002.ユニークスキル
レインは今年15歳となり、昼間は学校に通い、夜は父親と剣の稽古を続けていた。
レインの剣の腕前はあれから随分と上達し、今では父親とまともな打ち合いをするまでとなっている。
そして12歳になった弟は鑑定の儀も終わり、“必中”というスキルを与えられていた事が判った。
その“必中”というスキルは珍しいスキルで、色々な場面で能力を発揮する事ができ、弓士等の戦闘系をはじめ、
サニーがそのスキルを授かった事を知った両親は喜び、皆で祝の食事へ出かけたのはつい先日だ。
弟の未来は輝いているようで、レインは少し羨ましくも感じていた。
しかし、サニーのその輝かしい未来は、突然閉ざされる事となる。
今日、街中で貴族の馬車が暴走し、弟のサニーがその事故に巻き込まれ、帰らぬ人となってしまったのだ。
その時サニーは、学校からの帰宅途中であり、いつもならばレインと一緒に帰っていたはずが、今日に限ってレインは友人に誘われ遊びに行ってしまった事で、サニーは一人その道を歩き、事故に巻き込まれてしまったのだった。
何故、自分は一緒にいなかったのかとレインは後悔し、そして絶望した。
もしレインが一緒であったとしても、サニーを護れなかったのかも知れないが、そんな事、今はどうでもよい事だ。自分が一緒にいなかったという事実に、レインは打ちのめされるのだった。
泣こうが叫ぼうが、サニーはもう戻ってはこない。
事故の連絡を受けた後、家族は沈痛の面持ちで誰一人として、口を開く事はできなかった。
その上、レインが共にいなかった事を両親は咎めず、逆にレインは自分のせいであると、自責の念に潰れそうになった。
今更なにを言っても時間は戻らず、明日は弟の葬儀となる。
“眠りなさい”と自室に入れられたレインは、涙をこらえ心からの言霊を吐く。
「次に目が覚めたら、また今日をやり直せれば良いのに…」
そしてベッドに横になると、唇をかみしめながら、赤くなった目をギュッと瞑ったのだった。
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翌朝はいつもの時間に目を覚ましたレインだったが、今日は学校へは行けない。
まだ気持ちの整理もついておらず、グズグズとベッドの中で瞼を閉じ、暗い考えに沈んでいたが、扉の開く音で意識は浮上する。
ガチャリ
トンットンットンッと、近付いてくる軽い足音に違和感を覚え、閉じていた瞼を開く。
そしてレインは目の前の光景に目を疑った。
「まだ寝てたの?早くしないと、学校に遅れるよ?」
そこに立っていたのは、昨日亡くなったはずの弟サニーであった。
ガバリと飛び起きたレインは、そばに立つ弟の両腕を掴む。
「サニー!!」
慌てた様に自分へしがみ付く兄に驚いたサニーは、目を瞬かせると呆れた様に言った。
「どうしたの急に…悪い夢でも見た?まるで幽霊でも見たような
困ったような笑みを浮かべているサニーに、レインは目頭が熱くなるのを感じる。
夢でも見ているのだろうか…これが現実であれば、もう間違いは起こさない。
そう心の中で固く誓ったレインは、目元を袖で拭うとサニーに促されるまま、学校へ行く支度をして両親のいる食堂へと行く。
そこはいつもの朝の情景で、両親が弟の死を知っている素振りもない事に、レインは戸惑う。
(サニーの事故を知っているのは、もしかして俺だけなのか? まさかあれは夢だったのでは…)
混乱する頭に不安は残るも、それを確認する術をもたないレインは、サニーと2人でそのまま学校へと登校した。
そして今日の授業はなぜか夢で習った内容と同じで、レインは戸惑いつつも、復習のつもりで今日の授業を受けたのだった。
(もしかして、昨日を繰り返している?)
