第8話 事件の終わり

 巻きつけられて動けず、魚のように体をしならせる天狗を構わず無視し、片手をひらひらさせる明日乃様。

 安心して気が抜けたからか、オトはぺたりとへたり込み私は地面に転げ落ちる。「痛い」と文句を言う気にもなれなかった。代わりに……。


「よかったですわぁ~……!!」

「ウ~!!(よかったよ~!!)」


 まさか私の妖力が切れて、歌術が使えなくなるだなんて……。


「ああ、そうだコトハ。これを」


 手招きされて明日乃様のもとに行くと、何かを咥えさせられた。これって……ドーナツ? 一口の大きさの。


「妖力回復の効果を加えているんだ、食べてくれ」


 そんなものが!? すごい。では遠慮なく……。

 かみ砕いて飲み込むと、全身に温かさが広がった。

 試しに変化の術を使ってみる。


「やった、術が使えた!」


 人型の姿に変身。 よかった~!

 喜んでいると、門の外から足音と話し声が聞こえてきた。1人だけじゃない、何人かいるみたい。

 やってきたのは、大柄小柄……様々な男女数人。みんな見慣れない和風の服装、そしておでこには角が生えている。


「カクリヨの鬼の皆さーん、こっちですよー」


 明日乃様が手をぶんぶん振って呼び掛ける。


「今回はそいつかい?」

「全く、ウツシヨで好き勝手しやがって」

「え、カクリヨの鬼? どういうこと?」


 気軽そうに話しているけど、知り合いなのかな?


「用事とは、彼らを連れてくることでしたのね……」


 気分が落ち着いたらしいオトは、私の疑問に答えてくれた。


「明日乃様とカクリヨの鬼たちは協力関係にあるのですわ。鬼はカクリヨの『とっぷ』勢力……そんな彼らでも、ウツシヨの妖怪たちにまで気を配るのは大変なこと。そこで、明日乃様の出番なのです」


 明日乃様がウツシヨで問題……それこそ、今回みたいな人間を攫ったりするような妖怪を見つけて、確保。それを鬼たちに突き出して報酬をもらっているんだって。これが明日乃様の本職で、喫茶店の「千夜」は情報を集める手段。私たち歌術使いの師匠は……それとは無関係の、明日乃様個人でしていること。

 オトからの説明を聞き終えるころには、天狗は鬼たちに連れていかれようとしていた。

 ……あ、待った!

 安心しきっていたけれど、大事なことがあるんだった!


「すみません、天狗に聞きたいことがあるんです! 私の人間の友達についてなんですけど!」




 たっちゃんは座木寺の敷地内の、まだぎりぎり使えそうな、小さな倉庫の中で眠らされていた。


「たっちゃーん! 無事でよかった〜」

「意識がない相手に飛びつかない!」


 たっちゃんに抱きつこうとすると、オトに怒られちゃった。

 眉がぴくりと動き、たっちゃんが目を覚ます。


「あれ、コトハちゃん……どうしたの?」


 キョロキョロして、「ここどこ?」と戸惑っている。攫われた時のことは覚えてないみたい。


「起きたんだ、良かった……ケガとかしてない?」

「ないけど……って! コトハちゃん泣いてない!?」

「だ、だって! 本当にびっくりしたから……ぐすん」

「え、ええっ? どうしちゃったの〜! あ、後ろにいる子は?」


 そうだった、たっちゃんにオトのことどう説明しよう?

 歌術の相棒とか、妖怪だとは言えないし……。


「……コトハのおじい様の孫娘です。わけあってこの町に来ましたの」

「コトハちゃん、この子すっごくキレイでお嬢様みたい。もしかしてどっかの令嬢とか!?」


 丁寧な仕草を見て驚いたたっちゃんは、私にこっそりと言う。


「多分、部分的にそうかな……?」

「なんで疑問形!?」




 天狗は「あの方」への生贄に、たっちゃんを捧げようとしていたみたい。「あの方」については、明日乃様や鬼たちがどれだけ手を尽くしても、教えてくれなかった。たっちゃんの存在が消されたのは、生贄にするための手順の1つ。そして、どうしてたっちゃんなのかというと……。


「あの方の気配がわずかに感じられたのだ」


 どういうことか、全くわからない理由だった。そして天狗は、こういうことも言っていた。


「ここ最近の人間は実に不思議だ。あの方の気配をまとっているのが多すぎる、実に不思議だ! どれを生贄とするか、選び抜くのに苦労した」

「……何言ってるんだ、こいつは」


 さすがの明日乃様も、意味不明だと言っていた。答えが理解できるものかどうかはさておき、聞きたいことをすべて問い詰めた後、天狗は鬼たちによってカクリヨへと連行。

 犯人の真意がわからず、なんだかぱっとしない終わり方で今回の事件は幕を閉じた。

 けれど私は、たっちゃんを助けられたこと、そして、私とオトが無事でいられたこと……これだけで満足だった。

 そして、今日初めて使えるようになった歌術。今回は私の妖力切れで危ないことになりかけたけど、明日乃様に修業をつけてもらったら、もっと使いこなせるようになるのかな?


「よし、がんばるぞー!」


 おー! とグーを突き上げ気合を入れる。帰るころには夕方とも夜とも言えない時間になっていた。


 たっちゃんはオトが送ってくれている。妖術が色々使えるし、いいボディガードだと思う。

 明日乃様は今回の後処理――主に天狗の言う「あの方」についての調査で忙しそうにしていた。また、同じようなことが起きないようにするためなんだって。

 「変化できる程度に回復したとはいえ、妖力切れを起こしたんだ。今日は帰って、ゆっくり休んでくれ」と言われて、私は今、帰り道にいる。

 今日は本当にたくさんのことがあった。おじいちゃんには何て言おう?

 ――そう考えていると、背後から声をかけられた。


「片腕上げちゃってどうしたの?」


 胸が弾んでしまう、さわやかな声。

 振り返るとそこにいたのは。


「あっ……!」

「昨日ぶり。今帰り?」


 銀髪に紫の瞳――小路で出会ったあのお兄さんだった。

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