第10話 スタートライン 3
この村に来てよかった……心からそう思える。
ビイム村に来て5年……カリノ家の人達は受け入れた俺を家族同然に扱ってくれた。
おじさん……カリノさんは村の開拓事業の要として精力的に働き、家では若干セシルさんの尻に敷かれてはいたが、良き父良き夫としてしっかりと一家の大黒柱を務めている。
セシルさんはふんわりとした陽だまりのような笑顔で家中を照らしてくれて、でも怒るとカリノさんよりも怖い……というか村の誰よりも怖い。けど村一番の美人と評判の、カリノさん自慢の奥さんでアーニャ自慢の母親だ。
そして、最初は怖がられたけど慣れてからはお兄ちゃんと呼んで懐いてくれて、将来は俺と結婚すると宣う俺の2人目の妹アーニャ。ちなみにその事を聴いたカリノさんから怨嗟のこもった視線をもらう事になるのには閉口した。
俺はこの家の一員としてカリノさん達村の男衆と共に開拓事業に精を出す。貴族であることは隠さなければならないので身体強化を使う事が出来なくて難儀したが、おかげで素の体力が向上し後々それが俺を助けることになった。
村の若い衆や身分を隠してたまに遊びに来るアルと、いろいろな馬鹿をやってはその都度セシルさんにカミナリを落とされ逃げ惑い。
アーニャの兄として義妹を溺愛し過ぎて村内で「シスコンステイル」のそしりを受け、そのせいで村の若い娘たちには「ステイルにはアーニャちゃんが居るから」と苦笑しながら敬遠された。
特段裕福な村ではなかったから実家に居たときよりも物質的には不自由をしたが、そんなことなど問題にならないくらい幸せな日々だった……
だからバルス領内で不作が2年続いてビイム村もそのあおりで立ち行かなくなりかけた時、隠してた自分の身分を使って実家なりに援助を要請する事に一切の躊躇を感じなかった。
そのため自分の
「おごぉぉおお?」
あまりの激痛に呻いてる俺の胸ぐらを掴んで持ち上げながら、
「俺たちがそんなにダセェ親だと思ったのか?息子にタカるようなよぉ?あ?」
「そうよ?あなたがどんなお偉い出自だろうと私たちには関係ないの。あなたは私達の息子でアーニャの大好きなお兄ちゃんなんだから。私達をみくびるんじゃありません!」
跪かれ畏まられて今までの関係が崩れる事も覚悟していた俺の杞憂を叱り飛ばされた……この人達はいつも俺の想像の上を行く。それがたまらなく嬉しかった。
「あと、お前が貴族出身だって事は分かってたから。今さらの話だな……うん」
掴み上げてた俺を降ろして乱れた襟を正し、俺にとっての爆弾発言を炸裂させるおじさん。
「え?」
馬鹿みたいに聞き返す……
「いやさ、お前魔法を使わないようにしてたから、貴族出身だって事をバレたくないのかな〜と思ってな?だからあえて聞かなかったんだけど……」
「え?なんで?」
なんでバレたんだ?
「そりゃあ分かるわよ……魔法は隠してたみたいだけど、ご両親から躾けられた所作みたいなものは中々隠せるものではないわ。あまり大人の目を馬鹿にするものじゃないわよ?」
セシルさんがふんわりと笑いながら解説する。
今までの5年間の苦労はなんだったんだ?と凹んでいるとおじさんがガハガハ笑って、
「魔法を使えないで四苦八苦してるお前を見ててちょっと面白かったわ。で、少しずつ成長してるお前を見てかなり楽しかったな」
「あなた、人が悪いわよ。でもねステイル?察していたとはいえあなたから話してくれて嬉しかったわ」
「おじさん……セシルさん……」
言葉に詰まる俺を横目に話が進んで、
「ステイルにタカるのは却下として、実際問題どうするよ?」
「あら、晩ごはんを1品減らすつもりだけど……」
「そんなレベルの話じゃねぇんだわ」
「ならお昼ご飯も1品減らしましょうか?」
「いやいや、だからなそんなレベルの話じゃねぇんだって〜の」
セシルさんのズレた発言におじさんがツッコんでる。
しかし実際、実家に援助を頼まないとなるとどうするか……バルス領全体での不作が食料品を外部に頼っている村の食料事情にモロに影響している。
ふたり共どうにかしようとしてくれてるが、現状少なくともカリノ家に4人の食い扶持を賄う余裕ははっきり言ってない。
このままだと一家全員共倒れだ。
誰かが家を出て食い扶持を減らさないといけないし、出来れば今後の為に少しでも外から資金を入れたい。
ならばその役目を俺が担うのは当然だ……誰にもこの役目は譲らない。
「おじさん、セシルさん、俺が家を出るよ。それでなんとかなるはずだ……」
「お前は……まだ殴られ足りないのか?終いにゃ泣くぞ?あ?」
おじさんが凄むのをセシルさんが制して、
「あなたはちょっと黙ってて」
「いやしかしなセシル!このバカが……」
「いいから少し私に話させて。ね?……それで、ステイルどういうつもりかしら?今までの話の流れで私達が許すと思う?」
言外に許さないと言ってんなぁこれ……でも、
