第8話 スタートライン


「まことに申し訳ない!」


 所変わって伯爵邸の応接室、バルス伯が平身低頭で謝罪してきた。

 別に伯爵のせいでは無いんだけどな……出された紅茶で口を湿らせながら考える。


 ただ、そうとはいえ気になる事があるにはあるけど、


「伯爵、あの襲撃は明らかにイヴリン嬢を拐かすことが狙いでした。なにか心当たりはありますか?」


 俺の質問に難しい顔をするバルス伯、


「無いとは申しません、たとえば今回襲撃されたビイム村は近隣では唯一成功した開拓村で、未踏破地区のさらなる開拓の橋頭堡になって発展すると期待された村でした。その事を面白く思って無い貴族家も確かにおりますし……」


 貴族をやってれば恨みや妬みのひとつやふたつは買うものだからある意味心当たりしかないか……


「そうですね……」


「しかしステイル様があの場に居ていただけたのは僥倖でした、もしイヴリンだけで庭にいたらと考えると恐ろしくなります」


「私もイヴリン嬢を守ることができてよかったと思います。それで、彼女はショックなど受けておりませんか?」


 現場ではそんな様子はなかったが、人の死に触れたのだから後になって怖くなることはあり得る。人死に触れた事で受けるストレスやショックは並大抵の物じゃない。アーニャみたいに後遺症が残る可能性もある。

 

「はい、ステイル様がうまく隠してくれたようですな、あれも人死が出たとは気付いておりません。ですので出来ればステイル様も娘には内密にお願いします」


「承知しました。知らないならそれに越したことはないですからね」


 どうやら彼女は死体を死体と認識してなかったようだな、あの時はレディに対してかなり不埒な態度をとったがその甲斐もあったというものか。


 そっちの憂いが無いとなると、どうしても気になるのはあの黒ずくめどもの雇い主の狙いだな。目的がイヴリン嬢本人なのか?バルス伯爵家なら誰でも良くて今回はたまたまイヴリン嬢が狙われただけなのか?

 ……さし当たりバルス伯とアルには自衛してもらって、奥方とイヴリン嬢には護衛を付ける。それくらいしか対抗策はないだろう。あまり考えても仕方ないか……それよりも、

 

「さて話は変わりますが本題に入りましょう。アルバート殿からもお聞き及びでしょうが、ビイム村襲撃の実行犯は当方で壊滅させました。しかし裏に首謀者のグリン伯爵家が居ます……」


 カップの紅茶を一口、


「私としては私の名にかけてグリン伯爵家には潰れていただきます。そこでバルス伯爵家にはその際のお力添えを頂きたい」


 なんだかんだ言ってもビイム村はバルス伯爵家の領地……そこを壊滅させられたからとアークライト家が直接報復に動くのは大義名分が立たない。あくまで建前上はバルス伯爵家が報復を主導し、アークライト家はそれに力を貸すという図式を取らなければならない。


「ステイル様から頂いた下手人の首からもグリン伯爵家が関与している事は明白です、ですのでもちろん当家からも抗議なり報復なりを行います。行いますがそれはあくまで当家の問題です、恐れながらアークライト家の出る幕では無いと存じます」


 まあそうくるよな……たとえ建前上は自分たちが主導するとはいえ報復を他家に譲るわけが無い。それでは面目が立たないからな。でも俺も譲れない……ここは強引にでも喰い込む。


 ティーカップをテーブルに戻し笑顔を作って見せ、


「それは重々承知しています。勿論ただお力添えをいただく訳ではありません。この件に際して生じるであろう周辺への摩擦に対する調整、報復の際の費用の援助、潰したグリン家の領地併合に関しての王家に対する働きかけ……そちらの方は当家にご期待いただいて構いません」


 破格の条件のはずだ、この件に関しての負担をアークライト家がほぼ持つと言っている。

 自分たちに負担がかからないうえに、自領の損害に対し毅然と対応し自領の利益につなげたという実績を作ることができる。バルス家は先代が子爵家から陞爵してまだ2代しか経っていないため、新興伯爵家として箔もまだそれほど付いていない。そういう意味でも美味しい話だ。


 バルス伯爵も驚きを隠さず、


「アルバートから大まかに話は聞いてはいますが、それほどあの村の事を想っていただけるとは……ですが、開拓村を潰された報復に伯爵家を潰すというのはいささか大袈裟ではございませんかな?」


