第6話 座木山
「ふっふっふ、決まりだ!」
「やりましたわね、明日乃様」
私が答えると2人はハイタッチ。すごく喜ばれている!?
「それで、お友達を助けるという約束ですわよね。コトハさん、このことについて知ってることを詳しく教えてくださいまし」
「実を言うと私が知っているのは『コトハの友達が存在ごと消えてしまった』という結果だけなんだ。だから私も知りたい」
頼まれた私は、昨日会ったときのことや今朝のことを順番に説明していった。
一通り説明し終えるとオトさんは開口一番にこう言った。
「あの時何を急いでいるのかと思えば、遅刻でしたのね。みっともない」
「お小言!? ……じゃなくて、ひっかかるところとかない?」
「あなたの視点からだと手がかりが少ないのだけれど、そうですわね……しいて言うならば、どうしてあなたは彼女のことを覚えているのかは気になりますわ」
どうして私が覚えているのか、かぁ……今まで考えてなかったけど、私だけが覚えていられるのは確かに不思議かも。
「えっと……あ、私が遅れて学校に着いたことって関係あったりするかな」
思いついたことを言ってみるとオトさんは「はっ」と鼻で笑った。
「もし彼女の存在が消えていたのが、学校内だけならあり得たでしょうね。でもあなたのお友達を忘れているのは、ご家族もなのでしょう? あなたの遅刻はただの怠慢ですわ」
「た、たいまん」
「ああ、意味はおまぬけさんってことで――」
「意味くらい知ってるよ!?」
なんだか急にとげとげしくなってない? さっきまでこんな性格だっけ……?
それにしても、ムカつくっ。
「ケンカはよそうね~。コトハ、ほかには何が思いつく?」
まぁまぁ、と言い合いになりそうなところを抑えて、明日乃さんが私に聞く。
む、むぅ……。でも、言い争うヒマなんてないよね。たっちゃんの無事がかかっているんだから。
「他ですか、えーと……私が妖怪だから?」
「そうだね。犯人が使った方法――とりあえず妖術ってことにしておこう。これは、妖怪である君には影響が及ばなかった。効果を人間にだけ限定させたものなんだろう」
それを聞いてオトさんは再び口を開いた。さっきみたいな、小ばかにしたような態度ではなく、先生に質問する優等生のような雰囲気だった。
「どうして妖怪にまで効果が及ぶようにしなかったのでしょう? コトハさんみたいに交流のある妖怪に気づかれることなんて、犯人もわかっているでしょうに」
確かに。もし私もたっちゃんのことを忘れていたら、学校を抜けて探しに行って、こうしてこの2人に会うこともなかったのに。……たっちゃんを忘れている自分なんて、想像するだけでぞっとするけど。
「バレても止められない自信、それかバレても構わないと思える理由があるんだろう。犯人は自信家とみた。となると次はどこにいるのかが重要だが……」
場所……。
実を言うと、私はこの町に住む妖怪たちとはあまり仲良くない。もっと正直に言うと、避けられている。妖怪の友達なんていままでいたことはないから、当然「どこにだれが住んでいるのか」とかの情報も持ってない。まさか「あのこと」が、こんなことになって返ってくるなんて……。
「隠れ場所ってことですわね。ウツシヨの妖怪たちは、山や廃墟など人間が寄りたがらない場所に住みつくことが多いのだとか。この辺りですと……」
うーん、と考え込むオトさん。
山や廃墟、人が来ない場所――あ!
思い出したのは小学校の遠足で行ったハイキング。そして……この町の妖怪が私と距離を取るきっかけになった出来事。
「山に廃寺があるの知ってる! 小学校の遠足で先生が「あのお寺を通るルートは危険なので通ってはいけません」って言ってた!」
「あら、そんなに都合のいい場所が本当に?」
「本当だよ! だって私……昔そこに行って妖怪に会ったことがあるから!」
私が住んでいるこの町――古社町とその隣町の境目にある座木山。登りやすくて、小学校の遠足に選ばれることが多いから、古社町に住んでいる子供ならみんな一度は行ったことのある、なじみ深い山なんだ。
そんな座木山には、ハイキングコースがいくつかあるんだけど……その中でもいわくつきなのが「座木寺コース」。その名の通り座木寺を通るコースなんだよね。
そして私とオトさんは今、その座木寺コースを歩いている。
「その座木寺というのが例の廃寺ということですわね?」
説明し終えると、雨上がりのぬかるんだ道を歩きながら、オトさんはそう聞いてきた。
土がドロドロしてるのにスムーズに歩けているのは、オトさんが妖術を使ってくれたおかげ。
親しい妖怪がいなかった私に、妖術の使い方を教えてくれる相手はいなかった。変化の術は……きっと本当の家族と離れる前に身につけた唯一の妖術。 変化の術と歌術を除けば、私が使える術ってないんだよね。だから、私が知らない術をたくさん知っているオトさんが、少しだけうらやましい。
横に伸びた木の枝を、しゃがんでよけてオトさんに答える。
「うん、それでね、オトさん」
「……」
あ、あれ?無視された?
