暁の光
心地の良い振動によって眠っていた。
しかし、駅到着のアナウンスによって眠っていた意識が戻されていく。
どうやら電車内で眠っていたようだ。
目をこすりながら体を伸ばしていると、アナウンスが再び流れた。
『次は三雲前。お出口は左側です。』
目的地の場所にもうすぐ着くようだ。
「都木! 目的地よ! さっさと起きなさい! 遅刻すれば私がシュガーに怒られるんだから!」
「真衣姉さんが怒られるならいいじゃん。僕、夜勤明けなんだからさ。」
眠っていた意識を無理やり起こされたせいか、少し頭が痛い。
「都木~。わかってないわね。私が怒られた後、あなたも罰を受けるんだからね?」
「………それは、嫌だね。」
眠って通り過ぎることがなくてよかった、と思いながら窓の外を見る。
窓から人口太陽の光が夜勤明けの目に容赦なく刺さる。
夜通しの仕事明けは、憂鬱な気分にさせられる。
電車の減速時に座っていた席から立ち上がり、真衣姉さんと一緒に停車した電車のドアからホームへと降りる。
地下都市ではあるが、四季を再現しているせいで、秋始めの冷たい空気が頬を裂くように吹き付ける。防寒着であるコートの襟首を絞めて体温を冷まさないように急ぎ足で目的地に向かう。
「こんな季節に結婚式だなんて、シュガーの友達も変わっているね。」
届け出事態は、すでに数年前に出ていたけれど、会社の都合やらコロニーの情勢を鑑みて延期に延期を繰り返していたかららしい。
「まあ、理奈の会社都合もあったからでしょ? あの子、社長として時間を作るのにも苦労しているみたいだし。」
「ああ、今回の結婚式って理奈姉さんの会社の人? じゃあ、四乃宮家お抱えの重鎮じゃない? よかったの? 現当主が普通の時間に行っても?」
「四乃宮の名前はあるけど、ほぼ理奈とシュガーが背負っているようなものだし、私は、円さんから名前だけ引き継いだけど、防衛局で殴り合いをしている方が性に合っているの。だから、いっそ、四乃宮じゃなくて月下家に御用家を引き継いでほしいくらいよ。」
「さすがに、四乃宮が月下に変わることはないよ。それに、シュガーがそれを許さないでしょ?」
「………お家騒動なんて馬鹿々々しいから嫌なんだよね。それにめんどくさいし。」
「真衣姉さんは、ただ単にコタツから出たくなかっただけでしょ? 知らない人に挨拶するより家で自堕落に暮らしたいって書いているよ、顔に。」
「あれ、バレた?」
真衣姉さんは、緊急事態の時くらいしか動かない。常に怠惰をこよなく愛し、自堕落を謳歌する。そして、他人を巻き込む天才。
それでいてこの人以上に、周りに愛されている人もいないだろう。
「そういうあなたも甲斐田の名前を持っているのよ? あなたが、紅葉の後継人としての権力を使えば、このコロニー内では四乃宮と対等の———。」
「興味ないよ。そんなことしても得がないし。ガチャ運でも上がるなら使うけどさ。」
「あー。この間、つぎ込み過ぎてシュガーに怒られていたわね。」
「仕方ないじゃん。現実では、モテなくても画面の向こうでは僕を愛してくれる人がいるんだから。」
「ずいぶん安い愛だね。」
「姉さんもそう思うでしょ! だからシュガーにそのまま言ったら、頭の上に鏡餅を作られた。———好きな女の子には貢ぐものでしょ?」
「………愛のベクトルが違う方に言っているわよ、都木。それに、あなたのことを愛してくれる人なんて、結構いると思うけど。」
「真衣姉さん、現実を見なよ。俺の周りにいる奴は、大体怪力ゴリラだ。命の危機を感じながら幸福を感じる奴なんていないよ。可憐でおとなしいビューティー系美女がいてくれれば………。それに比べて、画面の向こうにいるのは、出るところは出てしまっているところは引き締まっている系美女たちだ。そんな美人が水着になります、って言ったら貢ぐでしょ?」
「いつか、理奈に刺されるわよ。」
「昨日もナイフで刺されたよ。あふれ出てくる血をなめとりながら、笑っていたよ。理奈姉さんは、モスキート系女子だから、理奈姉さんに愛されたらその人死んじゃうね。」
「それなら、不死身系サイコパスがいるから大丈夫じゃない? 理奈も目が肥えているからハッピーエンドに向かうでしょ。」
「ええ? 理奈姉さんにそんな相手がいるの? 知らなかった。」
ん?
