第31話 最強の切り札

「これは一体どう言うことなの? きちんと教えてくれるんでしょうね?」


 街の近くの山林に建てられた小屋の中。


 まだ少女とも取れる年頃のヒステリックな声が響いた。


 同時に白衣の男が身を縮こまらせて弁明する。

 例の薬師コンドーロ=イチンである。


「ち、ちち違うんです。イブ様、これには訳があって!」


「言い訳は聞きたくないわ。貴方は確かにこう言った。近いうちにバファリンは手に入る。それを私にプレゼントしてくれるって! 何でまだ手に入ってないのよ! 貴方には6年の期間と数億ゼニスの資金投資をしてたのよ! これじゃあそれを手土産に王家に嫁入りする計画がパーだわ! どう落とし前をつけてくれるつもり!?」


「実は不測の事態が起きたのです」


 コンドーロは重度の変態だが、同時に天才的な魔術師として王国で重宝されていた。


 子爵令嬢イブ=クイックはそれに目をつけて玉の輿を狙うべく、帝国オゴリダの補給路の一つを掌握しようと目論んだ。


 その手土産として隣国の補給路を掌握。


 嫁入り道具の一つとして提供するつもりだったのに、賭けてきた資金と嫁入りがたった今水泡と帰した。


 とても許せることではないと怒髪天である。


 そんなイブに、意を決したようにコンドーロが表情を引き締める。


「実はこの手は決戦の時まで封印しておきたかったのですが」


「だったらそう言うのをさっさと使いなさいよ! それで私を気持ち良くさせなさいよ!役目でしょ!」


 イブのヒステリックは止まらない。


「そういうと思いました。ですがそれを使えばバファリンは滅びます」


「ちょっと、無傷で街の実権を手に入れるって約束でしょ!? 壊したら意味ないじゃない! 帝国に宣戦布告してどうするのよ! もし戦争になって、その原因がクイック家だと王家に知られたら我が家は破滅よ!」


「だから切り札なのです。どうにも首が回らなかった時のための自決用の手段。イブ様にはご迷惑をおかけいたしません。コンドーロが勝手にやるだけの事です」


「そうよ! 私に迷惑はかけないでちょうだい」


 そこはもう少し庇って欲しかった。


 コンドーロはそんな事を思いながら封印の間へとイブを連れていく。


 幾重にも封印を施した祠。

 ここに切り札のツインヘッドベヒーモスが長い眠りを覚すのを待っている。


 結界が張られ、厳重に管理されていた筈の祠は……コンドロの前であまりにも頼りない姿を晒していた。


 封印は外側から強引な力で破られ、自然災害では起こり様のない不自然な大穴が祠に向かってまっすぐ伸びている。


 あちこちに破壊され尽くした扉や封印を施した魔術具が散乱していた。


「ねぇ、本当にここにあるの? その切り札って」


 居た堪れなくなってイブが尋ねる。

 あんなに自信満々に紹介しに来たのに、目的の切り札がいないのでは話にならないからだ。


 だが、コンドーロの脳裏に例のハンターラビットがチラついた。


 いや、所詮は脳まで筋肉で出来たウサギだ。

 魔術で施した結界や幻術を見抜く術など持つまい。


 ちょっとこの場所を離れてる隙に土砂崩れが起きたのだ。


 そうに違いないとさっきまで想定していた事態を脳内で切り替え、本体が無事ならば問題ないと封印の間へと足を運ぶとそこはもぬけの殻だった。


「何もないわよ? ねぇ、小さいとはいえ街を破壊し尽くすほどの脅威がどこにもいないんですけど?」


 見ればわかる。そこはかつて封印があった場所。


 圧倒的オーラを放つ怪物はもうどこにもいなかった。


「これは、きっと自然災害で封印が解けて……そうだ、そこらへんで用を足しているのではないかと思われます」


「じゃあ制御不能のモンスターが野に解き放たれてしまったって事?」


「そういうことになりますな」


 呆れたような視線がコンドーロに突き刺さる。


「これ、結果バファリンが滅びたらどうなるの?」


「自然災害として処理してくれたらいいですなぁ」


「問題しかないじゃないの! 貴方、太古の遺跡が王国の管轄内にしかないってわかってて言ってる? それが帝国に持ち込まれた時点で戦争でしょうが!」


 そう言えば、そうだ。


 太古の遺跡の番人。


 連れ出そうとしたって連れ出せるわけもない。

 コンドロのように一度封印した後解剖し、心臓を抜き出し、そこから復元でもしなければ巨体すぎて持ち込むことも不可能だった。


 それを今気づいたとばかりに手を叩いた。


「じゃあ私の切り札は無かったということで」


「そういうわけにはいかないでしょうが! 探すわよ! 探して回収するの! 戦争なんてふっかけたとバレたらクイック家はお終いよ!」


 それはコンドーロの研究資金提供者が一人減ることも意味している。

 中でもクイック家は第一位の資金提供者。


 抜けられたら研究もままならない。困るのはコンドーロも一緒だ。


 そこで森の中や街の中を我儘お嬢様イブと共に散策する。

 最後に立ち寄ったギルドでは異例のペットブームだ。


 何故か首が二つある子犬や、子ウサギが中心にいる。


 中でも子犬がコンドーロの目を引いた。


 あの赤いタテガミ、どこかで見たことあるな。

 コンドーロはそう思いながら餌やりしたいとせがむイブにせっつかされてウサギ用のニンジンを買い付けた。


「可愛いわねー、私も欲しくなっちゃう。ね、今度はこういう研究しなさいよ? もう玉の輿は諦めるわ。どうせ無理な夢だったのよ。そうなったら違う商売もしたいじゃない?」


 散々命を冒涜してきた研究者に、今度はペットの研究でもしたらどうだと提案を受けるコンドーロ。


 ちょうど実験を余儀なくされた今、逃げ出した破壊兵器の責任をうやむやにするべく身を隠す必要があった。

 そこで提案されたペットショップ。


 子犬をブラッシングしながら、癒されている自分を感じながらコンドーロは「それもいいですねぇ」と口にした。

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