまいました。今は身近な大人の人が対処してくれていますが……友達のことが心配でたまりません。けれど、足を引っ張るのが怖くて、何もできない自分に嫌気がさしています。それでも、どうしても友達を助けたい。こんな時、どうしたらいいですか? しろどらさんのご意見をくれるとうれしいです”』
内容はかなりふわっとしているけれど、前に見たときにこんな感じのコメントが採用されていたし……大丈夫のはず。
『そーだねぇ……』
しろどらが考えているその間、画面にある違和感を覚える。
コメントの流れ、遅くなってる?
視聴者数が少ないから遅いのは当然のはずなんだけど……それでも明らかにコメントが少ない。
視聴者数を見ると、驚きのあまり目を見開いた。
「ふ、2ケタ!?」
私が相談を送る前よりもかなり減ってる。さすがにおかしい。どうなってるの……!?
この変化に、しろどらは気づいていないみたい。考えがまとまったらしく、「よし」とつぶやいた。
『〈コト〉さん。君は――何もできやしないから、大人しく家で寝てなよ』
「え……?」
放たれたのは、今までのしろどらからは信じられない答えだった。
合成音声でもわかる、突き放すような冷たい言い方。
のぼっていた崖を、わざとくずされたような衝撃に耳を疑う。
『友達のことはあきらめよう。それがいい。すべてを忘れて、君は元通りの生活をするんだ』
「ちょ、ちょっと」
「ちゃんと視聴者のことを考えてくれているんだ!」とたっちゃんが嬉々として話していたイメージとはかけ離れた回答。
どうしてそんなこと……それに、いきなりこんなこと言ったらほかの視聴者もびっくりなんじゃないの!?
コメント欄に目をやると、1番下……最新のコメントに書かれてあるのは。
‘’次の相談で最後かぁ”
もしかしてこれ、私の相談が読まれる前のもの?
しろどらがこんなこと言ってたら、みんな何かしら反応はするはず。……一体どういうこと?
『いいか? これが最後の警告だ。君はもう、どこにも行くな』
すると同時に画面が暗転。「ご視聴ありがとうございました。チャンネル登録と高評価よろしくお願いします」と、配信者お決まりのフレーズが書かれた画面に切り替わった。
‘’あれ、回線切れてた?”
‘’通信悪くて、最後の相談見れなかった……”
‘’最後の方、音消えてた。機材トラブル?”
どういうわけか、私の相談のところだけ他の視聴者には見えていなかったらしい。
配信が終わり、静かになった家の中。
沈黙を破ったのは、もちろん私。
「……わけわかんないんだけど!?」
風船を割った時の破裂音のような声で、画面越しに告げられたことに抗議する。
「何なの、根拠もなく『何もできない、あきらめろ』って!」
今思えば……「どうしたらいいですか?」と聞いておきながら、本当は背中を押して欲しかったんだ。
向こうはそんなこと知ったこっちゃないから、否定自体はありえない話ではない。
それでも頭に来たのは、「友達のことはあきらめろ」の言葉。
……そんなこと、できるわけないじゃん!
あんな頭ごなしな否定に乗っかってやるもんかー!
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