第25話 水面下で蠢く計画①
──まずい事態になるかもしれない。
薄氷に引きずり込もうとする彗星の言葉に、俺たち4人はダイニングテーブルに集合した。正確には俺と彗星と
すいねる母は、何が始まるのかと驚きながら仕事に出かけていった。
「まずい事態って?」
まずは音月が口を開く。
「わたしにも関係することなの?」
次に春奈が疑問を呈する。
そして、俺が見立てをする。
「というより、小暮那菜関係のことじゃないの?」
彗星は苦々しくも口角をつり上げた。
「よくわかったね。って、なんとなく予想はできるか」
まあ、彗星が俺だけでなくわざわざ春奈も引き止めるくらいだから、彼女に関係する、もしくは彼女自身のことなのだろうと思った次第だ。大した予測ではない。
「大前提として」彗星は前置きする。
「すいねるにマーブルプロダクションからスカウトの話が来てるんだ」
「えっ」
すかさず驚きを見せたのは春奈だった。
俺の頭上にははてなが踊る。
「なんて? マーブルプロダクション?」
「芸能事務所だよ。小暮さんが所属してる事務所」
ああ。だから、春奈は真っ先に反応を見せたのか。
双子インフルエンサーは、もともとは母親の趣味から始まったらしい。長く精力的に続けたことで現在の人気を獲得。
母親がアカウントを管理し営業をかけることで、芸能事務所に所属しなくても仕事が舞い込んでくるほどの地位を確立した。
将来有望な双子インフルエンサーを芸能事務所が放っておくわけないか。
しかも、その、うちの事務所に入らないかと手を挙げたのが春奈の所属する事務所だなんて。所属が決まれば、同じ会社の人間になる。春奈が驚くのも無理はない。
「まだ決めてないんだけどね。なにせ今の状態だとフリーのほうが活動しやすいから。いまは目下検討中の状況で。そんな中で、とある話を耳にしたんだ」
本題はここからだろう。背もたれに預けていた背筋を張った。彗星の目も一段と真剣味が増す。
「事務所と音楽プロデューサーがタッグを組んで、小暮那菜を大々的に復帰させようと計画してるらしい」
ひゅっと胃が縮まるような感じがした。
小暮那菜がいかにすごい存在なのかは昨日十分に感じ取ったはずなのに。復帰の3文字を聞いて、急に彼女はまだ芸能人なのだと実感させられた。
活動休止中とはいえ、大きな組織の中で生きる芸能人なんだな。
「わたし、そんな話聞いてない……」
「まだ水面下で動いている状況らしいから、もっと話が本格的になったら連絡がいくんじゃないかな」
昨日今日で聞いた話ではないだろう。すると彗星が八百長を持ちかけてきたときに言っていた、小暮那菜に持ってきた耳寄りな悲報とはこのことだったわけだ。
たしかに悲報だ。小暮那菜もとい日高春奈は現在、芸能活動を休止している。
入学して1週間の期間にやった海外のモデル業が最後の仕事だったらしい。それ以降は、今後も含めて仕事は入っていないと春奈から聞いた。いや、入れてもらわないようにしていると言っていたかな。
ともかく、彼女が活動休止を望むかぎりは復帰しないものだと思っていた。
だが……そうか。春奈が無期限の活動休止を望んでも、事務所も同意見とは限らないのか。
「──と、別にそこは問題じゃない。あ、いや、小暮さんにとっては大問題だろうけど、僕たちにはあまり関係がないことなんだ。だけど、無視できる状況でもなくなった」
彗星はテーブルの上に自分のスマートフォンを置いて、中央に差し出した。
画面は動画を映している。無音だが流れているのは、俺たちとの勝負ですいねるが作った小暮那菜のPR動画だ。
PR動画は勝負決着後にSNSから削除した。小暮那菜の動画だけでなく、俺たちが作ったすいねるのPR動画も消した。すると今画面に映っているのは、端末に保存したオリジナルのものだろうか。
「これがどうしたの?」
顔を上げて訊いた。
「この動画が──正しくは、
しくじった、というような顔だった。
俺たちの勝負は、多数の生徒が見ている前で確約が交わされた。音月が勝負を挑んできて、彗星が勝負内容をその場で決めて、俺VSすいねるの構図がその日のうちに広まった。
大方、俺たちの会話を聞いていた、もしくは噂で耳にした学校の誰かが勝負のことを拡散したのだろう。
「そこで話を戻すんだけど、小暮那菜復帰の話が出てるって言ったでしょ? その復帰にすいねるを加えて、セットで売り出そうという計画が上がってるらしいんだ」
「え……?」
春奈が小さく驚きを洩らす。
「同じ学校で、しかも密かに勝負をしていた。事務所がおもしろがるのは想像に難くないよね」
自分の目も縦に開かれていくのがわかる。
「小暮那菜の復帰計画が水面下で止まっているのは、スカウトの話を僕たちが待たせているからでもある。もし受けると、一気に話が進むんじゃないか──って今朝、母から聞いた」
昨日の夜、10時までに帰ると言ったすいねる母が実際に帰ってきたのは、深夜0時を超えていた。昨日マーブルプロダクションの人間と話して、そこで初めて知ったのかもしれない。
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