第5話 歌術使いに
「えっと……かじゅつって? それとどうして私のことを?」
「明日乃様、何が何だかわからないような顔をしていますわ。どういたしますの? ほら、ええと……コトハさん。タオルです」
渡されたタオルを受け取る。うわぁ、ふわっふわだ!
「ありがとう……えっとオトさん?」
「2人とも固いなぁ、まるで新婚夫婦じゃないか。もうちょっとラフにいこうよ」
「からかうのはよしてくださいっ」
あはは~と軽い調子の明日乃さんとそれにオトさんがぷんすかとツッコむ。
受け取ったタオルを首にかけて頭を拭いて、と……この2人、妖怪だって言ったよね。だったら私も隠さなくていいのか。
ちょっとだけ変化の術を解いてみようかな。
耳がすっと消えて代わりに髪の一部がもぞもぞ動く。
そして丸くて小さい2つの狸の耳が登場。
今解いた「変化の術」は妖怪が人間に化けるために使う妖術。
2段階あって、1段階目が今の私やオトさんみたいに動物の耳だけ残した姿。
私が普段使っている、人間と区別がつかないような姿が2段階目。(昨日オトさんにはバレちゃったけど……)
完全に術を解いて狸の姿になってもいいけど、それだとココアが飲めなくなっちゃうからね。
とりあえず耳だけ出しておくことにしたんだ。
ココアを一口飲むと、口の中に甘さが広がった。
「よし、君の質問に答えるとしよう。それなりの情報量だから覚悟してくれよ?」
と、子供っぽく笑顔を浮かべる明日乃さん。
「よ、よろしくお願いします!」
私の返事に「よろしい」と頷くと、さっそく説明を始めてくれた。
「まずは歌術についてだ。ルーツは鎌倉時代――今から800年ほど前。人間に紛れて暮らす妖怪の狸と狐が作り出した特別な妖術なんだ」
「は、はっぴゃくねん」
もしかして、意外とスケールが大きい話?
「歌術は名前の通り『歌』を扱うもの。しかし歌は歌でも、現代のものとは違ったものだ。コトハ、何だと思う?」
「えーと……和歌、ですか?百人一首とかの」
突然の質問に答えると明日乃さんはニコニコし、オトさんは静かに頷いた。
「正解! 歌術は和歌に妖力を注いで、描かれたものの一部を具現化させるんだ」
妖力は妖怪が持つ力のことで、妖術を使うのに必要なもの。
それにしても、いまいちピンとこない……。
それを察したのか明日乃さんは、カウンターに木箱を置いた。和紙に包まれた、スマホよりも小さいもの。
「口で説明するよりも、実際に見てもらう方がいいよね。さ、オト」
中に入っていたのは、白紙の読み札。一枚受けとったオトさんは、少し考えると。
「……〈久方の光のどけき春の日に〉」
これって、紀友則の歌? 紀貫之のいとこなんだっけ。
オトさんが詠むと、読み札に筆で書いたような文字が現れた。達筆で、何が書いてあるのか読めないけど……もしかして今詠んだことがそのまま書かれてあるのかな?
「コトハ、下の句は?」
「えっと……〈しづ心なく花の散るらむ〉?」
急に言われて、びっくりしながらも答えると、読み札に今度は下の句らしき文字が。
読み札がほのかに光ると、店内に桜の花びらの雨が!
もちろん店内に桜の木なんてない。どこからともなく現れた花びらは床をピンクに染めていく。
「すごい、これが歌術!?」
「ええ、でもこれは……歌術を作り出した狸と狐。彼らの子孫にしか使えないのです」
「彼らの子孫?」
「妖怪狐の子孫はわたくし、オトです。……そして妖怪狸のほうはあなた」
おじいちゃんに拾われる前……本当の家族のことなんて全然覚えていないんだけど、特別な家系だったの!?
「そ。コトハとオトは歌術を使える最後の妖怪なのさ」
そうだったんだ、すごい! ――ん?
