第26話 木材泥棒

 やはりロキもブラッシングするのが正解だった。


 兄さんは恐る恐るという感じだったが、満更でもなさそうに目を細めていたり、耳をパタパタさせて感情表現を示していた。


 僕も首の周りとか痒いところを示し、そこをザリザリしてもらうと気持ちがいい。


 なんていうかこれはダメだね。


 ロキになった時はブラッシングが気持ち良すぎてフニャッとなる。


 ソニンはいつもこんな感じだったのかと思えば、日中のお姫様気分もわからなくもない。


『ありがとう、兄さん』


「おう、なんつーか強さを得たってそういうのは自分でできない感じなのか?」


『ハンターラビットが自分で毛繕いしてる姿想像できる?』


「出来んなぁ、そもそも鋼の刃が通らないんだぞ? ブラッシングしようって考えが及ばないって」


 そこなんだよねぇ。


『いっそ専用ブラシも売る?』


「誰得だよ」


『ソニンは喜ぶよ?』


「お前ら基準のブラシ作ったら武器より高くつきそうだ」


 確かにね。

 正直魔力込めながらブラッシングしないとすぐボロボロになっちゃう。


 スキルレベルアップさせるほどこめる必要は無いんだけど、油断するとポッキリ折れちゃいそうなんだよね。


 変身を解く。

 ロキも満足してたし、短い時間の変身でも特に文句は言ってこない。


 もっと頻繁にしてほしいって感情が湧き上がり、ギルドへと一緒に向かう。


 雨季は過ぎ、今現在は花粉で悩む心配もない。


 僕が頑張ったのと、ギルド側が大雨の中色々動いてくれたお陰だ。


 オレノーさんのコネもあったかも知れないね。

 知らなかったこととは言え、失礼なことしてたらごめんなさいと言ったら「子供がそんなこと気にすんな」って笑っていた。


 実家の事はあまり話題にしてほしくないようだったので、僕たちからはあまり聞かないようにした。


 僕たちも正直懐かしんで話せる実家じゃないから気持ちもわかるのだ。


「マスター、状況は?」


「来たか、サーカス。ここではなんだ、奥で話そう」


 他の人に聞かれたら困る話だろうか?