「お、オトさん? 聞こえてる?」
「……オトでいいですわ。私たち、歌術を使う『ぱーとなー』というものでしょう? 私もコトハと呼びますので」
「呼び捨てしちゃっていいの!? じゃあ遠慮なく」
急でびっくりしちゃったけど、なんだかうれしいな。あと、できればツンとしているところをもうちょっと丸くしてくれたら、もっとうれし……。
「と、いう風にしろと明日乃様が」
「明日乃さん、じゃなかった……明日乃様からだったの!?」
距離が近づいたのかなって思ったのに、違ったのか……。
あ、歌術の弟子になったから、明日乃さんのことは「様」をつけて呼ぶことにしたんだ。
そして今、明日乃様はというと……「やらなければならないことがあるから」と別行動中。そのことが何なのかはわからない。
「ええと、オト。これのことなんだけど」
取り出したのは、あの読み札。「歌札」っていうんだって。
「歌術を使うのってさっきみたいに、それぞれが上の句と下の句を詠むんだよね。それなら、どっちが上の句か下の句なのか、決めておいたらスムーズにいくと思うんだ」
「意外といいこと思いつきますわね」
「意外と」って!?
「わたくしが上の句を詠んで『りーど』します。それほど長いわけではないけれど、明日乃様のもとで修業を積みましたから」
「わかった。じゃあ私は下の句詠むね」
そう言って歌札を渡すと、着物のたもとにしまい込んだ。
「ええ。そういえばわたくしも気になることが」
「気になること?」
「あなた、以前に座木寺で妖怪に会ったと言っていたでしょう? そのことについて詳しく教えてくれませんこと?」
「ああ、それね。えっとねー……ケンカ売っちゃったんだ」
「ケンカ……はぁ!?」
呆れた顔でオトは「信じられない」とでも言うかのように、私の顔をまじまじと見る。
「あ、あなたがケンカ……?」
「そ、ケンカ。小1の遠足の時、同じクラスの子が間違えて座木寺コースに入っちゃったんだ。その時、寺に住む妖怪……天狗が襲ってきたの」
「天狗が!? どう対処しましたの?」
「向こうが『妖怪同士仲良く協力しよう。まずはその小童をよこすんだ』って言ってきて……当然渡すわけないから、断ったんだ。そしたらすごく怒って『妖怪のくせに人間風情を守るのか、ならばあとは知らぬ。古社の妖怪は誰一人、貴様に味方しない』って。するとその日から、本当に妖怪がだーれも近づいて来なくなった。あの天狗たち、この町で相当影響力があるみたい」
「よりによって天狗だなんて……」
頭をかかえるオト。……あれ、天狗ってもしかして。
「妖怪の中でも力ある存在ですのよ。……ご存じない?」
「えっ……ごめん、ご存じない」
「はぁ~~~~~~~~~」
辺りの鳥が思わず逃げてしまうような、大きなため息をついてオトはまたもや頭をかかえた。
つやのある黒髪が、くしゃっと持ち上げられる。
「あなた、ほんっとうに妖怪のことご存じないのね! このくらいのこと、人間の書いた本とか『いんたーねっと』とやらでも出てくるでしょう!?」
「そ、そうなんだ……」
言われようにしょんぼりしていると、頭上で大きな羽音がした。カラスかトンビかな?
のんきにそう思っていると、髪を逆立て目を大きく開いたオトが声を上げた。
「コトハ、上を!」
視線の先、そこには羽音の正体がいた。
赤い肌に、タオルを干せそうなくらいに高い鼻、時代劇に出てきたような山伏の服装、背中に見える黒い翼。
現れた妖怪――天狗はこちらを見下ろし偉そうに言った。
「然り、吾輩たちの力は人間どもにも轟いている。無知を恥じよ、狸の小娘」
聞いているこっちが、いらっとするような話し方。間違いない、あの時の天狗だ!
私が突っかかるよりも先に、オトが耳元に顔を寄せて尋ねた。
「……あれが例の?」
こくり、と頷くとオトは続けた。
「まずはわたくしが探ります。あなたよりは、妖怪との関わり方はわかっているので」
「わ、わかった」
オトは天狗の方を向く。天狗はというと、手に持った杖――錫杖を片手にふんぞり返っていた。
「座木に住まう天狗様、少しばかりお時間をいただいても?」
さっきまでの警戒心を見事に隠して、オトは丁寧に天狗に尋ねる。さ、さすが……!
天狗はその態度に満足げな様子。
「ほぉ、いいだろう。狐の娘、貴様の麗しい見目に免じて答えてやろうではないかぁ。特別だぞ~」
「感謝しますわ」
さっきと声色が全然違う! 甘ったれた感じで、なんだかちょっと寒気がする。それに見目って……この天狗、見た目で態度を変えている!?
私の嫌そうな顔に気づいたオトは、肘を脇腹にぶつけてきた。痛い……。
そのまま、嫌な顔一つもせずに話を進めていく。
「齢13くらいの人間の少女を探しているのです。昨日の夕方から今朝にかけて、姿をくらませたようで……コトハ、見た目は?」
「私よりも背が少し高くて、あとタレ目でショートヘアーにカチューシャ……えっと、短い髪に水色の髪飾りを付けています。見ませんでしたか?」
「犯人じゃない可能性もあるので、あくまでも慎重に」というのが、明日乃様が私たちに言いつけたこと。
私たちの話を聞いた天狗は……あれっ、肩を震わせている。
「どうかしました?」
オトは怪訝そうに聞く。天狗はついに我慢をやめて……「呵々!」と高らかに笑う。
「知っているぞ、確かに知っている! まさに昨夜、吾輩が捕まえた人間ではないか。まさか妖怪が探しに来るとは思うまい!」
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