003.レイン・クレイトン

 サニーの奇跡の日から2年が経ち、レインは今年17歳になる。


 レインは、あれから又次の日を繰り返した為、ユニークスキルが発動したままである事に気付き、どうにかしてこの2重生活を止めたいと考えたが、そもそも何故このユニークスキルが発動したのかも解っておらず、まずはそこから手探りで答えを探す事となる。


 それ以降、何も解らないまでもいつもの生活を続けて学校に通い、なるべくサニーと一緒に登下校をする事を心掛け、1度目に何か気になった事が起これば、2度目にはそれを解決するという日々を繰り返していた。


 しかしあれ以来、レインの周りでは特に大きな事件もなく過ごしていたが、学校では同じ授業を2回ずつ受ける事になった為、副産物として“優秀”という冠を頂く事になり、嬉しい誤算もあったのだ。


 こうしてレインは昨年学校を卒業し、父親の勤める王都の騎士団へと入団し、今は家を出て騎士団寮に居を移している。

 勿論、入団は親のコネではなく、しっかりと皆と同じく入団試験を経ての事だ。


 レインの持つスキル“剣術”は、割と与えられる者も多く、その者達は、独学や師事につき教えを請うて剣技を磨く。

 その者達は、レインの様に王城の騎士団に入る者もいれば、冒険者や傭兵、又は貴族の家に仕える騎士などと、たかが剣術というスキルでも、それなりに自分のやりたい事を生業なりわいにできた。


 そしてこの剣術を極めれば、“剣豪”や“剣聖”などというスキルへと進化する事もあると聞くが、それらの人がどれ程の努力と経験を積んでいるのかは、ただの騎士には知る由もない。