真衣姉さん、そんなあきれ顔をしてこっち向かないでよ。
「それに、二カ月前に地上でシングルマザーの親子を保護したって聞いたけど? 養子か再婚って話まで持ち上がっていたけど?」
「成り行きでね。それに、いちいちすべての人を養子に引き取っていたら、何人引き取らなきゃいけなくなるかわからないし。」
「そう? 到着と同時に出産したって聞いていたから、都木の性格からしたら保護すると思っていたから。」
「どんなだよ。僕は結構冷酷な性格だよ。例えどんな境遇だろうと同情しないよ。」
「そう言っているわりに、都木さ、この前までずっと付ききりでその親子の支援してたじゃない。」
「そ、それはシュガーに言われて———。」
「都木も見栄っ張りね。東ブロックの人たちから、もうパパ認定されてるよ?」
みんなそんな目で見ていたの!?
断じて違う!
というか、だからみんなおまけとか値切りとかしてくれていたの?
「くっ。エバンスさえ、したり顔でこっちを見ていたのはそういう———。」
「それに、あなたの顔は甲斐田悠一に似ている、っていうのもあるからね。」
「みんな言うよね。真衣姉さんのお父さんでしょ? 全然知らないし、あったこともない人間に重ねられてもね………。」
「私だって、生まれる前に亡くなっていたから会ったことないわ。私の場合は、お母さんによく似ているって言われるわよ。」
「そう? 写真で見たけど、どちらかと言えば円さんに似ているように思うけど。」
「いいのよ! お母さんも円さんも美人だから。やっぱり私も美人認定されるのよ!」
「世間は知らないだけでしょ? 昔、円さんと一緒に、悲鳴をあげながらシュガーから逃げていたことを。」
「あ、うん。今朝も逃げて、天井に張り付いていたら、シュガーが壁走りしながら私に殺虫剤を噴出しに来たわよ。」
「シュガーって、真衣姉さんには結構厳しいよね。」
「これでも長い付き合いだからね。———かれこれ20年以上の付き合いだからね。不思議なことにシュガーって、私の誕生時の写真を見る限り全然歳をとっていないのよ。本当なら、結婚もしていいのにお断りしているのよ。何でも、私のお父さん以上の人じゃないと結婚しなないって言っているの。」
「ああ、シュガーって、重度のファザコンだからでしょ。」
「本人の前で言うと、正拳突きを食らうけどね。」
あの亜音速を越える正拳突きを躱すのは一握りの人物だけだ。
「あの正拳突きを食らうとしばらく壁から出てこれなくなるのよね。」
「毎回、邸宅を壊しまくっているからどのことを言っているのかわからないよ。」
「………申し訳ないとは思っているよ。でも、体が動いちゃってさ———。」
「真衣姉さんって、学習機能をどこかに落としてきたんじゃない?」
「学習してますぅ。うっかり、なだけですぅ。」
「うっかりで、僕の部屋を壊さないでよ? この前だって————。」
「あ、ああ———。聞きたくありません———!」
また子供っぽいことを。
「そんなことより、会場ってここでしょ?」
「みたいだね。ほら、真衣姉さん、身なりを整えて。見てくれだけでも整えないと。」
「なんで、そんなことを———。」
「馬子にも衣装、だよ。」
「ヘイヘイ。どうせ私は下賤な者ですよ。」
「膨れてないで、今度は僕の服も確認してよ。」
「私に確認してもらっている時点で間違っているわよ。」
「………そうだね。」
バシッ、バシッ!
真衣姉さん、自分で言ったことじゃん?
返答に律儀に反応して僕の頭を叩かないでよ。
会場に入って、みんながこっちを見た瞬間息をのんだのがわかる。
まただ。
慣れないなあ。
毎回間違われるんだよ。
甲斐田悠一に。
全然、似てないと思うのだけど。
遅れて、会場の運営さんに促されシュガーと理奈姉さんのテーブル席まで案内された。
「無事に来れたようですね。」
「遅い、都木。姉を待たせるなんて。」
シュガーは、ほっとした様子で。
理奈姉さんは、少し怒り気味で出迎えてくれた。
………遅くなるって言っていたと思うけど。
まあ、いいや。
とりあえず、真衣姉さんと一緒に新郎新婦に挨拶しておこう。
そう思い、シュガーに許可をもらい控室に向かった。
そして、二人の開口一番は決まっていた。
「「え、悠一さん!?」」
違いますって。
「初めまして。僕は甲斐田 都木(かいだ とき)。甲斐田紅葉の養子になります。」
———明ける宵闇、夢から覚める日編 完
———スミレの花に続く
緋色の紅葉 明上 廻 @Akegami1999
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