第7話 初めての戦い

 この天狗が、たっちゃんを!?


「そんなっ、どうし」

「――来ますわよ」


 それと同時に天狗が錫杖を振り下ろす。

 シャン、と鳴ると三日月の形の刃が飛んできた!?

 すぐさま歌札を構えるオト。そして迷わずに詠む。


「〈天つ風 雲のかよひ路 吹きとぢよ〉 コトハ!」


 勢いよく歌札を押し付けられた。この和歌は!


「お、〈乙女の姿 しばしとどめむ〉!」


 詠み終えると同時に歌札が光り、目の前に現れたのは風の壁。ごうごうとうなり、刃を飲み込んだ。

 これは舞台で舞う乙女――美女たちが帰ることを惜しんで詠まれた歌。風に彼女たちの帰り道をふさいでくれ、と願ったものなんだ。

 歌術でもその通りに道をふさいでくれた。刃が私たちに迫る道を、だけどね。

 安心するのもつかの間、天狗は攻撃を続けようと錫杖を構える。


「山道だと狭くて不利……コトハ、この先は寺があるのでしょう? そこへ行きますわよ」


 そう言ってオトは変化の術を解いて子狐の姿になった。


『乗ってくださいまし!』


 オトの声が頭に響く。動物の姿だと、いつものように話すことができない。だから動物の姿の妖怪は、こうやって念話を使うんだって。……妖術の一つだから、私は使えないけど。やり方わからないし。


「乗るって、その大きさでどうやっ――うわぁ!?」


 スカートを咥えられ、見た目に合わない力で上へと放り投げられる。

 な、なになになに!? 落ちる!

 だけど、私を迎えたのは土じゃなくて、モフっとしたふわふわの毛。

 狐姿のオトはなんと……ポニーくらいの、中学生の私が乗れるほどのサイズになっていた。さっきの何倍もの大きさに、巨大化している。


「え、えぇええええ!?」

『いちいち驚かない! それよりも、しっかりつかまって口を閉じなさい。飛ばしますわよ!』

「え、飛ばす? ちょっとま」


 無視してオトは駆け出した。ぐわん、と体がゆれて思わず首元にしがみつく。多分、車よりも早い。口を閉じてと言われたけれど私の意志とは関係なく叫び声をあげてしまう。


「ぎゃぁあああ!」

「逃がすか!」


 後ろの方からばさばさ、と音が。風の壁を破った天狗が追いかけてきている!


「ひぇええええ」

『うるさい、耐えなさい!』


 そ、そう言われても~!

 情けない声が山に木霊し、地獄の鬼ごっこは続いた。




 座木寺に着いた頃には、私の目は回ってひざは石畳についていた。

 座木寺は廃寺というだけあって建物はボロボロで苔が生え、雑草も伸び放題。昔来た時よりも、さらにひどい状態だ。

 それはそれとして……き、気持ち悪い。船酔いみたいな感覚がする……。

 オトの全速力のおかげで天狗と距離が離れ、幸運にも一息つく時間が取れた。


「耳がきんきんしますわ……」


 再び人型の姿になったオトは、渋い顔で三角形の耳を抑えていた。


「私は肌がひりひりするよ……風が痛かったし」

「それにしても……動物の妖怪が、あの程度の速さで泣きわめくだなんて」

「な、泣いてないよ!?」


 ……あと10秒長かったら泣いていたかもだけど。

 そうこうしているうちに、門の向こうからばさばさと聞こえ……天狗が追い付いた。

 ただ、その表情はさっきと違っていた。弱いものをあざ笑うようなものじゃなくて……憎しみをこめた、鋭いもの。


「まさか、貴様らだったとはな」


 その声はわなわなと震えていた。錫杖の先でこちらを指して言い放つ。


「我らの怨敵! 妖術の在り方を汚す愚か者、歌術使いめ!」

「お、おんてき?」

「ひどい言いようですわね」


 天狗は青筋を立てて、私が誘いを断った時以上にひどく怒っている。

 それよりも!


「ねぇ、たっちゃんはどこ! 居場所を教えてよ!」

「貴様らに話すことなどないわ! 痴れ者め、ここで倒しあの方への供物に加えてやる!」


 あの方?


