くらやみへ

 きみはスレンダーマンに聞いたのだけれど、答えたのはドッペルゲンガーだった。


「きみが抜け出した時に、さ。きみの思考は、全て筒抜けなんだよ」そして、ささやかながら、最大限の気遣いとして、「スレンダーマンには、ちょいと付き添いを頼んだんだよ」

 きみは、それが気に入らず、挑発的な態度でドッペルゲンガーに臨んだ。

「それじゃあ、どういう理由で、私がこの秋空に飛び出したのかを教えてよ」

「いいだろう」

 ドッペルゲンガーは、きみと同じ顔で、きみよりも上手に笑った。

「きみの思考パターンなんていうのは簡単なもんさ。。前者は易い。後者も、まあ、易いが、やや経験則に依るか。おおかたホラー映画を観て、死人が生き返るかもしれない、なんて思ったんだろう? 死んだ友人の父親が、幽霊として蘇るかもしれないなんて、そんな理由できみは家を飛び出した」

「違うよ」

 きみは口を窄めていう。

「幽霊なんて非常識だ」

「そうでもない」

 きみのドッペルゲンガーは高らかに語る。

「ここにいるじゃないか! 二体もね。まあ、少し違うが。以前のきみにとって、常識外なのは確かだろう? 実際、きみは見つかったらマズイと思っていたから、スレンダーマンに見つかるとすぐに逃げ出したんだ。また小言を言われるぞ! ってな。勘弁してくれよ、スレンダーマンに見つかっちゃうよー! なんて非常識は!」

 きみは伊良皆家のことを思い出す。スレンダーマンを見かけた時、跳ねた心臓の鼓動を覚えている。

 スレンダーマンはだ。なぜか学校を気に入っており、きみにしか見えないことをいいことに、朝から晩まできみの通う高校に居着いている。ので、きみの将来を考えて、授業中の居眠りに小言を挟んでくるところが、きみにはどうにも苦手だった。

「ジグザグに曲がれば撒けるとでも思ったか? 私とお前の足の長さで!」

 閑静な深夜の住宅街に、スレンダーマンの甲高い笑い声が席巻したことを、きみ以外に知る由もない。彼らの及ぼす全ては、きみの他に感じ取れる者はいないのだから。

「まあ、元カレの家の近くここまで来たのは偶然だろうが、実際に寄った理由は郷愁だろう? フラれて落っことした恋心でも拾いに来たか!」

 きみは慌ててドッペルゲンガーの口を押さえようとしたけれど、ヒョイと軽々とかわされてしまう。恐る恐るスレンダーマンのほうを見ると、肩をわなわなと震わし、拳を硬く握りしめている。貌がなく、表情は読めないが、その声にはどことなく怒気が含まれているような気がした。


「私が殺しておこうか?」


「待って! ダメ、もう終わったの。心の整理はついたから」

「そうか、ならいいけど」

 スレンダーマンに変な気遣いをさせてはいけない。きみは伊良皆舞華まいかの父親が、スレンダーマンに殺された時にそう学んだ。

 。なんて、自分本位な理屈は、一度は炎の如く確かに立ち上がったきみの理屈だ。だからって、本当に殺したいと思ったことはない。彼女の父親の死は、きみの意図を汲んで気遣った、スレンダーマンによるものだ。

 伊良皆家は収入源の大部分を失い、引っ越しを余儀なくされた。昔気質かたぎの家父長制を抜け出すのに、果たして人の死が必要だったのだろうか。現在のあの家は、不可解な死を遂げた不幸な父親の霊が出る、という噂の立つホラースポットになっている。遺族側も原因究明のために、なるべく死亡当時のままにしている、らしい。


「にしても」と、ドッペルゲンガーはニヤつきながら、「ショック療法か。そりゃあ、ホラー映画なんてフィクションの怪異よりも、現実の怪異のほうが……いや、きみと俺たちではその図式は当てはまらないな。慣れすぎている。伊良皆舞華の父親の霊にでも期待したのか? 俺たちに会えるきみなら、幽霊にくらい会えるだろう、と」

 きみは力無く頷いた。

「会える、と思ってた。謝れるって、思ってた」

 実のところ、この理由は後付けだ。まず、眠りたいが第一にあって、もし会えたら謝ろうが、次に来る。だって、怪異が現実であるきみにとって、死をいとう理屈など無いに等しいのだから。


「殊勝なことだ」


 ドッペルゲンガーはそれだけを言って、歩き始めた。少し遅れて、彼女の後ろをスレンダーマンが行く。きみはさらにその後ろだ。

 怪異の背は大きい。まるで、五歳児が父の背を見ているかのように。きみはその背に誓う。二度と彼らに人を殺させない。彼らはきみにとって愛すべき友人で、大切な最後の身内で、身内に人殺しがいるというのは、なんとも癪に障る。

 きみは去り際に、水植りんに向けて、決して届かない別れを告げた。ドッペルゲンガーにも、スレンダーマンにも届かせない、秘めに秘めた心のうちを。


「まあ、死ななくてよかったね」


 言って、もはや三つの怪異とも呼べるきみたちは、街の暗闇に姿を消した。


 ×


 スレンダーマンはきみのために人を殺した。ならば、きみは人のためにきみを殺すべきだ。なんて、直接は言わないけどさ。としては、それはそれで願ったり叶ったりだ。まあ、今も今で楽しいがね。

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きみが死ぬまでは 広瀬 広美 @IGan-13141

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