「『最後の妖怪』?」
ぽかんとしていると、明日乃さんは私をビシッと指さす。
灰色のその目は、しっかりと私を捉えていた。
「そうさ、最後の妖怪。人間の住むこのウツシヨと妖怪の住むカクリヨ……この2つを隅から隅まで探しても、歌術を使える妖怪は君たちだけなんだ」
「えぇえええええ! そ、そうなの?」
慌ててオトさんの方を見る。
店内を舞っていた花びらは、いつの間にか消えていた。
私にガン見されてそっと、と目をそらしながら口を開いた。
「本当のことですわ……そして歌術はわたくしだけでは意味がない。ですので、昨日あなたを見つけたとき、お願いしたのです。『(歌術を存続させるため)わたくしと一緒に来てほしい』と」
昨日オトさんが言い寄ってきたのってそういうことだったんだ!?
「ご、ごめん。私すごく怪しんじゃった……」
「あ、怪しいだなんて!」
「まーまーオト、落ち着こうか。妖怪って存在自体が怪しいものだから!」
「それって慰めになっていませんわよ!?」
私にそんな特別な妖術が使えるなんて思ってもみなかったな。
「最後の妖怪」って重みがあるというか、なんだか責任重大って感じ。
あ、そういえば。
「明日乃さん、さっき自分のことを『歌術使いを導くもの』って言っていましたけど……」
ほっぺを膨らませるオトさんに、励ましのようで励ましにならない言葉をかけていた明日乃さんは「ああ、それはね」と答えてくれた。
「君たちの先祖と仲が良かったんだ。彼ら彼女らが歌術を扱っている姿を、私は何度もこの目で見てきた。そして今、この世界に君たち以外の歌術使いはもういない……歌術に詳しいものは私だけになってしまった。それだけだ」
「なるほど……あれっ『もういない』って」
「それを話すと長くなるから、今日は省かせてくれ。とにかく、私は歌術を君たちに教えられる唯一の存在でね。つまりは『先生』ってことさ。『師匠』でもいいかな」
師匠……なんだかかっこいいかも。
「さて、ここまで話したんだ。あとはわかるね?」
「それってつまり――」
「コトハさんには明日乃様に弟子入りし、わたくしと共に歌術使いとして組んでほしいのです」
そういうことだよね!?
弟子入りして歌術使いに……百人一首好きにとっては放っておけない話。それに今見た花びら、とてもきれいだった。歌術でああいうことができるなんてとってもすごい! あと、話を聞いた感じだと――
「別に断る理由なんてな」
そこまで言いかけたとき、昨日お兄さんに言われた言葉を思い出した。
「君は『千夜』に行ってはならない」
「帰ったほうが身のためだ」
「君はそのままでいい」
あの時は意味不明だったけど、行っちゃだめだなんて言った理由……もしかして、この2人のこと?
もしかして歌術って何か秘密があるの……?
急に静かになった私に明日乃さんは。
「悩んでるみたいだね。それならこれはどうだろう?」
「これ?」
「これ、というのは?」
私とオトさんで首をかしげていると、明日乃さんは自信に満ちた顔でこう言ってきた。
「私に弟子入り、つまり歌術使いになることを選べば……消えてしまった君の友達を助けることができるかもしれない」
「私の友達をって……たっちゃん!? どうしてたっちゃんのことを?」
「たっちゃん?」
オトさんはまたもやきょとんとしている。
たっちゃんのことも、消えてしまって探しているってことも、私一言も言ってないよ!?
「それはナイショ。さぁどうする?」
シー、と人差し指を口元に当てて、再び明日乃さんは聞いてきた。
「……歌術を使えばたっちゃんはもどってくるんですか?」
「可能性が高くなる、という話だけどね。具体的に言えば、君は犯人と戦う手段を得る」
「戦う……って、犯人? たっちゃんは攫われたの!?」
「明日乃様の情報網を甘く見ないことね。結構すごいのですのよ」
よ、妖怪の情報網恐るべし!
たっちゃんは攫われたんだ……助けるためには妖怪と戦わなきゃいけない。
「成功するかは君たちの頑張り次第だ。さて、どうだい?」
「……」
存在を消されてしまった友達を助けられる、もしかしたらただ1つの手段。それと昨日会ったお兄さんの「行ってはならない」との警告。
「千夜」には入ってしまったけれど、この誘いを断ったらまだ引き返せると思う。
――でも。
「私、歌術使いになります。明日乃さんの弟子になります!」
友達を助けられるなら、やるしかない!
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