第7話 襲撃
「ようこそおいで下さいました、ステイル様、アーニャ嬢。バルス伯爵家当主のベンジャミン・バルスでございます」
「妻のエロイーズでございます」
「お……お久しぶりでございます、べ……ベンジャミン・バルスの娘のイヴリンです」
あらま、あの時の高慢ちきな嬢ちゃんが一端のレディになったもんだな……おーおー怯えてるね、どうやらあの時のことはまだ覚えてるらしいな、
『お前ごとき下民にお父様がお会いになるわけないのだから、わざわざ取り次ぐわけないでしょう!消え失せなさい下民が!』
女子版エドワードだな、
「バルス伯爵とは王都以来ですね、ご壮健なようでなによりです。バルス伯爵婦人はじめましてステイル・アークライトですよろしくお願いいたします。そしてイヴリン嬢……あのとき以来ですね」
「なんだ?イヴリンはステイル様とお会いしたことがあるのか?」
「おお、お、お会いしたといっても、ほほんとにひと目だけですの。ス、ステイル様は覚えてらっしゃらないと思ってましたわ」
「ハッハッハッ、忘れるわけ無いでしょう?あんな衝撃的な出会いですからね。貴女も私のことを覚えていてくれて嬉しいですよ?」
「ひっ……その節はご無礼を致しましたわ、私としたことがまだ子供だったのですね……忘れて頂けると嬉しいです」
「あらあら、イヴリンも隅に置けませんね。そんなに昔から
表面上はロマンスを匂わせる物言いだし、バルス婦人もそう勘違いしてるけど、水面下では『ご無礼を致しました!けど昔の事だしお忘れですよね?』『はっ?俺が忘れるわけ無いよな?お前も覚えていてくれて嬉しいねぇ許してもらえると思ってんの?』『子供のしたことなんです許してください!お願いします!』という彼女にとっては生きるか死ぬかのやり取りになっている。
なんたって下民と見下して門前払いした男が、公爵家の人間として自分の眼の前にまた現れたんだから、そりゃあ生きた心地しないわな。
「さて、立ち話もなんですし庭でお茶でも飲みながら夕食までの時間をお過ごしいただくのはどうだろう。当家の庭はイヴリンが手を入れていましてな?親バカではありますがなかなかの物なのです。面識がお有りのようなのでイヴリンにご案内がてらお相手をさせましょう」
「素敵なお申し出ですが
「おお、それは失礼をした!ではアーニャ嬢が休める部屋を用意いたしましょう」
「ありがとうございます、アーニャお言葉に甘えて休ませてもらいなさい」
「はい、お兄ちゃん」
事前に説明してたので、バルス伯爵家の下にも置かない歓待ぶりにも驚くことはないみたいだな。
「リンダ、アーニャを頼む」
「はい、ステイル様お任せください」
リンダに任せておけば物理的にも安心だ、伊達や酔狂で第2戦闘部隊の隊長を任されてたわけじゃない。面の制圧力では俺より上だからな。
アーニャがリンダと伯爵家のメイドに手伝われて上階に上がって行く、アーニャが領民と知ってるのにちゃんと客室に通すみたいだな。
「イヴリン、ではステイル様をご案内して差し上げろ」
ハッハッハッ、イヴリン嬢がこの世の終わりみたいな顔してる。
「ではイヴリン嬢、よろしくお願いします」
「はい……ではこちらにお越しください」
俺の一押しに観念したのかなんか悟った顔して案内を始めた。
イヴリン嬢の案内で庭に出る。
ん?……2いや3か?エライ厳重だな。親バカと言うだけある。
親バカのバルス伯が自慢するだけあってその庭は、無理矢理手を加えた不自然さが無く、自然を感じさせながらも要所には華やかさを持たせ見る人を惹きつける。また季節の移り変わりによっても雰囲気が変わることを想像させるようにデザインされた見事なものだった。
少なくとも来訪した客に庭の華美さを押し付ける、俺の記憶に残ってる彼女が作りそうな庭ではなく、客をもてなそうとする配慮が随所に見られる、俺が持ってる彼女のイメージからはかけ離れた庭だった。