そう思ったのは学校が終わった帰り際、サニーと2人で帰ろうとしていた所へ友人が来て、“これから近くの川に遊びに行こう”と誘われた時だった。
昨日はこのままレインだけが川へ行き、家でする事があるからと、一人で先に帰ったサニーが事故にあったのだ。
今度こそ、間違いは犯さないぞ…。
レインは友人の誘いを断り、弟のサニーと共に帰路につく。
帰りながら、2人は何気ない会話を楽しみつつ歩いている。
だがレインは、この先の事に気を取られていた。
学校から家までの間は商業区域となっており、あちこちの道に商店があり、そして今歩く通りをまっすぐに行けば、少し先で事故があった場所となる。
レインはもう、これは昨日を繰り返していると確信している。
では取る行動は決まっているなと、この先の出来事を知っているレインは、別の道へとサニーを誘う。
「どうしてそっちなの?」
不思議そうなサニーに、レインは言い訳を探す。
まさか、この道を歩いて行けば死んでしまうんだ、とも言えずに。
「こっちの道に、面白そうな道具屋があったんだ。だから、サニーを誘ってみようと思ってな」
確か、これから行く道には道具屋があったはずだなと、レインは適当な店を口実に別の道へとサニーを誘った。
レインの言葉に、特に不振がることも無く了承したサニーと共に、いつもの道とは違う方向へと歩き出したことで、ホッとするレイン。
サニーのスキル“必中”は、発動させなければ特に普段と変わりないので、レインの思惑を悟られる事もなかった。
「兄さん。そう言えば今朝から、兄さんの瞳の色が違う気がするんだけど、不具合はない?」
レインは焦げ茶の髪に茶色の瞳だ。
それは家族皆と一緒なのだが、今朝からレインの瞳は、茶色よりも薄い琥珀色になっているという。
「ん?普通に見えているし、特に変なものが視えている訳でもないぞ?」
そう言ったレインは、何も知らなかったのである。
レインの瞳の色が変わってしまったのは、彼の持つユニークスキル“ワンセット”が発動した証であると。
そしてそのユニークスキルは、一度発動させてしまうと自分の意思では止める事が出来ず、この日以降発動したままであるという、このユニークスキルの特性があるという事を…。
「そう。不調がないならそれで良いんだけどね」
サニーがそう言った時、地響きの様な音と共に、人々の悲鳴が聞こえてきた。
レインとサニーは顔を見合わせると、慌てて来た道を走り戻る。
そして先程別れた道の前で足を止めると、そこには大勢の人が集まり、倒れた馬車と目を剥いている馬が抑えられているのが見えた。
レインとサニーは、少しずつそれに近付いて見る。
馬車には御者と貴人が乗っていた様だが、2人とも怪我はしているものの意識はあり、他に倒れている者も見えない。レインはホッと胸を撫で下ろす。
レインがこの出来事で知っている事は、巻き込まれたのはサニー1人だけだったという事と、亡くなったのもサニー1人だけという事。
「怖いね…兄さんが別の道に誘ってくれなければ、僕達も巻き込まれていただろうね…」
サニーがブルリと体を震わせ、倒れた馬車を見ている。
「そうかもな…」
レインにはそれ以上の言葉を見付けられず、2人は踵を返し、また別の道から遠回りをして家に帰る事となった。
結局、道具屋の“面白そうな物”のつじつま合わせの言い訳を思い付いていなかったレインが、その店に寄らずに済んでホッとしたのは言うまでもない。
こうして今日の弟の事故を回避したレインは、この出来事は、己の持つユニークスキル“ワンセット”のお陰なのであろうと思い至り、一人喜び涙した。
しかしそれはこれから始まる毎日が、この日発動させてしまったユニークスキル“ワンセット”の効果によって、1日を2度繰り返す事になろうとは、まだ知らなかったからである。
その特性に気付いたレインの中の2日後は、まだこの日の翌日であり、同じ日を2度繰り返してから次の日になっているのだとその時初めて理解する。
人生が70年あるとすれば、レインは後55年を2回ずつ過ごさなくてはならず、レインの中でそれは110年となり、ある意味ハードモードな人生になろうとは、この時はまだ知る由もない。
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