第4話 オトと明日乃

「わぁああああ! やばいやばい」


 大寝坊しちゃったよ! 1時間目が始まる時間に起きちゃうなんて。

 家から猛ダッシュで通学路を駆け抜けていく。このままだと着くのは2時間目の途中かな?

 とにかく急げ!


「はぁ、はぁ~~~!!!」


 棒になりそうな足を、情けない声を出して精一杯動かす。

 走るなら狸の姿のほうが絶対に速い。でも、街中でそんなことするわけには……最悪保護されちゃうし。

 通りを走っているとバス停が見えてきた。

 バス通学の人はみんな使っているバス停。あれを通り過ぎれば学校に着く。

 ラストスパート、踏ん張らないと!

 うん?よく見たらバス停に人がいる。

 ……って、あの子は。


「き、昨日の!」

「あら? ……あなたは!」


 そこにいたのは、昨日下校中に会った女の子。昨日と同じく着物姿なんだけど、持っている買い物袋が似合ってない。


「あの!」

「急いでるんです、ごめんなさい!」


 また呼び止められそうになったけれど、今は無理。女の子には申し訳ないけれど、そのまま学校に走って行った。

 足を必死に動かして、何とか校門を抜け転げるように靴を履き替える。私の1個下の靴箱……たっちゃんの靴箱には外靴がある。来てるみたいだ。

 早歩きで教室の前まで到着。長かった……!

 教室の中は……授業中。後ろ側からこっそり入ろう……。

 音をたてないように、引き戸をゆっくり開けてみると……。

 ギィー


「あっ」

「あら重役出勤? 下川さん」


 建付けが悪かったみたい。開けた途端にデカめの音が鳴って先生にバレた。

 数学担当の先生はちょっぴり怖いニコニコ顔でこっちを見てくる。


「すみません!」


 しかもクラスのみんなも私のほう見るし、恥ずかしい!

 あーあ、くすくす笑われてる……。

 小さくなって席に着くと机の上には1時間目と2時間目に返却されたテストがあった。

 さて、点数は……。

 国語は古典の百人一首の問題が満点だ! ほかの問題も結構点数が高い!

 用紙を眺めていると背後から肩をつつかれた。

 振り向くと、後ろの席にいたのはクラスメイトの鶴崎さん。眼鏡にポニーテールの女の子。


「さっき先生が下川さんのことほめてたよ! 国語のクラス1位だって」

「そうなの!? やった」


 うれしい! ……って、あれ?

 鶴崎さん、どうして私の1個後ろの席にいるんだろう。確か私、たっちゃん、鶴崎さんの順番じゃなかったっけ。

 うちのクラス、席替えはまだしていないから、今もまだ出席番号順だと思うんだけど……。

 そもそも教室にたっちゃんの姿がない。靴箱には外靴があったから、いると思ったのに。


「ねぇ、鶴崎さん。席って」

「?」

「そこー私語しないよ。テストの解説だからちゃんと聞いてね」


 尋ねようとしたら先生に止められちゃった……仕方ない、休み時間に聞いてみよう。

 あ、数学もテスト返ってきてたんだった。どれどれ……。

 ……。

 ……。

見なかったことにしよう。




「下川さん、さっき何か言いかけてたけど、どうしたの?」


授業が終わると鶴崎さんのほうから聞きに来た。


「あ、うん。鶴崎さんが座ってるのってたっちゃんの席だからなんでかなーって」


 それを聞いた鶴崎さんは、目をぱちくりとさせる。


「たっちゃん?」


 そっか、あだ名だとわかりにくいか。


「ええと、田川愛ちゃん。私と鶴崎さんの間の席だよね」

「う、うん?」


 鶴崎さんはさらにわけが分からないような顔に。

 どうしたんだろう。


「下川さん、えっと」


 困った顔をして鶴崎さんはこう言った。

 その一言は、ハンマーで打ったかのような強い衝撃を与えてきた。


「田川愛って人、このクラスにはいないよ?」




「はぁ、はぁ……!!」


 今日2度目の全力ダッシュ。

 今度は家から学校……ではなく人探しのためだった。


「どういうこと!?」


 「田川愛って人、このクラスにはいないよ?」……冗談と思った私は「またまた」と笑ったけれど、困った鶴崎さんを見かねたほかのクラスメイト、別のクラスの人、先生もみんなたっちゃんのことを知らないって。

 それに名簿にも載っていないし、登校した私が見た靴箱は鶴崎さんのだった。

 校内でスマホを使っちゃいけない校則だから、トイレに隠れてたっちゃんのスマホに電話してみると『この電話番号は現在使われておりません』ってアナウンスが流れるし。学校を抜け出して、この前お邪魔したことがあるたっちゃんの家に行ったら、おばさんに「うちに中学生の女の子はいませんよ」って言われたし。

 たっちゃんの存在が消えてる、どうして!?

