第32話 毛皮産業

 ギルドでいつものようにソニンやプロフェンの毛繕いをしていると、ギルドではあまり見かけない小太りのおじさんたちが怒鳴り込んできた。


「ちょっと、話が違うじゃないですか! この数の確保ができると聞いてこの値で買うと言ったのですよ!? 数が足りないならこの契約は白紙だ!」


「他の冒険者のご迷惑となります。続きのお話は奥でいたしましょう。さぁ、こちらへ」


 受付のお姉さんに連れられて、怒り肩のおじさん達が談話室へと流れ込んでいく。


「あれは何です?」


「この街の商人ギルドの連中だ。解体工房絡みだとモンスター素材で一悶着あったな。放っておけ。首を突っ込んだところで気分が悪くなるだけだ」


 ウンザリしたようにオレノーさんが漏らした。


 ブラッシングする手が止またのが不服なのか、ソニンがオレノーさんに鼻をすりすり擦り付けた。


「おお、悪いな。つい意識が持ってかれちまった。ここが痒いのか? ほれほれ」


『くるしゅうない』


 すぐにブラッシングを開始するとソニンは心地よさげに目を細める。

 最初は嫌がってたのに、今じゃブラッシングの有無でその日の機嫌がだいぶ変わるようになってしまった。


 僕もプロフェンにミルクをあげた後、ブラッシングを始める。結構抜け毛が多いのだ。


 新しいゴミに選択して都度拾い続けている。

 おかげでスコアが盛り沢山だ。


 僕もソニンもプロフェンも嬉しい。

 その上でギルドの冒険者がこぞってお世話クエストを取り合うほどの人気である。


 暫くすると商人ギルドの皆さんはきた時と同様の怒り肩で出ていった。


 受付のお姉さんとギルドマスターさん、他にはザムさんみたいな筋骨隆々なおじさんも居た。

 きっとあの人がこの街の解体師さんなんだろう。


「お疲れ様です。プロフェン、お姉さんを癒してあげて」


「くぅん」


 受付のお姉さんにプロフェンを手渡すと、抱っこしながら頬擦りする。


「あー、癒されるわ~。ありがとうねルーク君」


 堪能したのか、先ほどまでのげっそりした顔はツヤツヤになっていた。


 ストレスの溜まるお仕事いつもご苦労様です!

 ギルドマスターまでブラッシングし出して本当にプロフェンが癒しの対象になってるよ。


 あれほど頭痛の種だって言ってたのに不思議だね!


「それで、あの方達は何であんなに怒ってたんです?」


「それはな、話せば長くなるんだが……」


 ギルドマスターの話をまとめると、どうにも夜中に暴れすぎる知り合いのうさぎのせいで、規定量の毛皮の納品ができない事で今回のケチの付け合いが始まった。


 つまりロキのせいだと言われてしまった。


「ごめんなさい。ロキにも強く言っておきます」


 言ったって聞いてくれるかはわからないけど。


「ああ、いや。そもそも前提からして無茶な要求だったんだ。懇意にしてる帝国貴族から名前を覚えてもらおうと必死になりすぎて納期を前倒ししてきたんだぞ? 間に合わなくて当然だ。坊やの相棒の責任ではないさ」


「数も納期も急だったんですか?」


「ああ、どうも隣の国で珍しい色合いの毛皮がオークションに出されたからと話題になって功を焦ったらしい」


 オークションという言葉を初めて聞いた。

 頭を捻る僕にオレノーさんが捕捉してくれる。


「オークションと言うのは朝市のようなもんだ」


「ああ、お野菜とかを朝早く売りに出してますよね」


「そうだ。その中でも特に希少品をお金持ちを集めて自分の財産をどれだけ出せるかで競い合う。最終的に一番高いお金を出した人のものになるんだ。貴族の興行の一つだな」


 そこで毛皮が出たと言う事らしい。

 大層珍しい色合いで、高値がついて話題となった。


「そう言えばソニンのような純白と聞く。奇しくも同じハンターラビットだ。坊やは心当たりないか?」


「いえ、残念ですが。もしかしたらロキやソニンの家族の可能性もありますね。僕が匿えたのはこの二匹のみです」


「そうか。それは酷なことを聞いた」


 話はこれでおしまいだ、とギルドマスターさんはマスタールームへと帰っていく。


 僕はたまらず声を上げてマスターさんを引き留めた。


「あの!」


「どうした?」


「もし、ソニンが商業ギルドに知られたら。連れて行かれちゃうんですか?」


 最悪の予感を口にした。

 しかしギルドマスターは僕の頭を乱暴に掴むと、ぐしゃぐしゃとかき混ぜた。


「そんな事させるかよ。貴重なのはハンターラビットの毛皮であって、珍しい子うさぎの毛皮じゃない。あいつらもそこら辺を弁えてる。価値が天と地ほど違うからな。だがもし、それでも因縁をつけてきたら、こっちにも考えがある。坊やは気にしないで世話して置くんだ。そこから先は大人の話し合いだからな」


「はい……」


「それにこの子達を取り上げると聞いた冒険者が黙っちゃいない。俺達は既に運命共同体だ」


「はい!」


 もしかしたらここから追い出されると思っていた。


 でも違った。みんな僕たちを守るために動いてくれた。

 優しい人たちでよかったね、ソニン。プロフェン。


 そしてロキ。


 君の毛皮が商人ギルドで話題となっている。

 その事で一悶着起きなきゃいいな。


 そう思いながら兄さんにロキのブラッシングを頼んだ。


 兄さんはソニンのお世話クエストを勝ち取れなかった鬱憤をロキで晴らすかのように念入りに行ってくれた。


 めちゃくちゃ抜け毛が出たし、何だったら生臭かったけど、入念にお世話してくれた。


 やっぱりするとされるでは大きく異なる。


 そしてこの抜け毛が火種になると困るので念入りに拾っておいた。

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