 兄さんだけ居ればいいよね。

 僕はソニンと外で待ってようかと声がけする。


「僕は外れてようか?」


「いや、ルーク君、君が必要なんだ。一緒に来てくれないか?」


「え、僕ですか?」


「ルーク絡みか。確かに表じゃあんまり話せないな」


「察してくれて助かる。こっちだ」


 ギルドマスターさんに誘われて、談話室へと通された僕たち。


 既に待機していたオレノーさんに会釈し、促されるままにソファに腰掛ける。


 テーブルにはここら街の周辺が記載された地図。


 その幾つかに印が描かれ、数枚のコインが置かれている。


「隠語だ。ここでは詳しく話さないが、何かを意味してるんだな。盗み聞き対策だ」


「兄さん、詳しいね」


 僕たちの内緒話に、ギルドマスターさんの咳払いがかかる。


 会話をやめ、話に耳を傾けた。


 聞いた話をようやくすると、今回の件は人為的に引き起こされたものだという。


 まずはギスギの木。

 この材木の管理人が数年前から失踪している事。

 そしてタイミングよく帝国側から代理人がやってきている事が判明した。


「そういうのってギルドに連絡が行かないんですか?」


「ギルドは所詮冒険者のクエスト案内所なところあるからな。そういうのはこの街を管理してる領主の仕事だ」


「詳しいな」


「ちょっとね、知り合いにそういうのに詳しい奴がいたんだ」


 自分が貴族だとは明かさない。

 しかも長男だ。


「まぁ、概ねそういう事だ。だからと言って怪しいかと言えば仕事ぶりは熱心だ。問題はむしろこっちだな」


 ギルドマスターさんがコインを三つ重ねた物を街からほど近い山林へとずらす。


「そこは?」


「ギスギ材を伐採して天日干ししてる場所だ。ここで雨季に入るタイミングで盗難が起きている。しかもまだ枝葉を切り落としてないまんま木の状態で運ばれたものがだ」


 それの何が怪しいのかわからない。

 首を傾げていると、兄さんが言葉を続けてくれた。


「つまり花粉付きの木が丸々消えたって事だろ?」


「あ! つまりその盗品が街の水路に流れ着いた?」


「そうだ。そして以前君は花粉が樹液と混ざっていると言ったね?」


「はい」


「実はその事で明らかになったことがある」


 オレノーさんが二つのコップを取り出した。


 一つのコップには花粉が入ったもの、もう一つは樹液と花粉が混ぜて入ったものだった。


 それを勢いよく混ぜて、同時にその場に置く。

 すると……樹液と混ぜた花粉は水の上に浮いていた。


 花粉単品の方は水の底に沈んでいる。

 つまり樹液と混ざって水に乗せると人々が被害に遭いやすくなる?

 それを狙った犯行だとギルドマスターさんは言いたかったらしい。


「これを狙ってやった人たちがいる?」


「今回は君の機転で被害を免れたが、この件は実に六年前から続いている」


「俺が国を出て冒険者になった翌月からだな」


「つまりこの件は国がバックに居るってことかい?」


 兄さんの目が鋭くオレノーさんを射抜いた。


「わからんが、あまりにもタイミングが良すぎる。まるで外的要因で俺を処理するような動きがあったか。それともただの偶然か」


「弟を呼んだ理由は?」


「今回の一件が早期解決したことを知った連中は、情報を集めて解決した相手を襲撃する可能性がある。だから俺が責任を持って守る。そのための契約のサインをもらおうと思ってな」


「そういう事か」


 兄さんは呆れたように、嘆息する。

 僕が捕まったところでどうしようもないことをお披露目するように言った。


 つまりは変身だ。


「ハンターラビット! テイムモンスターとは別の個体か!」


『これは僕のスキルです。とある条件を満たすことによって、モンスターの魂が入る。これを得ると僕はその個体と意志を通わせることができる。つまりは変身です』


 ロキの姿から、通常時へと戻る。


 制限時間のことは言わない。

 兄さんにも他人に余計な情報は言うなと口止めされてるからね。


「それがテイマーとしての一面か。ゴミ拾いの能力の一環か?」


「はい。ゴミを拾う。その中にモンスターの死体が入っていた。その記憶の残滓を拾い上げ、僕は彼を手に入れた」


「本当に国が欲しがるスキルだ。だが護衛はそれとは別につけさせてくれ」


「構いませんけど、理由をお聞きしてもいいですか?」


「護衛をつけることで相手の鼻を明かしたい。危険な目にあってでも命を狙ってくるかどうかを確かめるものだ。護衛がついた程度で引くなら、相手の目的は別にある」


「???」


「要は国が俺の命を狙う云々じゃなく、もっと別の何かでこの街に不利益をもたらそうとしているってことだな」


 意味がわからない。


「生憎とうちの弟は察しが悪くてな。もっとはっきり喋ってくれ」


「花粉が街全体に広まった時、怪しげな薬が出回ったことがある」


「その薬の効能は?」


「粘膜の痒み成分を緩和させるというこれまたピンポイントなものだ」


「犯人は割れてるじゃねぇか! そいつらが金欲しさにやった。違うか?」


「最初は俺たちもそう思っていたんだが、詳しく話を聞いたら、誰かに頼まれて売りに来たって話だ。その薬はただのビタミン材で飲んでも対して効果はない。薬師の間で広まった噂で、出どころが掴めないと来ている」


「それがここに来てオレノーさんの件が浮上した?」


「そうだ」


「つまりどういう事?」


 兄さんは察しが悪い僕に向けて、こう答えた。


「相手を騙すための演技に協力してくれってこった。犯人は現場に舞い戻るってな?」


 わかったようなわからないような。

 僕に護衛がついた以外は特に変わらない日常が始まった。

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