 まぁ普通なら抗議のあと損害賠償の請求、向こうからの提示額が過小ならちょっと武力衝突して妥協点を模索する……そのあたりが妥当なところだろう。

 次男坊の首という、ある意味向こうの家にとっての恥がこちらの手中にあるから向こうも強硬に出てくるかも知れない。

 それでも言ってしまえば次男坊だ、後継ぎである長男のスペアでしかないのだから家の存亡をかけてまでの抗争には発展させないだろう。


 だが、


「あの村の方々は善良な方ばかりでした。私はあの村の方々に救われたのです……その恩ある村があのように尊厳すら汚されて潰された、私としては到底許せるものではありません。だからこそあまり褒められたことではありませんが、私の名にかけてグリン伯爵家を潰すつもりなのです。これは私の復讐です」


 俺の決意にバルス伯がひとつ頷くと、


「ふぅ……分かりました、この期に及んではもう何も申しません。ステイル様のお申し出をお受けいたしましょう」


「感謝いたしますバルス伯爵」










「で、そうやってバルス伯爵家を上手く丸め込んで巻き込んだんですねゴシュジンサマは」


「人聞きの悪い事を言わないでくれ」


 リンダが斜め向かいのソファにチョコンと座って、自分で淹れた紅茶を優雅な所作で嗜みながらサラッと毒を吐く。


「だって自分の懐は痛めないで自分のやりたい事をするんでしょ?その為に伯爵家こことご実家の……でいいのかしら?まだ信じられないけどご実家らしい公爵アークライト家を動かすつもりなんでしょ?大概よねゴシュジンサマも。大義名分に使われるバルス家といい後始末を押し付けられるアークライト家といい動かされる方にはいい迷惑よね」


 サラッと……うん、第三者に言われると俺のやろうとしてることは確かに大概だな……でもな、


「いーんだよ、バルス伯爵には見返りを用意したんだし筋は通した。どうせグリン伯爵家とは抗争に突入するんだ向こうの被害が拡大するくらい誤差だ誤差」


 あとアークライト家は喜んで動くだろうさ……


「妥協点探しの小競り合いからお家滅亡の危機にランクアップするのをって言い張るのねゴシュジンサマは。さすがアークライト家の人間ねスケールが大きいわ」


「だろ?」


 何食わぬ顔でリンダが淹れた紅茶を啜る。……美味いなこれ。


「それで?そのスケールの大きいゴシュジンサマがアークライト家とどういう関係なのか、そろそろ説明が欲しいんだけど?」


 ついに聞いてきたか……


「ウチの不文律おきて忘れたのか?団長おやじが決めたことなんだがな?」


「もう抜けたんだから関係ないわよ……あの人も止めてくれなかったし」


 あっちょっと拗ねてるな、まあ団長おやじにベタ惚れだったからなぁ。つっても向こうは孫に甘々なジィさんの対応だったけどな。どう見ても脈なしだろあれ。


「まあ話しておいたほうがいいか……だがその前にリンダさんよ?そっちの素性を聞いてもいいか?あんたも貴族家の出身だろ?」


「まあね、でもゴシュジンサマんちに比べたらしがない男爵家の次女よ?」


 まぁ思った通りだな、あの作法はきちんと躾けられたものだった。この紅茶も見事なものだ、実家は男爵家だと言うけど母親は伯爵以上の上級貴族出身と見受ける。


「それがなんで傭兵なんかやってるんだ?」


 当然の疑問を投げ掛けると、


「嫁に行けと言われたのよ……」


「ん?貴族家の子女なら有り得る事だろ?」


「相手が50歳超えの伯爵家のデブハゲ次男でしかもなんと初婚なんだって。なんでもひと目見て私の見た目を気に入ったそうよ?それをバカ親父から言われた時には耳を疑ったわよ……それで一発殴ってそのまま飛び出してやったわ」


 うわぁロリコンですか……それはキツイ……ん?待てよ?


団長おやじも似たようなもんじゃないか?」


 団長おやじも50超えのハゲだぞ?


「一緒にするんじゃない!潰すわよ?」


 コイツ主人にものごっつい殺気を飛ばしてきやがった。まぁ確かにあのジジィもハゲではあるがロリコンではないからな。でもそのせいでリンダになびく目はないわけだが……ままならないもんだ。

 

「幸い家を飛び出してから結構早い段階であの人に出会ったから、なにが人生の転機になるか分からないものね……」


 ちょっとうっとりした表情で遠くを見つめてるけどそんなにあのジイさんが良いかねぇ。


「さて、私の話はこんなものね。あとはゴシュジンサマも知っての通りよ」


「さよか……」


 家を飛び出した世間知らずの貴族家令嬢が、流れに流れて傭兵団に入ってドンパチやるようになったんだ。団長おやじに出会う前にもいろいろあっただろうが、それは俺が知らなくてもいい事だろう。


 お次は俺の話だな……アーニャの事もあるしこれからの事を考えると、ある程度は事情を教えておく必要があるだろう。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る