「許すもなにも俺はこの家の一員として出来ることをしようとしてるだけだ。俺だってもう成人してる、養ってもらうだけなんてそれこそ許されない。一人前の男として家を出て働いて家に稼ぎを納めるんだ、それを俺にタカるなんて言わないでくれよ?それこそ泣いちゃうぜ?」
ちょっと
しばらく見つめ合ってたがセシルさんが根負けしたように、
「分かりました、私は認めます。ありがとうねステイル」
「おい!セシル!」
「あなたも認めてあげなさい」
「しかしな……」
「思えば私たちが一緒になったのもこの子くらいの年の頃よ?そう考えればもうステイルだって巣立つときよ」
何気に惚気が入ってる気がするけどセシルさんは認めてくれた。おじさんもセシルさんの言葉を受けて、
「たしかにそうだったな。だが……いやそうだな……そうだった」
なんかブツブツ言いながらリビングを出て、物音がするから多分隣の物置部屋か?に行ったおじさん。
セシルさんはおじさんの行動を理解できたようでニコニコしながらキッチンに行って何か作りだした。
戻ってきたおじさんの手には酒の瓶らしきものがありそれを掲げて、
「この酒は結婚の挨拶に行った時にセシルの親父さんから譲り受けた物でな、アーニャの婿になる奴と飲もうと思って置いといたとっておきだ」
「クスクスあの時はこの人お父さんからボコボコに殴られて、その後ひと晩中付き合わされたのよ?お父さんずっと無言だったから居心地悪そうに飲んでるこの人が面白かったわ」
この状況下で贅沢なんて出来ないはずなのに皿いっぱいのツマミを用意して戻って来るセシルさん。
「フン!息子の巣立ちだ……その前にひと晩付き合え」
「付き合ってあげて?この人の夢だったのよ息子とひと晩飲み明かすのがね」
成人したとはいえ酒の類はまだ早いと今まで飲ませてもらえなかったから、この段になってやっと一人前と認めてもらえたのか?
「分かったよ潰れるまで付き合ってやるさ」
「上等!」
初めて飲んだ酒の味は喉を焼くような熱さと、気分がフワフワと漂うような浮遊感が印象的だった。
「いやいやいやー!お兄ちゃん行かないでーーー!!行っちゃやだーーーー!!!」
翌朝、俺が家を出ることをアーニャに伝えたらこれである。
そういえば実家の弟妹、カイエルとアンナマリーも俺が実家を出る時同じように嫌がっていたな。
まああいつらのときはこんなふうに駄々をこねることはなかったが……そのかわり国が割れるところだったけどな……てか、駄々をこねるかわりに素で国家を割る当時10歳や9歳ってふつうにおっかねぇな?
しかしそうか……思えばカイエルももう成人したのか……アンナマリーも綺麗になっただろうな……
腰に抱きついて離れようとしないアーニャの頭を撫でながら、しばらく会っていない王都の弟妹に思いを馳せる。
「あらあらまあまあ、アーニャはホントにステイルの事が好きねぇ」
「なんだと!ステイル……テメェなに妹をたらしこんでやがる!アーニャから離れやがれこのロリコンが!」
セシルさんの言葉を受けておじさんがキレる。てか誰がロリコンだ!ただ妹を溺愛してるだけだっ!
「おじさんうるさい!……ふぅ、アーニャ?そろそろ放してくれないか?」
「やだ……放したらお兄ちゃん行っちゃうでしょ?」
わざわざ説明はしてないけどアーニャも賢い子だ、今の村や家の状況ははなんとなく察しているのだろう。
俺が出て行かないと立ちいかなくなるのはどこかで理解しているから腰に抱き着いた腕の力が弱くなる。
俺は優しく腕を解き膝をついて目線を合わせ、肩に手をおいて諭すように語りかけた、
「必ず帰ってくるから、だから行かせてくれねぇか?」
「ホントに?絶対帰ってきてよ?絶対だよ?」
「絶対だ、俺がお前との約束を破った事あったか?」
「結構あった」
「今は忘れてくれ……」
苦笑をたたえた俺を見てアーニャもなんとか納得してくれたようだ。
立ち上がりおじさんの方に振り返って、
「じゃあ行ってくるわ」
近所に出かけるようにわざと軽く挨拶する。
「昨日の今日ですぐ行くことねぇだろうに……慌ただしい奴だな」
「こういうのは早いほうがいいんだよ」
「まあいい、元気でやってこい」
「ああ、おじさんも元気で」
そのままセシルさんに向き直り、いつものふんわりとした笑顔の彼女に、
「セシルさんも元気で」
「ええありがとうねステイル。貴方なら大丈夫、人様に迷惑をかけないのであれば好きに生きなさい」
「うんお世話になりました」
「でもいいわね?必ず帰ってきなさい?」
「はい」
「そろそろ行くわ……今までありがとう。じゃあな!」
こうして俺はまた家を出た……
実家の公爵家から逃げ出して傭兵してたけど、世話になった村が潰されたので復讐のために実家に戻るわ…… ごっつぁんゴール @toy1973
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