第33話 プリティ腹巻

「これは……何と言うか」


「どうした?」


「いや、ソニンの抜け毛から獲得したスキルが回収した毛を糸に変換するものでね」


「それの何が問題なんだ?」


 兄さんは訳がわからないと首を捻った。

 実物を見せてみる。


 僕が今までブラッシングで手に入れてきた毛は纏まればすこぶる防刃性の高い糸になるのだ。


 これのどこに問題点がないと言い切れるのか。


 手に取った兄さんの目が細められる。


 たった一本の糸なのに、ナイフで切り付けても傷一つつかなかった。


「これはヤバいな」


「でしょ?」


「ちなみにこれどれくらい出せるんだ?」


「ブラッシングする度に毛が集まるからね。今ならこの塊が100個は出せるよ。出すと☆スコアが減ると言う悩ましい効果もあるけど」


「ああ、変換てそう言う……」


 そうなのだ。

 スキルはあくまでゴミとして取り込んだものを置き換えるだけ。


 変換したらしただけスコアが減ってしまう諸刃の剣となっていた。


 溜め込んだスコアで新しいゴミを選択するか、またはこのスキルで何かしら有効活用するかの選択肢を突きつけられる。


「これでシャツとか作ったらめちゃくちゃ売れるだろうにな、もったいない」


「シャツかー、僕は防具とかそう言うのに使われると思ってた」


「毛糸を編み込む防具なんか聞いた事ないぞ? こいつの真価は糸でありながら防刃性もあると言う意外性だ。何だったらこいつをちょっと珍しい糸として売り付けてもいいんじゃないか?」


「そんなにたくさんは取り出せないよ?」


「だから先に希少品だと言っておくんだ。滅多に手に入らないからこその希少品だろ?」


「なるほど。でも売るんじゃなくて個人的に扱うのは? ソニンは首輪で通したけど、プロフェンは首が二つあるじゃない?」


 頭ごとに性格が違うので一方が気に入ってももう一方が気に食わないと不機嫌になる時がある。


「じゃあ、それでいいんじゃね?」


「いいの? お金にしなくても」


 あっさりとお金儲けを諦めた兄さんを不審に思う。


 ちょっとした手伝いでもすぐにクエストを挟んでくるのに、やたらと諦めが早い。


「逆に表に出した方が問題になるだろ。だったら身内向けに使っちゃえよ。どっちみち自分の抜け毛だ。誰かに使われるより馴染むだろ」


「それもそうだね」


 兄さんに相談してよかった。

 僕は早速編み物をしてソニン達へのプレゼントを作り始める。


 そして夜、ロキに意識を明け渡す前にソニンやプロフェンにプレゼントした。



 ◇



『兄ちゃん、これは?』


『どうも魂の半身が俺達の抜け毛で作った新しい防具だそうだ』


『防具? あんまり重いものは』


『つけさせてやる』


 それは防具と言うより腹巻き。


 前足と後ろ足に干渉しないような作りで、防御の弱いお腹を守るためのものだと言う。


 通気性もよく、動き回っても蒸れない優れものだった。


 しかし今日まで肌の上に何かを着込んでこなかったソニンは最初は違和感に調子が湧かなかった。


 しかし野生のブラックベアからの噛みつき攻撃で致命傷を負ったと思ったその瞬間。


『あれ? 全然痛くない』


『早速防具が役に立ったな。牙を通さぬ腹巻きか。これは助かる』


『その上、どんなに乱暴に扱っても擦り切れ一つつかないよ!』


『我らの体毛だ、やわな環境で育っちゃいないからな!』


 行くぞ!

 とロキの掛け声にソニンとプロフェンが答える。


 腹巻きはびくともしなかったが、非常に大量の返り血を浴びたのもあって真っ白の毛糸は真っ赤に塗り上げられていた。



 ◇



「もう、また汚してー」


 すっかりお小言が増えてしまっていることを自覚する。


 でも気に入ってくれたと受け取ってもいいよね?


 ゴミ拾いで返り血を洗い流すと、今度は汚されないように新しいマークを縫い込んだ。


 ソニンとロキにはウサギの顔。


 プロフェンには子犬のマークをくっつけた。


 色も白じゃなくロキは黒、ソニンは赤、プロフェンを青くする。

 これで汚さなくなるぞーと考えていたのも束の間。


 ブラッシング中に色の差が気になるようでソニンとプロフェンがケンカするようになった。


 心の中ではロキも混ざりたがっている。

 意外と色は揉める原因になるっぽいので、全員ピンクとした。


 ど真ん中にウサギと子犬のマークをつける。

 三匹全員にだ。

 なので実際に僕もつけている。


 それでようやく納得したか、ケンカは治った。


 それとは別に冒険者からのお世話クエストの発注数を増やしてくれと言う要望が殺到したのは頭の痛い問題だ。


「仕方ねぇよ。こんなラブリーにされちゃあ、愛でないのは失礼ってもんさ」


「みんな、ソニン達のこと好きすぎるよね?」


「今じゃソニン達のお世話をしたくて冒険者始めるやつまでいるくらいだぞ?」


「大袈裟な」


「大袈裟じゃねぇんだよなぁ。あまりにも俺たちの当初の目的から乖離しまくってるから忘れてるが、普通はこんなに受け入れられないぞ? この街にお人よしが多すぎたんだ」


「ありがたいことだよね」


「本当にな」


 そう言えば兄さんのパーティは僕とソニンを匿うためだけに新規でパーティ組んでくれたんだよね。


 悪いことしちゃったな。


 でも、受け入れられてくれてよかった。


 その日冒険者ギルドではラブリーなソニンとプロフェンのお世話クエストの奪い合いになったのは言うまでもない。

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