和歌ヂカラ~狸と狐が参ります!~
久物いと
第1話 化け狸、見破られる
「お願いです! わたくしと来てくれませんこと?」
中学校初めての期末テスト……その国語に出てきた百人一首の問題が全部解けて、ルンルンで帰っていた、その途中。
私――下川コトハは、初対面の不思議な女の子に言い寄られていた。
つやつやの黒い髪をなびかせたその子は、お嬢様みたいに上品な口調。何より目立つのは着ている服が朱色の着物ってこと。「ザ・日本のお嬢様!」ってキャッチフレーズがつきそうで、くせっ毛でちんちくりんな私とはまるで正反対な子だった。
「えっと……あなたは?」
「わたくしについては、後でお教えします。とにかく、一緒に来てほしいところがあるのです」
「先に理由とか聞きたいんだけど」
「それも後でですわ!」
「なんでよ!?」
そんなやり取りが続いてかれこれ30分。私いい加減帰りたいんだけど。テストが終わったから家で思いっきりゴロゴロしたいのに!
「来てください、お願いですから!」
「だから事情を!」
だめだ、終わる気がしない!
頭を抱えた、その時だった。
「ねー、昨日のしろどらの配信見た?」
「昨日塾あったから、見れてないの! 帰ったらすぐにアーカイブ見るから、ネタバレしないで~!」
道の向こうから話し声が聞こえてきた。
人が来ることに気づくと、女の子はあきらめるようにため息をつく。
「仕方ありませんわね……」
「え?」
ぼそっとつぶやいたその子は、ナイショ話をするように顔を近づけてくる。
「人間の目はごまかせても、わたくしには通用しませんわよ? 狸さん」
「なっ!?」
驚いていると女の子の姿は、あっという間に通りの向こうへ。
「え、あの、ちょっと!」
慌てて後を追いかけようとしたけど、太もものあたりに違和感を覚えた。ポケットに何かが入っている……メモ用紙?
こっそり入れられていたみたい。 でも私は、なかなか読む気になれなかった。なぜなら――
「なんで気づいたの!?」
今まで誰にもバレなかったのに。あの子の言った「狸」……それが私の正体だから。
――私は人に化けて暮らしている妖怪狸なのだ。
その後、古い一戸建ての我が家に帰り着くと、自分の部屋にかけ込み、カバンを放り投げ畳に倒れこんだ。
「なーんーでーばーれーたーのー!」
叫びながら体をゴロゴロと端から端へと転がっていく。
「カンペキに10年間バレずに生活できていたのにっ。どうしてよ、バレちゃったよ!? どうすればいいの、おじいちゃん!!!」
……あ、おじいちゃんに、ただいまを言ってなかった。
パニックで頭の端っこに追いやられていた大事な習慣を思いだし、ついでに気持ちを落ち着かせようと仏壇のある部屋に向かった。
おじいちゃんは1匹で山を下りあてもなくさまよっていた私を拾ってくれた、命の恩人で大事な家族。妖怪の私を受け入れてくれて、ただの女の子として最期まで育ててくれたけど、6年生に上がる前にぽっくり逝ったんだ。
おじいちゃんの奥さん――おばあちゃんにあたる人は、私が来るずっと前に亡くなっている。子供や孫もいなくて親戚とも縁を切っているみたいだから、私はこの家で1人で住んでいるんだ。
ま、学校くらいはうまく誤魔化せられるけど、一緒に住んでいたら正体がバレちゃうリスクが高いからね。引き取り手がいないのは正直助かった。
……寂しいのは嫌だけど。
「おじいちゃん、ただいま」
おじいちゃんの仏壇は写真とその傍にお線香を置いた、ちっぽけなもの。
それに向き合って座り、手を合わせて静かに話す。
「今日ね、テストがあったんだよ。数学と英語がちょっと怪しかった。でも国語は楽勝だったよ。内容が百人一首だったんだ! 紀貫之の『人はいさ』の問題があって、テンション上がっちゃった」
百人一首はおじいちゃんが生きていたころ、一緒によく遊んでいたから大好きなんだ。
昔、藤原定家って人が偉い人に命令されて、100首の和歌(5・7・5の「上の句」と7・7の「下の句」からなる短歌のこと)を厳選したのが「小倉百人一首」、私たちがよく知る「百人一首」のことなんだ。私のお気に入りは紀貫之って人が詠んだ歌。
〈人はいさ 心も知らず ふるさとは 花ぞ昔の 香ににほひける〉
久しぶりに訪れた宿の主人に、「宿は前と変わらずにここにあるのに、あなたは長い間来てくれませんでしたね」と皮肉を言われた時。貫之は梅の枝を折って、この歌で返事をしたんだ。意味は「人の心が、変わるのかどうかはわかりませんが、梅の花は昔と同じように、私を出迎えてくれていますよ」。
これがとってもロマンチックで素敵! ……これを友達に話したら、「う、うん。そう? そうかもねぇ~、うん」とあいまいな返しをされたんだよね。
さて、おじいちゃんに続きを話そう。
「それとね、えーと……帰り道おかしな子に会った。その子がね、私の正体言い当ててさ。なんでバレたの、ってびっくりしちゃった。『一緒に来てほしいですわ!』ってずっと言ってたんだけど何だったんだろうね」
こうやって口に出してみると、結構落ち着いてくるものだね。
「じゃ、私はダラダラしてくる……あ」
あいさつし終えて立ち上がると、あのメモのことを思い出した。
気になったのでポケット取り出して、書かれている内容を読んでみる。
「えーと、なになに?『この場所に来てください。【純喫茶・千夜】』それとそのお店の住所……」
知らないお店。このお店に来て、ってことかな。
うーん、行った方がいいのかな? 狸だってこと見抜けた理由とか、聞きたいことあるし。
もしかしてあの子は妖怪で、縄張り争いで私を狙ってたり?
そ、そうだとしたら怖いかも。私、争いごとはしない主義なんだけど!
それに今まで、人間として暮らしてきたせいでこの町の妖怪事情なんて全く分からないし……。
ここは行かないほうが正解? いや、それはそれで怒らせちゃう?
うう、ちょっぴり怖いけれど行ってみるしかないか……。
「やっぱり、ちょっと出かけに行くね。おじいちゃん、何かあれば守って!」
無茶ぶりを伝えてドキドキしながら家を出た。
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