 こんなことが起こせるなんて妖怪しかいない。でも犯人になりそうな妖怪も原因も、全くわからないから私はひたすら町中を駆け回っている。


「たっちゃん、たっちゃーん! ……わっ」


 学校まで走った時以上の疲れのせいで、足を引っかけちゃって転んでしまった。

 いったぁ……ひざを擦りむいたみたい。

 汚れを軽くはたいていると……ぽつり、と雨粒が。

 雨が降ってきた。うう、小雨くらいなら我慢しよう……。

 



 数分後。

 ザー


「ゲリラ豪雨だったなんて……」


 この大雨の中たっちゃん探しはできないと思って、近くにあったお店の店先にある屋根で雨宿りをすることにした。

 お店の扉には「CLOSE」と書かれたプレートがかかっている。店休日のようだ。

 雨はかなり激しく、視界は真っ白。

 ど、どうしよう。こんなにひどい雨じゃたっちゃんを探しに行けない……。

 ゲリラ豪雨ってどのくらい続くんだろう?

 1時間くらいかな? それまでずっとここにいなきゃいけないのかぁ……。うう、冷えてきた。夏服着るの、もう少し待っておけばよかった。


「はぁ……」


 たっちゃん、どうしてこんなことになっちゃったんだろう。

 ため息をついて外を眺めていると、チリン、と背後で音がした。


「ひどい雨だなぁ」

「わっ!?」


 お店のドアが開き、若い女の人がぴょこっと顔を出していた。音の正体は、ドアの上に取り付けられていたベル。

 お店の中に人いたんだ。てっきりいないかと思ってた!


「ずっとここにいちゃ寒いだろう?中に入りなよ」


 長い髪を低い位置でお団子結びさせて、白のブラウスに紺のパンツ、その上にエプロンを着たお姉さん。

 灰色の瞳のその人は、そう言って私を店内に招いてくれた。


「い、いいんですか!?」

「もちろん。あったかい飲み物でも飲んで、ゆっくりしていくといい」


 ラッキー、ありがたく入れてもらおう!

 お姉さんに甘えて店内に入れてもらうと、そこは「昭和レトロ」という言葉がよく似合う喫茶店。それほど広いわけじゃないけれど、ゆったりとした雰囲気。

 前にテレビでやっていた「レトロ特集」で、アナウンサーさんが紹介してたメロンクリームソーダ、こういうお店で飲んでみたいなぁ。


「コーヒーは飲めるかい? それともココアがいい?」

「ココアをお願いします!」


 お姉さんは「わかった」とうなずくとカウンターのほうへ。

 ……とその前に、「STAFF ONLY」と書かれた紙が貼られたドアを開けた。


「オト、洗面台からタオルを持ってきてくれ」


 「オト」?

 人の名前みたい……って、そういえば昨日のお兄さんも「オト」とか言っていたような。

 すると奥のほうから、「承知いたしました」と聞き覚えのある声が返事をした。

 ん? あれ?

 お姉さんは今度こそカウンターへ。そしてお湯を沸かしながら。


「あ、遠慮せずに座ってくれて構わないよ。多少濡れているだろう? 今タオルを持ってこさせている」


 と、私に座るように言ってきた。


「あ、ありがとうございます」


 カウンター席の適当な席に座るとすぐにココアが差し出された。


「はい、どうぞ」

「ありがとうございま……ん?」


 ココアを差し出されたその時、ふと視界に入ったのはお姉さんの胸元の名札。


『【純喫茶・千夜】店長 千谷明日乃』


「千夜!?」

「ああ、私がつけた店名でね。なかなかいいセンスだと思わないかい? コトハ」

「えっ」


 この人、なんで私の名前を。


「ココア、冷めないうちに飲むといい。……ああ、タオルがまだだったか」


 頭が追い付かず固まってしまった私をよそに、お姉さん……千谷明日乃さんはさっきのドアに視線を向ける。

 ドタドタと騒がしい足音をがして、1人の女の子がタオルを持って現れた。


「明日乃様、お待たせいたしました!」


 それは昨日と今日の朝に見かけた、ストレートロングの黒髪に着物のあの子。

 でもただ1つ、今までとは違う点があった。それは……頭に生えた三角形の大きな耳。

 これってもしかして、狐の耳!?


「紹介しよう、彼女はオト。私の1番弟子で妖怪狐。そして私は、ここの店長の千谷明日乃。一応妖怪で……君たち歌術使いを導く者だ」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る