 今日は朝から王城の騎士団演習場で、騎士団員達と打ち合いの訓練をしている。

 この訓練で使用する剣は、木刀などではなく真剣の刃を潰した重さのある本物の剣だ。

 切りつけても切れはしないが、皆それなりに注意を払いつつ打ち合っていた。

 因みに今日は2度目で、レインはこれから起こる出来事を、既に一度、目にしていた。


 今はもう昼近くなり、間もなく午前の部の訓練が終ろうとしている。

 そこへ、そろそろ上がれという副団長の声が聞こえた。

 それでもまだ打ち合っている者もいれば、一足早く昼飯にありつこうと、剣を下ろして脇で汗を拭っている者達もいる。


 レインは一足先に打ち合いを終えると、汗も拭わず訓練前に持って来ていた盾に手を伸ばす。

 今日の訓練で盾は使わないのだが、レインは皆に不思議がられつつも、手元に持って来ていたのだ。

 その盾を手に取ったレインに、“ギルノルト・ドレッグ”が声を掛ける。


「今日は使わないのに、持ってきたんだな」

「ああ。もしかしてと思ったんだが、結局使わなかったな」

 しれっと言ったレインは、左手で盾を持ってギルノルトの隣へと移動し、近くに置いてあった手拭いに右手を伸ばして苦笑する。

 そして汗を拭いながら、意識は盾を構える左へと集中させる。


「わぁー!!」


 その時まだ打ち合いをしていた新人の、手を滑らせた剣が飛んだ。

 その剣は、まっすぐにレイン達の方角へと迷いなく飛んでくる。

 レインはそれを感知すると、ギルノルトの前へと盾を出す。


 ―― ガキンッ! ――


 金属同士の当たる音と共に、レインの左手へ重たい衝撃が走る。


 ―― カラランッ ――


 音を立てて地に落ちた剣を見たギルノルトの顔から、血の気が引いた。

 それを視界にとらえつつ、レインは構えていた盾を下ろしてその剣を拾う。


 そこで、遠くから見ていた副団長の叱責が飛ぶ。

「おいっ何をしている! 手が滑るなら一度止めろといつも言っているだろう!!」

「すみません!!」


 剣を飛ばしてしまった新人が、慌ててギルノルトに駆け寄り深々と頭を下げる。

「申し訳ありませんでした!!」


 レインは拾った剣をその持ち主に返すと、ギルノルトへ謝罪している場を抜けて、盾を戻しに防具置き場へと移動した。



 レインは一度目では打ち合いを続けていて、あの場面を見た。

 大きな声が聞こえた為、打ち合っていた者と剣を止めてそこを見れば、腹に剣が刺さったギルノルトが倒れていたのだ。

 いくら先を潰してある剣とは言え、投げてしまえば人に刺さる。

 ギルノルトに刺さった剣を抜く事も出来ず、そのままの状態で医務室へと運ばれていった。

 何とか命は助かったとの事だが、重傷で血も流れた為に安静を言い渡され、入院したと聞いた。

 それを見ていたレインは2回目の今日、打ち合いを早々に切り上げ盾を持ち、ギルノルトの隣に立ったという訳である。



 盾を片付けていたレインの隣に、ギルノルトが並んだ。

「レイン、さっきは助かった。本当にありがとう、俺の命の恩人だ」

 レインの両肩にガシリと手を添え、抱き付かんばかりに力を込めている。


「いいや。ギルノルトが無事で良かったよ」

 レインはニッコリと、人好きする笑みを浮かべた。


「じゃあ、昼飯はたらふく食べてくれよ!俺のおごりだ!」

 ギルノルトが笑いながら言えば、レインは突っ込みで返す。

「いやいや、昼飯は王城の飯だし、そもそもタダだし!」

 2人は笑って冗談を言い合う仲間であり、親友なのだ。


 レインがギルノルトと知り合ったのは、昨年、騎士団に入ってからだ。

 レインの一つ年上であるギルノルトは、その年、辺境の街から騎士団の入団試験に合わせ、王都へやって来たという。

 その入団試験は数日に亘り行われる程、応募人数は多い。そして、その中から実力のある者だけを選りすぐり入団させ、騎士団の意識を高いものへと引き上げている。

 入団させる人数は決まっておらず、力不足と判断された年には合格者が一人もいない事もあるらしい。

 その為王都の騎士団員は、街の者達から羨望の眼差しが向けられている。


 レインが親元を出て騎士団寮へ入り、隣の部屋に来たギルノルトと食事や任務で顔を合わせる内に、入団から1年経った今では、互いに親友と呼べるほどに親しくなっていたのである。



「いやーそれにしても、マジでビビったわ…」

 昼休憩に引き上げながら、ギルノルトはレインと並んで歩きつつ、ポツリと零す。


「まぁ、あれが当たっていればギルノルトの腹に、グッサリと刺さっていただろうなぁ」

 レインはわざと、ニヤリと口角を上げてそう告げる。

「おいおいレイン…想像しちまっただろうが…」

 ブルルと体を震わせるギルノルトに、レインは目を細めた。



 これが1度目の時に確認できていた為、予測して動く事が出来たが、1度目で起こった事を知らぬまま2度目に何かあっても、それはレインにもどうする事も出来ない。

 だから1度目の日にはなるべくアンテナを広げ、2度目に少しでも手助けできる事がないかと、毎回注意している。


 1度目の日と2度目の日で、レインが手を貸す事で出来事が変わったとしても、それは1日の中での出来事であり、“歴史をかえる”という事にはならないはずだと、勝手な解釈をしている。

 わざわざ時間を巻き戻して、出来事を修正している訳ではないのだから。


 自分が知る範囲での事故や事件は、出来るだけ未然に防ぎたいと、レインはそう考える。

 もし川でおぼれている人がいれば、それは助けるのが当たり前であるし、何事もない事が一番幸せだと、そう思っているレインだった。


 今日はたまたま、身近で起こった事だったので上手くかわす事が出来たが、いつもそうとは限らないし、レインの見えない所で起きている事は手助けできないのだ。

 こうして日々自分の出来る範囲で、人は生きているのだから…。



 騎士団の食堂についたレインとギルノルトは、トレイを持って配膳の列に並ぶ。


 レインの記憶では、ギルノルトが負傷した事で騎士団は大変な騒ぎとなり、食堂で食べる者もいなかったはずだ。

 さて、今日のメニューは何であろうかと考えながら、自分達の番になる。


「レインさん、ギルノルトさん、今日は“ビッグボア”のステーキだよ。いっぱい食べてちょうだい」


 厨房の女性“サマンサ”は、真っ白なエプロンを掛け、テキパキとカウンターへ料理を乗せながら、2人へ声を掛ける。

 サマンサは、永年騎士団の食堂で働くシェフで、ふくよかな体に笑顔を浮かべ、いつも皆の健康に気を配ってくれる、騎士団の母親の様な存在だ。


「やったービッグボアだ!」

 と、隣でギルノルトがはしゃいでいる。


 ビッグボアは、猪に似た魔物であるが猪よりも柔らかく、食材として人気の魔物だ。

 レインも大きな肉が乗った皿を手に取ると、トレイに置いてサマンサへ声を掛ける。


「いつも旨い料理を、ありがとうございます」

 レインはまだ17歳の食べ盛りだ。

 サマンサがレインの言葉を受けて、更に笑みを広げる。


「レインさんも、ギルノルトさんも、体を作らなくちゃね。私が皆の体を預かっている様なものだから、沢山食べてもらう為に、これからも美味しい料理を作るわよ」

「よろしくお願いしますね、サマンサさん!」

 ギルノルトが元気よく返事をして、2人は配膳の列から外れ空いている席へと座った。


 この食堂は、王城に務める騎士団専用の食堂で、城内の他の食堂よりも量が多く味も濃い。

 ここを利用するその騎士団には第一と第二があって、第一騎士団は街から外へ出る事が多く、魔物の討伐を中心とした活動。第二騎士団は王都を中心とした警護を行い、街の人々の日々の暮らしを護っている。


 第一も第二も、黒一色の立て爪襟のついた制服であるが、胸部にある刺繡だけが違っており、第一は“黄金の鷲”で第二は“銀の狼”となっている。

 黄金の鷲は、“遠くまで駆け付ける”事を意味し、銀の狼は“素早く駆け付ける”という意味があると聞いた。


 レインとギルノルトは銀の狼の刺繍を胸に、早速ビッグボアの肉へとかぶり付き、大満足の昼食をとったのだった。

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影の立役者『レイン』 盛嵜 柊 @big-tiger

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