第9話 スタートライン 2
さて、俺の話をするにしてもどこから話してどこまで話そうか?でもまあそうだな……前提として、
「俺は生まれ的にはアークライト家の長男ということになるな」
俺の端的な説明に、
「アークライトって言えば三公爵家の中でも筆頭格の大貴族で……しかも長男ってことは跡取りじゃないのよ。そのうえ公爵家なんだから序列は低いだろうけど王位継承権もある筈よね?あんたこそなんで傭兵なんかやってんの?」
貴族家出身ならそこら辺の事情は分かるわな……説明いらなくて助かる。が、主人をあんた呼ばわりするなよ。
「いや、実家での俺の権利は事情があって全て凍結されている、今は弟のカイエルが後継ぎということになっているはずだ」
「ふーん、権利の剥奪とか放棄ではなくて凍結なのね……きな臭いことこの上ない。でも知らないほうが良さそうね、命がいくつあっても足りないわ……」
いろいろ察してくれたみたいだな……そうそう知らないほうが良いことは知らないに限る。さすがにそこら辺は弁えてるか。
「で、理由とかは端折るけど身一つでビイム村に流れついた俺を引き取ってくれたのが、アーニャの両親のカリノ夫妻だった。そこで俺は5年を過ごした……」
───村長のビイムさんだったか?の家の応接室と呼ぶには狭い部屋で、少し渋みが出てしまっている紅茶を飲みながらこれまでの事を思い出す。これでも領主の紹介状を持参した者に対する、最大級のもてなしなんだと理解できる程には辛苦を舐めてきたつもりだ。
家名を預けて王都からも出ていこうと考えている私を、とんでもない策を弄して止めようとする弟カイエルと、その策に乗っかってある意味大暴れした妹アンナマリー。
……ちなみに何をしようとしたかというと、まず大公家なる新しい家を
そしてその策に乗り、自分を溺愛している陛下と妃殿下にべったり甘えてそれを許す許可を取る。さらに父上を含めた三公爵家とその派閥に、醜聞と弱みと甘言を使ってそれぞれの勢力を操りその力を弱めあうことで反対意見を封殺することを目論む。
何処の傾国の悪女なのかということを普通にしでかそうとするアンナマリー9歳。
カイエルの部屋で偶然作戦計画書を見つけて策が露呈、ふたりを正座させ2時間ほど説教をしたら半泣きで計画を破棄したが、もし気付かなかったら王国が割れていた……
実際、陛下と妃殿下はアンナマリーの魅力にデレデレでもう少しで陥落していたし、カイエル子飼いの手駒を使って収集した三公爵家を操る材料もほとんど揃っていて、計画を最終段階に移行させる寸前だったため本当に間一髪だった。
末恐ろしい弟妹の所業に私が去ったあとの公爵家が心配になり出奔を少し躊躇ったが、そんな自分を叱咤して王都を出て北に向かった。
友人のアルの実家が北方にある、しばらく逗留出来ればとバルス伯爵領を目指したのだ。
道中なにかと気にかけてくれて優しい人だと思っていたら、そいつが違法な奴隷商で危なく売られそうになったり。その奴隷商から救ってくれたのが、出会ってから殆ど会話もしてない無愛想で怪しい奴だと警戒していた男だったりと、公爵家に居たままなら出来ない経験や出会いがあった。私……俺はあの時殴られた頬の痛みと、その後乱暴に撫でられた手の暖かさを一生忘れない。
得難い出会いと別れを幾度か経験し辿り着いたバルス伯爵領の領主邸、
「俺……いえ私はステイルと申します旅のものです、王都でバルス伯爵様とアルバート様に知己を得る機会がございました。ご挨拶をさせて頂きたいのでお取り次ぎを願えませんでしょうか?」
「お前ごとき下民にお父様がお会いになるわけないのだからわざわざ取り次ぐわけないでしょう!消え失せなさい下民が!」
家令ではなく何故か応対に出てきたアンナマリーと似た年格好の少女に罵詈雑言を浴びせ掛けられ、取り次ぎすらしてもらえず文字通り門前払いを喰らった……
