第11話 歌術の里

 私の質問に、オトは早くも空になったペットボトルを手にしばらく考える。急に切り出したからびっくりしたのかな?

 少しして、ようやく口を開いた。


「言ってませんでしたっけ?」

「言ってないよ!? 初めて会った時に明日乃様が『長くなる』って飛ばして、それきりで」

「ああ、そういうことですのね。てっきり、もう話したのかと」


 あれ以来一度も話題に出なかったから、もしかして言いづらいことなのかなって思ってたのに……変に空気を呼んで、いままで聞こうとしなかった私がバカみたい。

 「別に隠すことでもありませんし」とオトは話し始めた。


「歌術を生み出した狐と狸は、お互いの家族を集めて里を作りましたの。その名も『歌術の里』。『小さいけれど、とてもいいところだった』と明日乃様は言っていました」


 つまり、私とオトのご先祖様たちが暮らしていた里ってことだね。

 って、明日乃様行ったことあるんだ……。そういえば、ご先祖様と仲が良かったって言ってたっけ。

 オトが話すには、昔、歌術使いはみんなそこに住んでいたみたい。住民全員が歌術が使える里かぁ、行ってみたいな!

 あ、でも……今、私たち以外に歌術使いがいないってことは。


「歌術の里って、今はもうないの?」

「里は……滅ぼされたと聞いています」

「え、滅ぼされた!? なんで!?」

「『邪神』が暴れたそうですわ」


 突如里に現れた「邪神」と呼ばれるなぞの存在。

 目的はわからない。

 邪神のせいで家屋は全部壊れ、たくさんの犠牲が出た。生き残った住民たちは全滅を恐れて散り散りに逃げ出したんだって。

 逃げた先の環境が合わなかったり、途中で悪い妖怪に襲われたり……そうやって歌術使いは数を減らしていった。

 ひ、ひどい……。


「邪神はその力を、当時里に滞在していた明日乃様に封印されて姿を消すしたそうです。……聞いたのがわたくしでよかったですわね。もしこれが明日乃様なら、何時間もかけてお話になることやら」

 

 封印したの、明日乃様なんだ! すごい妖怪なんだな……。

 オトが妖術を使っているところはよく見るけれど、明日乃様は天狗から助けてくれたあの時だけ。確か白い糸だった気がする……もしかして、蜘蛛の妖怪?

 感心しているけれど、話題が話題なだけあって、空気が重い。


「実際に起きたことで、関係ないわけではないのでお話したのはいいものの……あまり気分がいい内容ではありませんわね」


 思っていることはオトも同じだった。

 口元に手を当てて、「どうしましょうか」と悩むと……。


「ここは無難に『こいばな』にでもしましょうか。コトハ、想い人はいますの?」

「ん? えっ、いきなり過ぎない!?」


 ニコーと笑みを浮かべるオト。笑顔の圧がすごい。

 逃がす気はないみたい……。


「な、なんでそうなるの! 教えないよ!?」

「ということは、いらっしゃるのね」

「あ、あー! 引っかけたな~!」


 巧妙な罠……変なところだけ明日乃様に似なくていいから!


「どなたなの? 学校の方? それともご近所の?」


 恋愛話が聞きたい、というより私の反応を楽しんでいるみたい。

 私はおもちゃじゃないんだからね!?


「さ、教えてくださいまし」

「う、うう……この前会って、一目惚れで」

「まぁ!」

「実は夢に出てきたこともあって、小野小町の〈思ひつつ〉みたいな気持ちになって……」


〈思ひつつ 寝ればや人の 見えつらむ 夢と知りせば 覚めざらましを〉


 絶世の美女といわれた、小野小町の和歌。想い人が現れた夢を見て、「夢だと知っていれば目覚めなかったのに」と惜しんでいるものなんだ。

 ちなみに、百人一首に載っている小野小町の和歌はこれとは別で……って、そもそもこの和歌、オトは知っているのかな?

 オトを見ると――なんとよそ見。公園の入り口の方向を眺めていた。 

 自分から聞いておいて何それ!?

 何を見ているんだろう、と思って視線をたどると、そこには幼稚園生くらいの子たちが集まっていた。


「あら、座敷童がなぜ外に?」

「え、あの子たち座敷童なの!?」


 確かに、よく見ると服装に昭和っぽさがあるような……。

 座敷童は家に住み着く子供の妖怪。幸運をもたらしたり、時にはいたずらをするみたいなんだけど……どうして家じゃなくここに? それに何人も。

 集まって何やら話し合い中。時々、こっちの方を見てくる。


「……わたくしたちのことを、話しているようですわ」

「私もそう思う。どうしたんだろう?」


 やがて座敷童たちは一斉にこっちに走ってきた。

 とてて、とかわいらしいなって思っていたけれど――表情を見たらそんなことを考えられなくなった。

 みんな、泣いていたから。しゃくりあげ、目を伏せている。

 さすがにびっくりした。い、一体何が!?


「おねーちゃんたち、『あすの』ってひとのおでしさん?」


 1番前の子がそう尋ねてきた。


「うん、そうだよ。私たち、明日乃様の弟子なんだ。どうしたの? 嫌なことがあったの?」

「いじめてくる妖怪でも?」


 目線を合わせて聞き返すと、口をそろえて「ちがうよ」と答える座敷童たち。


「それじゃあ、何が――」

「いなくなっちゃったの」

「ええと……何が?」

「ぼくがすんでるいえの、にんげんのこども、いなくなっちゃったの。おとーさんもおかーさんもおぼえてないの!」

「……え?」

「ぼくのところも!」

「わたしのうちも!」


 身に覚えがあり、ドキリとする。オトの顔を見ると……考えていることは同じみたい。


「コトハ」

「うん、これって――たっちゃんに起きたことと全く同じ!」

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