第26話 水面下で蠢く計画②

 危惧すべきこと、だったのだろうか。

 俺の考えが甘かったのだろうか。


 いや、そもそもすいねるが小暮那菜の事務所にスカウトされていると知らなかったのだから、事務所の動きを推察するのは困難だったはずだ。


 すると今取るべき行動は、後悔より対応だ。今後どうするか、それを考えないといけない。


「口ぶりから察するに、彗星たちはセット売りは嫌だってことだよね?」

「僕は別にどうでもいいんだけど、音月ねるながね」


 彗星が音月を見た。音月は腕を組んで、難しそうな顔をしている。


「あたりまえじゃない。あたしたちを小暮那菜のフンにする気満々でむかつくのよ。絶対にすいねるはすいねるとしてやる。……ただ、あたしはマーブルに入ってもいいと思ってる」


「要するに、僕たちはマーブルプロダクションに入る可能性が高い。けれど、入ると小暮さんとセット売りされてしまう。小暮さんも活動休止を解かれてしまう可能性がある──ってところかな」


 軽い調子で言うが、彗星の目はさっきから真剣だ。双子インフルエンサーの顔をしている。


 まずい事態だと、俺もようやく飲み込めた。

 すると気になることが1つ。


「その、活動休止って、事務所の意向で勝手に解かれるものなの?」


 訊くと、彗星は「んー」と悩ましげに唸った。


「最近は体調が優れないタレントを休ませる事務所も多いけど、マーブルは売り方がえぐいからね。たぶん──」

「解かれると思う」


 春奈が彗星の言葉尻を継いだ。


「活動休止はわたしのわがままなの。しばらく休みたいって言って、渋々了承を得た感じで。だから、休むのはいいけど、契約期間中は事務所のタレントであることを忘れないように、って言われていて……」


 語尾を濁す。


 言いたいことはわかった。事務所に活動休止を認めてもらってはいるが、いざ復帰を促されたら逆らえない──と言いたいのだろう。


「現状だけでも2人に伝えておこうと思って話したんだけど、どうしようか? もし対策をとるなら、大人たちが動く前にこっちが先に動いたほうがいいだろうし」


 彗星は頭がいい。長くインフルエンサーをしているだけあって問題が起きたときに動くのが早いし、味方についてくれると頼もしさすら感じる。


「ところで、小暮那菜は芸能界を続ける気あるの?」


 ずっと難しい顔をしていた音月が口を開いた。


「無期限の活動休止を発表して、結局そのまま芸能界をやめる人とかもいるじゃん。学業を優先して大学卒業した後に戻るとかもあるけど、小暮那菜はどうするつもりなの?」


「わたしは……」


 春奈は口を噤んで俯いた。


 悩んでいるのか言葉を探しているのかわからない。助け船を出したほうがいいのだろうか──と、こっちが悩んでしまうくらいの沈黙を置いた。


 やはり話を逸らしたほうがいいのかもしれない。そう思い立って口を開きかけたとき、ようやく言葉を紡いだ。


「今はまだやめる気はない」


 紡いだ後に顔を上げる。その目は意志を宿しているようだった。


「やり残したことがあるから、このままやめたりはしない」


 ……やり残したこと?


「けど、今すぐにとは考えてないし売れたいわけでもない。今後の活動は、SNSとかで自由に動ければそれでいいかなって思ってる」


 そんなことを考えていたのか。てっきり俺は、このまま芸能界をやめるつもりなのだと思っていた。


 目立たない生活を送りたいなら小暮那菜に戻る必要はない。だから、小暮那菜として今後どうするつもりなのか訊かなかったし、気にも留めていなかった。


 よく考えたら、小暮那菜に戻るつもりがないなら端からやめているはずだ。入学後1週間の高校生活を犠牲にしてまで仕事のために渡米しているくらいだから、あえて活動休止の形を取るのはそれなりの理由がある。


 考えたらわかったことを考えなかったのは、反省の必要があるな。


「──とすると、先手を打ってそれを説明できる場があるといいかもね」


 俺が春奈の私意に一驚を喫し、汝自らを知っている間にも話は進んでいた。春奈の意思をもとに彗星が考え、彗星の意見に春奈が付加し答える。対話を通して先手を打つ方法を抽出しようとしているらしい。


 そうした会話の中で、ふと、音月が呟いた。


「だったら、ねるたちのチャンネルに出れば?」


  彗星と春奈の会話が止まった。


「ゲスト出演みたいな形を取ってさあ。小暮那菜は世間に説明できるし、ねるたちは登録者数アップのチャンス。一石二鳥じゃん」


 特に深く考えての発言ではないようだ。言い方からして軽い。が、でたらめな意見とも言えなかった。


「なるほど。その考えはなかったなあ」


 彗星が感心を示し、


「わたしが出ても大丈夫なの?」


 春奈が乗り気を見せ、


「むしろ、こっちからお願いしたいくらいだし」


 音月が涼しい顔をする。

 やってみる価値はあるかもしれない。


「ちょっと考えてみるか」


 みなが活路を見いだしたような顔をしているので、俺はそう舵を取った。



 そうして俺たちは、そっちが水面下で話を進めるならこっちだって黙っちゃいない、と言わんばかりに、4人で「小暮那菜のすいねるチャンネル出演計画」を推し進めることになった。


 最終的には大人の許可を取らないといけないが、それまでは4人でやってやる。



「八重桜も出る?」

「出ない」


 このメンツで俺がいたら、出たがりの一般人放送事故にしか見えないだろ。俺は出演者でなく、裏方としてお手伝いだ。


 今回限りですいねるチャンネルの映像編集を引き受けることにした。

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