第34話 自立への道

 バファリンの街での暮らしもすっかり慣れた頃、本格的に猛暑が襲いかかる。


 そんな時に僕ができることは多い。


 蒸し暑い室内から老廃物を除去。


 続いて疲労回復を付与した水の配布。

 ソニンやプロフェンを抱っこして貰ったりで癒しを提供した。


 しかしそれだけだ。


 この街にテイマーをしてる人がいないので比べようもないけど、普通は弱くても手を取り合って共に歩くのがテイマーと聞く。


 だから僕はもっと自分であらゆることをやってみたいと兄さんに申し出てみた。


「え、冒険に出たい? 無理に稼ぐ必要はないんだぞ。オレ達だって稼いでる。ルークが競う必要はないんだ」


 それに、ソニン達の世話をしたがってる冒険者を「どう言いくるめる?」と不安要素を並べていく。


 確かに僕がテイマーなのはソニン達の身分を隠すためだ。


 ここの街の大人はみんなよくしてくれる。

 けどずっと甘えてばかりもいられない。


「これは、僕のためでもあるんだよ、兄さん」


「お前が自分で考えたのか? 誰かに唆されたわけじゃないんだな?」


 しゃがみ込み、視線を合わせて質問をしてくる。


 僕は頷き、兄さんは苦笑した。


「随分と早い巣立ちだが、兄貴としてはまだまだ世話したくもある。本当に俺達がついてかなくて平気か?」


 兄さんの心配そうな声。


「大丈夫。なんだかんだロキと記憶は共有してるもん」


「それの何を信じればいいのかオレには判断できないが、まぁオレ達以外の冒険者と組むのも経験か。わかった。ギルド側にもそう伝えておくよ。くれぐれも無理だけはすんなよ?」


「ありがとう、兄さん!」


「なぁに、後でソニンのお世話権を優先してくれたらいい」


 なんだかんだですっかりお世話好きになってるよね。


 初めてロキやソニンと出会った時、ずっとおっかなびっくりしてた頃が懐かしい。


 兄さんからギルドへ、そしてギルドマスターから何度も釘を刺された。

 決して人前で元の姿に戻すなというものだった。


 つまりは僕のゴミ拾いの範囲で終わらせろとのお達しだ。


 だから冒険に出るまではゴミ拾いLVアップに注ぎ込む。


 LVが20になる頃にはすっかり猛暑も落ち着いていた。


 畑の麦もすっかり穂をつけて。

 風に揺られて麦の香りを運んでくる。


 僕の初めての冒険を手伝ってくれるのは、僕より少し上くらいの同年代の二人組だった。


「トラネよ。アーチャーをしてるわ」


「キサムだ。哨戒役として貢献できる。今日はよろしく頼む」


「ルークです。もうご存知かと思いますが、テイマーをしてます。この子がソニン。そしてこっちがプロフェン。普段はおとなしいけど、やる時はやる子です」


「しゅきぃ」


「え?」


 聞き間違いかな? 

 さっきまでキリッとしていたトラネさんの表情がプロフェンを見た瞬間に蕩けた気がした。


 あの表情はブラッシングした時のソニンに通づるところがあると。


「こほん、何でもないわ」


「悪いな、こいつは子犬、特に君のプロフェンにご執心なんだ。お世話クエストもずっと受注できずにここまで来ている。道中抱っこさせても構わないか?」


「ちょっと、キサム!」


「と、口が滑った」


「あはは、どうぞどうぞ。まさかそんな熾烈な争いをしてるだなんて思いませんでした。ほら、プロフェン」


「キャンキャン!」


 トラネさんに手渡そうとすると、プロフェンは僕の腕から抜け出して、伸縮の効果範囲ギリギリのところまで走っていくと、木の幹に向けて吠えていた。


「プロフェンちゃん、嫌われちゃった?」


「いや、吠えてる先を見ろ。何かあるぞ?」


 そこにあるのは何故か虹色に輝くキノコだった。


 見た感じ毒キノコに見えなくもない。


 しかしプロフェンのこの興奮具合はなにごとだろう?

 普段こんなふうに吠えたりしないのに。


「こら、ダメだろプロフェン」


「兄さん、これは?」


「これは……どうしてここに?」


 キサムさんが虹色キノコを見て表情を強張らせる。


 トラネさんが情報の強要をせかして腋を小突いた。


「先に情報」


「うむ、これは非常に珍しいキノコだ。レインボートリュフと言い、珍味として非常に高価な価値を持つ」


「臨時報酬かしら?」


「そうとも限らん。こいつにそっくりな毒キノコが非常に多く、功を焦った駆け出しが手をつけて痛い目に遭っている事例も多い」


 つまりこれが本物とは限らない。


 でも僕のゴミ拾いでは本物と出ている。

 そして養分抽出による魔力保有量は脅威の200だ。


 もしかしてプロフェンが興奮してる理由はこれかな?


 一緒に過ごしててわかったことがいくつかあるのは、モンスターは保有魔力の高いものを好んで食する。


 モンスター同士で競い合うのは強いモンスターほど保有魔力が高いからだそうだ。


 あの時ビッグボアがロキの肉を食べようとしていた理由もそこにあるんだって。


 で、その強いモンスタークラスの魔力保有量を持つのが目の前のキノコらしい。


「つまり毒かもしれないから手を出すな?」


「プロフェン、毒かもしれないからダメだって」


『これは本物! 美味しいよ!』


「プロフェン君はなんて?」


「本物だそうです。鼻が効くのか、味を想像して涎を垂らしてますね」


「兄さん、一応持って帰ろう」


「仕方ない。では周囲の土を刺激しないように起爆させます。下がってて」


「わかった。ルーク、少し我慢して」


「わっ」


 どうして? と言う間に僕はトラネさんによって羽交い締めにされ、後方に避難させられる。


 浮遊と引き寄せでソニンとプロフェンも一緒に持ってきた。

 あぶない、あぶない。

 離れすぎると伸縮の効果切れちゃうからね。


 ドッ、ドッ! とキサムさんの魔道具が火を吹いた。


 起爆というからもっと大きな爆発を想像していたよ。

 でも小規模もいいところだった。

 普段ロキを見てるから、それと比べる癖ができてるんだ。

 気をつけなきゃ。


「どうして急に爆破なんてしたんです?」


「それはこのキノコの生える地面が鋼のように固いからだ」


「でも今は掘れてますよね?」


「踏み固められた土というのは空気を入れたら柔らかくなる。爆発させることによって圧縮した土に空気を入れ、そして掘りやすくしたというわけだ」


「なるほど」


「それにこのトリュフは珍味であると同時に、モンスターを惹きつける。持ち帰りたくない主な理由はそこだな」


「なるほど……」


 周囲から複数の気配。


 雑木林の浅瀬もいいところなのに、浅瀬には居ないはずのモンスターの気配が複数した。


 トラネさんが弓を引き、キサムさんがナイフを引き抜いた。


「来るよ!」


 アンブッシュから飛び出してきたのはゴブリンだった。


 「何だ、ゴブリンか」と胸を撫で下ろすのは僕だけだった。

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