真っ白な本に思い出を刻んで
堅乃雪乃
女の子とクラスのみんな
とある小学校の三年生のクラスに一人の女の子が転校してきました。
その女の子はとても顔が小さくて、いつもお姫様みたいな服を着て、おしゃれな髪形を施した「可愛い」が大好きな女の子でした。
でもなぜか、彼女はいつも真っ白なページしかない本を大切に持ち歩いている、不思議さんでもありました。
転校してからしばらくしてクラスのやんちゃな男子が聞きました。
「お前、なんでいっつもなんも書いてない本持ってるんだよ!」
「そーだそーだ!」
周りの男子もその質問に呼応します。
実は彼らは彼女のことがすっと気になっていているのです。「嫌い」からではなく、そのまったく逆の感情から来る行動でした。
女の子は可憐なまでに丁寧に答えました。
「これは私の思い出が残された本なんですよ」
「なんもねーじゃん!」
「ありますよ。私の頭の中に」
女の子は優しく微笑みました。ここでも彼女は「頭の中に」と言いながら、手は自分の胸に当てています。こんな言動が余計に彼女を特別たらしめています。
「ページをめくって思い出を思い浮かべているんです。ほら、このページには運動会のこと、このページはフィールドワークのこと、このページは……ふふっ、田中くんが給食のカレーをこぼしてしまった時のことです」
田中くんとは今まさに目の前で質問をしてきた男子のことです。いきなり自分の名前が気になる子から出てきた田中くんは顔をリンゴみたく真っ赤にします。
「な、なんで覚えてるんだよっ⁉ やめろ!」
「なんで恥ずかしながるんですか? 私にとって、どんな些細なことでもこのクラスの皆さんとの大切な思い出ですよ。他にもたくさんあります」
それからというもの、その女の子は多くの生徒に囲まれることになりました。
みんな、彼女の語る思い出話を聞きたいのです。
その話の中には、この学校に来る前の様々な話もあって……それがこの学校のみんなには聞いたこともないような内容で、みんな彼女の話の虜になっていました。
女の子は目が見えませんでした。
女の子が可愛い服を着るのは、すぐに誰かに見つけてもらえるため。目が見えない彼女が何処かへ行ってしまわないように、周りの人に気が付いてもらうためでした。
ですから、いつもみんなの助けが必要でした。登下校は勿論、授業中や移動、ご飯の時間もクラスのみんなが彼女を支えていました。
しかも彼女はもうあと半年でまた何処か遠くの学校に転校することが決まっていました。
ようやく目を治す手術が出来る病院が見つかったようです。
それもあって最初はなかなかみんなに受け入れてもらえなかった彼女ですが、今ではみんなが彼女の見方であり、大切な友達です。
それからまた少し経って、女の子がいない時に、改めて担任の女の先生から言われます。
夏休み入る前でした。
「○○ちゃんは、目の手術のためにあと半年でさよならします。皆さん、素敵な思い出を作ってくださいね」
どうにかして女の子を元気に送り出したい。応援したい。無事に、手術が成功して、幸せに過ごして欲しい。
そうして考えに考えを重ねた結果、クラスのみんなはある事をしようと思い立ちました。
それはみんなであの真っ白な本を埋めようというものでした。
みんなが話した話を、そしてこれからの思い出も、全部あの本に絵にして描くのです。
そうすれば無事に手術が成功して目が見えるようになった時に、記憶だけじゃなくて、触れられる思い出としてずっと残ると考えたのでした。
それからというもの、女の子には内緒でその本には絵がどんどん描かれるようになっていきました。
どんどん絵が増えて、空白のページが無くなっていきました。その結果、転校してしまう頃にはすっかりとすべてのページが埋まりました。
そして悲しくも、遂に女の子が転校する日になりました。
「みんなと過ごした時間は短かったですが、とても楽しい毎日でした。友達になってくれてありがとうございます。みんなとの思い出はちゃんと頭の中に残っています。絶対に忘れません」
女の子は暖かい言葉と共にみんなから送られて、その数日後には手術を行いました。
手術後、女の子は目を覚ましました。
成功したのです。
初めて自分が生きている世界を見ます。
初めて自分の顔を見ます。
初めて自分の親の顔を見ます。
初めて自分の着ていた服を見ます。
女の子にとってはすべてが初めてでした。
その何とも言えない感情が、彼女の心を揺らして、思わず涙を浮かべます。
そしてふと思い出してあの本を取り出しました。
女の子はびっくりしました。
真っ白な本のはずなのに目の前に現れたのは、決して綺麗とは言えないけれど、思いやりのあるたくさんの優しくて柔らかい絵でした。
その瞬間、女の子はクラスのみんながこれをしてくれたんだと気が付きます。
あの声の子はこんな顔をしていたんだ。
あの時のみんなはこんな様子だったんだ。
頭の中にだけ存在していた数々の思い出が、今目の前にありありと映像として再現されていきます。
「今度は目が見えたこの元気な姿で、みんなと会いたいものです」
今日も変わらず女の子はまた新しい学校で、いつもの本を持ち歩いて、可愛らしい服を着て生活しています。
いつか、何処かで。
みんなに会った時に、自分を見つけてもらうために。
そして。
みんなが笑う姿をこの目でみるために。
真っ白な本に思い出を刻んで 堅乃雪乃 @ken-yuki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます