第1話 クラスメイトに誘われて……

 昭和59年11月某日、前日に簿記検定の三級に合格した私は、翌日から簿記の授業内容がガラリと変わったことに愕然としていました。


──マジかよ。三級の時と全然違うじゃねえか。こんなんじゃ、二級合格は無理かもな。


 そんなことを思っていると、クラスメイトの小島こじまが「なあ丸子、お前たしか帰宅部だったよな?」と、話し掛けてきました。


「そうだけど、それがどうかしたか?」


「よかったら、一緒に簿記部に入らないか?」


「はあ? お前いきなり何言い出すんだよ。ていうか、そもそもこの学校、簿記部なんてあったのか?」


「ああ。部員は二年生が五人で、一年生は一人しかいないみたいだけどな」


「ふーん。でも、なんで入部しようなんて思ったんだよ」


「お前も気付いてるだろうけど、授業が二級用に変わって、いきなり難しくなっただろ? このまま、ただ授業を受けてるだけだと、とても合格できないと思ってさ」


「俺もそう思うけど、簿記部に入っても合格できる保証はないだろ?」


「いや。それがそうでもないんだ。聞くところによると、その一年生部員は、昨日二級に合格したらしいんだ」


「マジで! ちなみに、そいつはいつ入部したんだ?」


「そこまでは分からない。ただ一つ分かってるのは、そいつが女子だってことだ。ちなみに、二年生部員も全員女子みたいだぞ」


「へえー。まあ、元々この学校は生徒の八割が女子だから、別に不思議じゃないよな」


「で、どうだ。簿記部に入る気になったか?」


「仕方ねえなあ。男子一人じゃ居心地が悪いだろうから、一緒に入ってやるよ」


 こうして私は簿記部に入ることになったのです。




「おい、お前が言えよ」


「はあ? 言い出しっぺのお前が言うのが筋ってもんだろ」


 顧問の堂本先生に入部希望を伝えるべく職員室を訪れた私たちは、強面こわもての彼を前にして、どっちが言い出すかで揉めていました。

 すると「お前ら、もしかして入部希望か?」と、先生の方から声を掛けてくれたため、私たちは「「はい! そうです!」」と、至近距離にも拘らず、大きな声を上げてしまいました。


「はははっ! お前ら、元気がいいな。ウチは女子部員ばかりだから、お前らが入れば部内が活性化されるよ」


「俺たち、二級の授業についていけそうになくて入部しようと思ったんですけど、それでも大丈夫ですか?」と、私は気になっていることを訊いてみました。


「ああ。動機なんて、なんでも構わんよ。それにウチに入れば二級はもとより、一級合格も夢じゃないからな」


「本当ですか! たしか一級に合格すると、税理士試験を受けられるんですよね?」


 小島は興味津々に訊いていましたが、私はそんなことなどまったく知りませんでした。


「ああ。でも、一級に合格しようと思ったら、並大抵の努力ではとても無理だぞ」


「俺は二級に合格できればいいので、一級のことはまったく考えていません」


 先生の言葉を聞いて、とても一級に合格するのは無理だと思った私は、先手を打つ意味でそう言いました。


「そうか。まあ、先のことは、おいおい考えていけばいい。あと、大会のことは知ってるか?」


「「大会?」」


「その様子だと、どうやら知らないみたいだな。三年前に始まったんだが、スポーツと同じように、簿記にも全国大会があってな。毎年七月に地方予選があって、そこで一番得点の高かった高校が、県の代表として全国大会に行けるんだ。ちなみに、ウチはまだ行ったことはないんだけどな」


「先生はそこを目指してるんですか?」


「まあな」


「でも、それこそ、血の滲むような努力が必要なんじゃないですか?」


「いや。これに関しては、そこまでやる必要はない。問題はすべて二級で習うレベルだからな」


「じゃあ、これから勉強すれば、来年の夏には俺たちも地方予選に出られるレベルまでいけますか?」


「もちろん。お前らは戦力として考えてるから、頑張ってくれよ」


「「はい!」」


 戦力という言葉を聞いて、私たちは舞い上がっていましたが、この後すぐに自分たちのレベルの低さを思い知らされることになります。

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