友情

暑い夏だった。とにかく暑い夏だった。

「やってられない」が流行語なくらいの暑さだった。


「おい」とよく知らない男に声をかけられる。

「アイス買わないのかよ」と男に誘われる。

「アイス?」

「お前が買うって言ったんだろ」

「私が?」

「そうだよ。お前が買うって言ったから着いてきたんだろ」

「あー。そうだっけ」

「大丈夫か?暑さが強すぎるか?」と言いその男は笑った。いまだにこの男が誰か分からない。

私は今青い半袖のシャツに短パンだ。私はなんだここはどこだ。よく分からず私はこのアイスを買った。無意識にこのアイスを開けて食べれることはできた。


「冷たっ」

「そりゃそうだろ。アイスは冷たいからアイスだ。暑かったらホットだろ」と男は言い笑った。面白くはない。

「君は誰だい?」という私の問いに間が空いた。そりゃそうだこの男は私を知っていると思っているのだから。

「それは冗談か?」と男はまた笑った。だがこの状況が本気だと言うこと察した。

「竹ノ内だよ」と男は言った。だがその名前を聞いても私の中の細胞はうんともすんとも言わなかった。でも自然と「だよな」という言葉が出た。この男は『竹ノ内』ということが分かった。

不自然な距離感でこの男とアイスを食べていた。

「お前さ」

「何?」

「仕事どうなの」

「どうなんだろう」

「なんだよそれ。大変だと言ってただろ」

「じゃあ大変なんだな」

「まぁ仕事なんて大変なもんか。俺もやっていける気がしないよ」と竹ノ内が嘆く。

「まぁ無理はするな」と自然と言葉が出た。この状況も自分が何か竹ノ内がどういう存在か分からないがその言葉が出た。自分の中心に感情があるのがわかる。この感情の名前は分からないがこの感情が強く自分に働きかけているのが分かる。

「まぁ行くわ。ありがと。お互い頑張ろうぜ」と変な間を少し空けて竹ノ内がその言葉とアイスの棒をゴミ箱に捨てて去ろうとしていた。

これを反射と言わずしてなんと言うか私はその竹ノ内の手を強く掴んでいた。

「なんだよ」と竹ノ内が言う。

「お前はもう十分やっている。もういいだろう」

「な、なんの話だよ」

「休め」

「は?な、なんだよ」と言っている竹ノ内の目から涙一粒落ちていた。

「あ、あれ?目から水漏れしてるな。増し締めしてくれよ」とまた竹ノ内は茶化した。

「お前は頑張っている。今日この場に来て俺と言葉を交わしてくれただけで俺はすごく感謝しているありがとう」とまた反射的に言葉が出た。私ではない何かがこの竹ノ内という人物に声をかけているようだった。


夜。高架下。電車が通る。少し肌寒い気がする。私はコートを着ていた。竹ノ内はもういない。ここはどこだろう。

「お疲れ」と声がしたので振り返ると竹ノ内がいた。

「お前が仕事終わりに誘うなんて珍しいな」と竹ノ内。状況整理ができない。

「アイスは?」

「このクソ寒いのにアイス食べたいのか」

「いや、さっきのアイスは?」

「さっきのってなんだよ」

「夏は?」

「今は冬だよ」

「ほー」

「ほーってなんだよ」

「フクロウ」

「フクロウってなんだよ」と竹ノ内は笑った。


場所は居酒屋に移る。テーブルにはビールとおつまみが並ぶ。

「これは?」

「ビールだろ。あとつまみもある」

「いつから?」

「1時間くらい経つぞ。お前大丈夫かよ。飲みすぎか?」

自分が感知できないスピードで物事が進む。いつここに来たのかも分からない。

「これはなんだ」と竹ノ内がおつまみを見せる。

「枝豆」

「枝豆と言えるならまだしっかりしてるわ」

「良かった。枝豆に救われたよ」

「じゃあ命の恩人だな」と竹ノ内がその枝豆を食べようする。それをとっさに奪い取る。

「命の恩人ですぞ。やめてくだされ」

「たしかにな」と竹ノ内は笑った。

竹ノ内はよく笑うやつだった。いつだろう竹ノ内と連絡がとれなくなったのはいつだろう竹ノ内は大丈夫だと思うようになったのは。


携帯の画面に竹ノ内という表示が映っている。今、まさに電話をかけようとしてるの

かかけ終わったのかは分からない。私は駅の構内にいた。今がどこで今何をしていたのかも分からない。携帯の画面を見つめていた。


「俺さ、海外に旅行したいんだよね」と丸坊主の学生が私に声をかける。丸坊主の少年の頭上にわかりやすく『竹ノ内』という文字が出た。私はその文字を触ろうとした。

「なんだよ」と少年の竹ノ内が嫌がる。

「髪の毛生えてきたのかなぁって」

「なわけないだろ。俺真面目な話してんだぞ」

「だろうな。珍しく真面目だったわ。」

「珍しくは余計だ」

「すいませんした!」と直角に頭を下げる私。これは自動で身体が動いている。それを見て竹ノ内は笑う。


電車が通る音がした。目の前に電車が入ってきた。私の後ろにはこの車両に乗ろうとしていた人がたくさんいる。私はよく分からないのでその列から抜けた。たくさんの人達がその車両に乗り込んでいく『限界』という表現を超える積載量だ。日本は凄い。その限界電車はホームから離れていく。時間を見ても携帯を見ても今の状況が分からない。

ふと、反対のホームを見ると白い花が見えた。その花の場所には竹ノ内がいた。竹ノ内はなんだが項垂れていた。竹ノ内のホームに電車がやってくる。竹ノ内はそれを目で確認して、そして一歩前に進もうとしていた。それを見た私は一歩踏み込んだ。踏み込んだ私の足の下に白い花が咲き、もう一歩踏み込んだ先にも花が咲きその花を足場にして私は竹ノ内の元に向かった。間に合うはずのないこの事柄は不思議な花の力で竹ノ内のところに辿り着き竹ノ内が電車に接触するのを避けた。


「何やってんだ」と竹ノ内に声をかける。

竹ノ内は私を見ると目に涙を浮かべた。

「お前が何やってんだよ。お前はバカだよ」と私に言った。

「私が何をした」と言うと竹ノ内は涙を拭いて笑った。

「だよな。そんなもんだよな。これが最期かもな。しっかり見てろよ。俺は海外に旅行に行くからな。心配かけたなごめん。それにしてもお前はバカだ。バカだよ」と言って笑っていたが目は悲しみを含んでいた。


白黒の世界。棺桶から出ると白い花はパラパラを散っていった。理解ができていなかった。ここはどこで私が何なのか。何も理解できていなかった。


落ちていた白い花の花びらは赤く変わり棺桶の中にある花も赤く染まっていた。私は導かれるようにそこに入っていた。


赤い花『カーネーション』花言葉は『無垢で深い愛』

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