第2話 千夜には

「ここどこ?」


 例のお店を探して早1時間。

 道に迷った。私ってこんなに方向音痴だっけ?

 地図アプリの案内に従ってやって来たのは、人通りの少ない小さな通り――小路って呼ばれるところ。アプリを見れば何とかなるかなって思ったのに、小路に入ったタイミングで運悪く充電が切れちゃった。

 ここは人に聞くしかない……。きょろきょろしていると、道の端っこにスマホをいじっている背の高い後ろ姿が見えた。

 あの人に聞いてみよう。


「あの、すみませーん」


 私の声に振り返ったのは、高校生くらいのお兄さん。

 銀髪で、星のように思わず見つめてしまうような、きれいな紫の瞳。

 整った顔立ちは、ずっと見ていても飽きないと思ってしまう。

 なんだか心臓が大きく跳ねて、胸のあたりがくすぐったくなるような感覚がした。

 きれいな顔……とお兄さんに目を奪われていると、彼は少し困ったように口を開く。


「どしたの?」

「あっ、ええと! わ、私っ道に迷っちゃってて。喫茶店を探してっ、い、いるんですけど!」


 緊張で声がひっくり返っちゃった。恥ずかしい!

 がっちがちな私がおかしかったみたい。お兄さんはくすくす笑って聞き返してきた。

 胸のあたりで、さっきと同じ変な感覚が。


「あっはは! そんなに緊張しなくていいって。そんなに俺が怖い?」

「こ、怖い!? 全然怖いとか思ってないです! なんというか、えと、すごくかっこいいなってっ……あっ」


 お、思ったこと言っちゃった。また恥ずかしい、何やってるの私!


「へぇ、うれしいな」

「え、えへへっ」


 話しているとなんだかどきどきしちゃう、落ち着け〜!


「それでなんだっけ、喫茶店?」

「はい、えっと……『千夜』っていうところです! わかりますか……?」


 「千夜」と聞いてお兄さんは「ああ、あそこか」と反応した。

 知っているみたい、やった!


「私そこに……待ち合わせ? みたいなことをしていて……それで場所を」


 場所を教えてください、と言おうとしたその時。


「あそこには行くな」

「え?」

「君は『千夜』に行ってはならない」


 さっきの笑顔はどこへやら、真剣な表情でそう言われた。

 どういうこと?


「で、でも来てほしいって子が――」

「……ああ、オトのことか」

「オト?」

「君が会ったのは着物を着た女の子だろ? 友達とかじゃない、初対面の」

「え、何で知ってるんですか!?」


 あの時、周りに人はいなかったのに。

 それにお兄さんみたいな人、目立ちそうだし、近くを通りかかったら多分気づくと思うんだけど……。


「知る必要はない。帰ったほうが身のためだ」

「み、身のため……!?」


 お兄さんの言っていることで、頭がはてなマークでいっぱいになっていると――不意に視界がぼんやりとしてきた。

 授業中に急に襲ってくる眠気となんだか似ている。耐えようとしても、なかなか打ち勝てない強力な睡魔のよう。

 お兄さんの姿が薄れていく中、最後に聞こえた言葉は。


「帰ってくれ。君はそのままでいい」


 ――直後、目の前が暗闇に閉ざされた。

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