「交渉決裂ですわね。こうなったら生け捕りにして、問いただすまでです」

「生け捕りって……物騒だけど、それしかないよね」


 オトの手を借りて立ち上がり、身構える。

 正直、怖いと思っている。これまで妖怪と関わらなさすぎたせいで、自分以外の不思議な存在に慣れていないから。

 オトがいて、引っ張ってくれるおかげで我慢して進むことができる。言い方がきつくてムカつくことがあるし、妖怪の知識とか妖術とか……私よりもたくさん知っていて実力差を感じることもある。出会って間もないのに心強く感じてしまうのは、これが歌術のパートナー、相棒だからなのかな。

シャン

 また錫杖が鳴り、今度は……あたりの木々がめきめきと音を立て、根っこを足にして歩き出した。たくさんいるからか、とても不気味な光景。


「見るがいい、これが妖術。人間どもの手が入っていない、純潔なものだ! 歌術などという、人間の文化を交えた術など認めるものか!」


 天狗はそうまくしたてると、空気を切るように腕を振る。それを合図に木々はこちらに突進!砂ぼこりをたてて一直線に向かってくる。


「なるほど、あの天狗は歌術の在り方を嫌っていると」

「今は考えるよりも詠んでよ!」


 「わかってますわ」と歌札を手にオトは詠む。今度は激しく燃える恋心の歌。


「〈かくとだに えやはいぶきの さしも草〉」

「〈さしもしらじな 燃ゆる思ひを〉!」


 先頭の木が炎に包まれ勢いよく燃え上がる。そして後ろの方へ燃え広がり、妖術にかけられた木だけが焼かれていく。

 防げてよかった、と安心していると……ぐらり、と視界が大きく揺れた。さっきの酔いがまだ残ってるのかな。


「なんの!」


 錫杖が鳴り次に出てきたのは……水でできた鳥の群れ。くちばしはドリルみたいに鋭い。こんなのがぶつかってきたらひとたまりもない!


「砕け散れ!」


 回転し勢いをつけて一斉に襲い掛かってくる鳥たち。勢いがありすぎて、ギュインギュインと音を立てている。

 これも歌術で対抗だ!


「〈夜をこめて 鳥の空音は はかるとも〉、お願いしますわ!」


 同じように歌札を受け取り、これの続きを詠み始める。

 これはかの有名な清少納言の歌。意味は確か……。


「〈よに逢坂の〉――」

 途中でぐらり、とまた揺れる。今度は視界だけではなく、足元が不安定になり石畳の上に倒れてしまった。体に力が入らなくなり……変化の術が解けて狸の姿になっていた。

 え、どうして!?

 突然の出来事にオトは目を丸くする。


「コトハ!? ……ああ、もう!」


 迫る鳥たちを見て舌打ちすると、私を抱えて間一髪、攻撃をかわす。

 石畳に打ち付けられた鳥たちは、水風船が割れるように弾けて消えていった。


「一体何が……」

「ウーン」


 私にも何が何だかわからない、と言おうとしたけれど鳴き声しか出てこない。コミュニケーションが取れない状態になってしまった。

 どうしよう……。

 突然のことで状況は一変。それに対して天狗は「呵々!」と笑い出した。


「もしや、その娘……妖力切れだな! 人間の暮らしを続けるからだ、ざまぁみろ!」 


妖術を使うのに使う力――妖力が無くなったみたい。どうやら、歌術は変化の術よりもたくさん妖力を使うらしい。

 う、うぅ。今までの生活を否定されたみたいで、すごく悔しいし、腹が立つ。

 オトも聞いていていい気分ではないみたい。私を抱える腕に力が入る。


「あなたねぇ……!」


 イライラがにじみ出るオトの声。それを無視し天狗は続ける。


「最後の時だ、吾輩自ら手を下してやろう」


 降り立った天狗はじっくりとこちらに近づいてくる。一歩歩くごとに響く下駄の音。目の前の獲物をいたぶるような目。

 ……こ、こうなったら!

 勇気を出して私は――オトの腕から飛び出し、天狗の顔に張り付いた。


「コトハ!?」

「なんだ貴様! おい、鼻をかじるな!!」


 視界を奪い、ムダに長い鼻にかじりつく私を引きはがそうと、必死に抵抗する天狗。

 離れるもんか! こうやって、髪に爪を立てて……。


「いだだ、やめろ!!!」

「今ですわ!」


 その隙にオトが錫杖を奪う。


「錫杖を返せ! 貴様はさっさとそこをどけー!」


 離されまいとしがみついていると……ふいに、シュルシュルと聞こえる。

 なんの音?


「なっ」

「ウー?(ん?)」


 天狗の体にはいつの間にか、白い糸が巻き付かれていた。

 端はどこかに繋がられているようで、天狗はものすごい勢いで引っ張られる。


「ぐえ!」


 その反動で私は頭から吹き飛ばされ、オトにキャッチされた。

 い、一体何が?

 天狗が転げ落ちた先にいたのは……明日乃様だった。


「やぁ、2人とも。よく頑張ったね」

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