第10話 妖怪がいる日常

 次の朝。おじいちゃんに挨拶する私は、縮こまって反省をしていた。


「おじいちゃん、ごめんなさい……昨日、私は会って間もない男の人を、家に呼んでしまいました……」


 ぐっすり眠って冴えた頭で昨日の――特に夕べのことを振り返る。

 もしこの場におじいちゃんの幽霊でもいたら、多分、いや絶対もう一回死んでる。「孫が彼氏を連れてきた!」じゃ済まないよ。人間か妖怪……きっと妖怪だとは思うんだけど、とにかく謎だらけの人。そんな相手と一つ屋根の下、一緒にご飯を作って、食べて、「おやすみ」も言って……そういえばハクロさん、私のことを大事だとか言ってなかった!?

 こうして並べてみると、なんだか結婚しているみたいじゃない。え、結婚!?

 あれこれ考えていると次第に顔が熱くなっていくのがわかる。


「や、やだなぁ~もう、えへへ……」


 じっとしていられなくなり、くるくると部屋の中を回っていく。

 すごく恥ずかしいけれど、後悔はない。また会いたい……そう思った時、あることに気づいた。


「れ、連絡先交換してない……」


 ガクッと膝をつく。ば、バカ……!




 それから数日が経って。

 たっちゃんは今まで通り学校に来るようになったんだ。もちろん、みんなたっちゃんのことを覚えている!

 そして私はというと、放課後によく「千夜」に通うようになった。

 実はこれ、妖力を強化する訓練なんだ。体力と同じで、妖力はすぐに強くなるものではない。妖怪が身にまとう気……妖気に日ごろから触れることが大切なんだって。

 今まで、自分の周りには人間しかいなかったからね。私の妖力はオトと比べるとすっごく弱い。歌術を3回……それが今の私の限界なんだ。

 「歌術使いとして、妖力を高めるのは大切なこと」と明日乃様は言っていた。

 というわけで、今日も放課後になるとまっすぐ「千夜」へ。


 チリン

 扉を開けると、まずはベルの音が歓迎してくれる。その次は、カウンターに立つ明日乃様。


「コトハ、今日もお疲れ」

「こんにちは!」


 お客さんにコーヒーを淹れながら、ニコリとあいさつしてくれた。その「お客さん」もこちらに気づいて話しかけてくる。


「おー、狸ちゃんだ。今日もがっこう?」

「そうなんです。今日、体育があってへとへとで」


 そのお客さんは、ハイカラなスーツを着た一つ目の男性。他の席にはろくろ首、河童、くだん……みんな、今までは関わったことがなかった存在。

 そう! 「千夜」は妖怪のための喫茶店なんだ。

 この店に通うようになったこと、そして威張っていた天狗がいなくなったことで、この町の妖怪たちと交流する機会が一気に増えた。自分の世界が広がったみたいで、うれしい。

 適当な席に座ると、目の前に差し出されたのは、メロンソーダにホイップクリームとさくらんぼがちょこんと乗せられたもの。

 こ、これは――!


「く、クリームソーダ~!?」


 いつか食べたいって話したことはあるけど、まさかほんとに作ってくれるなんて!

 目を輝かせていると、一つ目のお客さんは「豪勢だねぇ」と感心している。


「いただいちゃって、いいんですか!?」

「もちろん。自信作だ、おいしいぞ~」


 やったー!


「では遠慮なく……いただきまーす!!」


 んー、さいっこうだー!

 私がクリームソーダを堪能していると、「STAFF ONLY」の部屋からオトが出てきた。


「あら、いらしてたの」

「オト! 聞いて、明日乃様がね」


 テンションが高い私に引いたのか、はたまた口の周りにクリームが付いてるのに呆れたのか。オトは肩をすくめる。


「……哀れな」

「え、あわれ?」

「こういうのはね、明日乃様が面倒な頼みごとをする前触れですのよ」

「めんどうな……」


 恐る恐る明日乃様の方を見ると……。


「報酬は今食べている『それ』――前払いってことで、頼まれてくれるかい?」


 と、クリームソーダを指さして言った。

 こ、こんなの罠だ! 卑きょう者ー!




 明日乃様が頼んだのは緊急の買い物だった。それも、ただの買い物じゃない……場所はなんと、業務スーパー。


「わたくし、在庫は定期的に確認するように言いましたわよ?」


 並んで袋を抱えるオトが愚痴をこぼした。

 ちなみに、今持って帰っているのは、たくさんの食材や調味料。レジのお姉さんに「宅配サービスをご利用されますか?」と心配そうに勧められたくらい、たくさん買った。

 とても女子中学生2人で運べる量じゃない……ふつうはね。


「まさか妖術で重いものが運べるなんて!」

「こんなの、まだ序の口ですわ」


 そう、これはオトの妖術で身体強化をしているからなんだ! 使いようによっては、ビルの屋上まで跳んだり、雲を突き抜ける高さまでボールを投げられたり、オリンピック選手顔負けなことだってできちゃうみたい。

 やりすぎると、その分妖力を使っちゃうみたいだけど……。

 他にも、物に化けられたり幻覚を見せたりする妖術が使えるんだって。すごいなぁ~。


「そういえば……あなたが『千夜』に通ってそれなりに経ちますが、妖力はどうなりましたの?」


 そう聞かれると……私はにやりと口角を上げた。


「な、なんですその表情。気味が悪い」


 ふっふっふ、なんとでも言えばいいよ。

 だって、だってね!


「念話が使えるようになったんだ! すごいでしょ!!」

 

 私も動物姿で話しができるようになったんだ。かなりの進歩じゃない!?

 荷物で両手がふさがりながらも胸を張る私を見て、オトは――

「これで『すたーとらいん』に立てましたわね、おめでとうございます。さ、立ち止まってないで行きましょう」


それだけ言うと、すたすたと先に行ってしまう。


「ちょっと、そこはもっとほめるところだよね!? 置いていかないでー!」

 



 しばらく歩いていると。


「あっつい……」


 今は夏休み直前。

 どこに行ってもセミの鳴き声がするし、日差しが痛い。

 平安時代の夏ってどうだったんだろう? 今みたいにクーラーとかないから大変そう。

 体育があったせいか、ちょっと疲れたな。座って休憩できる場所は……あっ。


「ねぇ、公園で一休みしていかない? あそこのベンチとか、いい感じに日陰になってるし」

「そうですわね、ついでに飲み物も買っていきましょう」


 自販機でそれぞれ、オレンジジュースと緑茶を買って、ベンチで一息つく。

 荷物を置いた時、ドサッとものすごい音がした。術のおかげで重さは感じなかったけれど、とんでもない量を運んでいた実感がわいてくる。

 ――今がいいかも。

 前々から気になっていることをオトに聞いてみることにした。


「ねぇ、オト。私たち以外の歌術使いがいないのって、どうして?」

 


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