当てが外れて途方に暮れていたら、何処からか事情を聞きつけたアルが俺の泊まってる宿に来て、
「スマン、妹が悪いことしたな……」
と謝罪してきた。お前の妹だったのか……まぁ妹にはお互い苦労するな。と肩を叩いてやるとアルがキョトンとした顔をして、
「お前……ちょっと感じが変わったな……前のスカした感じが無くなってなんか砕けた感じになった。うん悪くない」
あまりにも正直なアルの言葉に苦笑し、
「俺だって王都から此処に来るまでにそれなりの経験は積んださ」
「俺ねクックックッそうかよ、もしかして男になったのかねぇ」
「ん?何の事だ?」
「ハッハッハッなんでもなぇよ。まだまだお子ちゃまか」
「お前だって同い年だろう?」
「そういう意味じゃないんだけどな。まあいい、経験を積んで一皮剥けたステイルくん?もう少し経験を積む気はないか?」
なにかバカにされている気がして釈然としないが、アルの言う経験とやらに興味が湧いたので話を聞いてみた。アルが勧めるのは辺境開拓村へ行くことだった。
「ウチの領地に珍しく軌道に乗った開拓村が有ってな」
そこに身を寄せたらどうかと提案してきた。
なるほど、たしかに開拓村が軌道に乗るのはかなり珍しいことだと言われているから、そういう所こそ知るべきだ。それにそういう村は僻地にある、俺の消息を隠すのにも都合がいい。
「分かったそこに行かせてもらう。しかし余所者がいきなり行って大丈夫なのか?」
「そこら辺は任せろ、お前には借りもあったしオヤジの紹介状を用意しておいた。これがあれば無碍にはされないから安心しろ」
用意の良いことで……借りってまだあの事を気にしてるのか……この状況ではありがたいことこの上ないが律儀なことだ。
領主の紹介状……その効力は抜群で村に到着して村長のビイムさんに見せたところ二つ返事で滞在を許可された。
しかし12歳の子供を一人暮らしさせる訳にはいかないと、どこかの家でお世話になることが条件だそうな。ちなみに村長宅は年頃の娘が居るから無理なんだと遠回しに断られた。俺はこれは難しいかもしれないと考える。
ここは軌道に乗ってるとはいえ辺境にある開拓村だ、決して裕福な村というわけでは無い。自分達が食べていくので精一杯と思われるのに、子供とはいえ余所者の面倒をみる余裕が果たしてあるのか?
結論から言うとその懸念は覆された。
アッサリと俺を引き取ってくれたカリノ家は、村長の次に発言力と影響力が有る家であった。
なので俺を引き取ったのも、村長の座を狙って領主と繋がりの有る俺に取り入るためかと邪推した。
実家を出てまで権力闘争に巻き込まれるのは御免だと、お世話になる挨拶をした際にカリノ夫妻にそれとなく探りを入れてみる。
見立て次第では来たばかりの村を出ていくことも覚悟していたが、結果的に俺が抱いていた疑念は杞憂だった。
カリノさんと奥さんのセシルさんは俺に対する媚も卑屈さもなく豪快に笑い、
「ウチに来たからにはお前はもう家族だ!なぁ!?」
と肩をバンバンと叩いてきた。かなり痛い……
「そうね遠慮なんていらないわよ?私たちも遠慮なんてしないから」
カリノさんの隣に立っている綺麗な人……セシルさんがふんわりと微笑んでくれた。胸が暖かくなるような笑顔に優しい人なのだろうと感じた。
「さぁアーニャもお兄ちゃんにご挨拶して?」
「あぅ……?アーニャでふ」
とセシルさんの後ろに隠れるようにしながら顔だけ出して挨拶する3〜4歳位の女の子。
なに?この可愛い子は?ウチのアンナマリーも大概可愛いけどこの子も負けてないぞ?
でもうん、いい人達みたいだ。
……それが俺が抱いたカリノ家の第一印象だった。
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