第3話 たっちゃんのおすすめ

「――ちゃーん、こーとーはーちゃーん」

「はっ!」


 気が付くと小路に入る前に通った、大通りに立っていた。

 あ、あれ……ここまで戻ってきた記憶なんてないよ? それに、お兄さんもいない。

 ん? さっきからほっぺをつんつんされているし、耳がちょっと痛いような……。


「コトハちゃーん! おーい、聞こえてる~?」

「た、たっちゃん!?」

「やっと気づいた!何回呼んでもずっとぼーっとしていたからびっくりしちゃったよ~」


 私のほっぺをつついて、耳元で名前を呼びまくっていたのは、私の友達で同じクラスの田川愛ちゃん――通称「たっちゃん」。ショートヘアに水色のカチューシャが似合ってる、とろんとしたタレ目が特徴的な女の子。


「買い物帰りにここを通ったら、コトハちゃんを見つけたんだけど、全く動かないし返事もないからどうしちゃったのかと思ったよ~」

「し、心配かけてごめんね……?」


 何がなんだか、よくわからないけど……とりあえず状況を整理してみよう。

 お兄さんに「千夜」には行っちゃだめだって言われたんだよね。それになぜか、着物の子と下校中に会っていたことも知っていた。それと「身のため」とか「このままでいい」とか……。

 そして私はいつの間にか、路地裏の外に立っていて……。

 うーん、何もわからない!

 あ、待った。あの兄さんももしかしたら妖怪なのかな? だって、紫の目の人なんてそうそういないし。

 私が戻されたのは妖怪が使う妖術、とか。

 でも他のことは全然わからない……。


「コトハちゃん? うんうんうなってどうしたの?」


 たっちゃんが心配そうに私を見ていた。


「えっと……テスト! 今日あったテスト、数学がうまく解けたか不安だなって!」

「そうなんだ! 難しかったもんね~あたしも不安」


 たっちゃんは私の正体を知らないから、妖怪が絡んでそうなことを話すわけにはいかない。

とっさに思いついたテストで言い訳をしてみたけど、どうにかごまかせたみたい……!

「ま、テストのことは返されるまで忘れよう! どうせ返ってくるまで、結果はわからないし」


 ピコン!

 今のはスマホの通知の音?でも私のスマホは電池切れ……ってことは。


「たっちゃんのスマホじゃない?」

「そうかも。なんだろ~……ああああ!」

「え、なに!?」


 画面を見るなりたっちゃんは絶叫し、何かうれしいことがあったみたい。満面の笑顔で教えてくれた。


「しろどらがゲリラ配信するみたい! やった!」


 「しろどら」って……確か今人気の配信者だっけ。突然現れて、みるみるうちにチャンネル登録者数を伸ばしていった、「今一番熱い!」と言われている活動者。

 学校でも話題で私も見ようかなって思いつつ、なかなか見れてない。

 この前たっちゃんから聞いた話だと、お悩み相談をメインにしていてこれがなかなかためになるとか。


「そうだ、せっかくだし一緒に見よ! オススメするならやっぱ一度は見てもらわないと」

「いいよ~このあと用事とかないし」


 近くの公園に移動して、小学生の子たちでにぎわう遊具周辺から離れた、ひっそりとした場所にあるベンチに座りたっちゃんのスマホをのぞき込む。

 たっちゃんはアプリを開くと、登録チャンネル欄の一番上のアイコンをタップして配信画面を開いた。

 すると。


『こんちはー』

「何この声!?」


 ニュース番組とかで使われていそうな合成音声が!


「びっくりしたでしょ。あたしも初めて見たときは驚いたよ~」

「う、うん……」


 そして画面はというと「7月×日4時のゲリラお悩み相談 ※コメントから適当に拾ってく」と書かれたスケッチブックがでかでかと映されていて、画面の端っこにリアルタイムでコメントが下から上に流れている。顔出しはしないタイプみたい。

 人気な割にはなんというか――


「質素すぎない?」

「でしょ? でもその分トークが光るって感じなの! 鋭い、みたいな!」

「そうなの?」


 配信をしばらく見ていると、しろどらは拾った質問1つ1つについて真面目に答えていった。

 中には私たち視聴者がついついうなっちゃうような難しいものもあったけれど、それにもちゃんと考えながら答えを出した。その次の質問……というより「これについてしろどらさんはどう思いますか?」という相談のようなコメントには、さっきのよりも厳しい意見を出していた。拾ったコメント一つにつき大体20分はかけている。


「こ、この人まじめすぎない……?」

「そう、そこがしろどらのいいところ! ちゃんと視聴者のことを考えてくれているんだ!」


 たっちゃんはふふん、とまるで自分のことみたいに誇らしくしている。


「あれ、今日の視聴者数なんだか少ない? ゲリラだからかな」

「そうなの? 相談系にしては多いと思うけど、いつもはどのくらいいるの?」

「うーんとね……5000人はいたと思うよ」

「5000人って……これの倍ってこと!?」


 しばらくの間、2人で配信を見ながらしゃべって、配信が終わるころには公園に集まっていた小学生がほとんど帰っていた。


「そろそろ帰ろっか!」


 私にしろどらを見せられて、たっちゃんは満足げ。

 私も見ていて面白かったし、今度配信があったら見てみようかな。


「また学校でね、たっちゃん!」

「うん、またね~!」


 たっちゃんと別れてそれぞれ逆の方向に進んでいく。

 たっちゃんと過ごしたおかげで、さっき起こった不思議な出来事が割とどうでもよくなっていた。ただ、あのお兄さんの顔がどうしても頭の中から消えない。

 それに考えるだけで、胸がどきどきするのがわかる。

 あの人の笑顔を頭に思い浮かべていると、あっという間に帰り着いた。

 おじいちゃんにもう一度ただいまを言って、簡単にご飯を作って、お風呂に入って、布団に入る。

 そして目が覚めたら学校に行って、たっちゃんとおしゃべりしたり授業を受けたり……。

 ――そんな明日の「日常」が当たり前に進むと思っていた。


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