「見事な庭ですね。失礼ながらあの時の貴女からは想像もできない庭です」
「ありがとうございます。そしてあの時は真に申し訳ありませんでした」
イヴリン嬢が彼女の考え得る最大級の謝罪をした。多分彼女は今まで家族以外の他人に謝罪をしたことなど無かったのだろう。
だからどう謝意を表したら良いか彼女は分からなかった。ならどうするか?それなら他人が自分に対して行った謝罪の中で、最大級に謝意を感じたものを行えば良いと考えて今それを行った。
つまりそれが今行っている土下座なのだろう……俺が知ってるあの時の彼女なら絶対にやらないと断言できる。てか貴族令嬢がやっていい格好じゃない……
「まずお立ちください、レディにそんな体勢をさせるわけにはいきません」
「では、お許しをいただけますか?」
「それはまず貴女が立ち上がってからお話しましょう」
これ以上その格好をされるのはある意味脅迫だわ。
「失礼いたしました……」
「立たせておいて申し訳ないが、まず座りませんか?」
「もう少し歩いた所に東屋がございますのでそちらで……」
「ではそこへ」
東屋の椅子にイヴリン嬢を座らせて対面に腰を下ろす。さて、真意を聞こうか、
「何故あのような事をされたのですか?」
イヴリン嬢は自嘲気味に微笑んで、
「そうですね……何故あんな事をしたのでしょう……いま考えるととんでもないことです」
「それは私が公爵家のものだからですか?」
「それがないとは申しません。ですがそうではないとしても、父のお知り合いの方を子供でしかない私の一存で罵倒し門前払いしたのです。それが許されない事であることは、世間知らずの当時の私でもさすがに分かるはずなのです」
「では何故あのような事をされたのですか?」
もう一度同じ質問を行う、
「ある方の影響……と申しますと責任転嫁に聞こえてしまいますが、そうとしか申し上げられません」
頷いて先を促す。
「実はあの当時ある方との縁談が持ち上がっていまして、その方が顔見せも兼ねてしばらく当領地に逗留して私の家庭教師をされていました」
当時イヴリン嬢は9〜10歳位か?ちょっと早いが縁談の1つや2つ持ち上がってもおかしくない年齢ではある。
「結局諸般の事情で縁談自体は流れたのですが、その方がなんと申しますか……その、選民思想の強い方で、その方の影響を受けて私も一時期同じような考えを持ってしまっていました。矯正に大層時間がかかったと父母がよく申しています」
それがあの時の女子版エドワードであったと言うわけね……ん?近付いて来てる?
「そういうことでしたら昔の話です、貴女も悔いておられるようですし私も水に流しましょう」
彼女が悔いてないのだとしたら別だが、十分悔いているのは先程の土下座でわかっている。笑って水に流す旨を伝えると、イヴリン嬢は肩の荷が下りたように安堵の表情をして、初めて笑って見せてくれた。笑うと可愛らしいな……
「もしよろしければその方のお名前を教えて頂く事は出来ますか?ははは、ある意味で私の
立ち上がり庭を見回すフリをしながらおどけて見せて、警戒してない風を装う。さらに近付いて来てる……もう間合いに入ってるな、どっちが狙いだ?
「私から聞いたというのは内緒ですよ?」
「ハハハ、もちろんです」
来るな……ちっ、グローブは持って来てないぞ……
「隣領のエドワード・グリンさまです。えっ?「失礼!オラッ!」きゃっ」
いきなり生け垣を割って彼女に襲いかかってきた黒ずくめを殴り付ける。狙いはイヴリン嬢か!しかし殺しには来てない、
なら次は俺の死角から俺狙いだな、しかも殺しにくる……左後ろ……ほら来た!
「狙いが分かりやすいんだよ!」
予想通りに首筋をナイフで切り裂きに来た腕を右手で捕まえて、
「せっかくの庭を台無しにしやがって!まだ夜でもないのに黒ずくめかよ!ほら寝てろ!」
さらに左拳を叩き込んで昏倒させる。これで2人目沈黙。イヴリン嬢の腰を右腕で抱いていつでも担いで逃げられるようにする。
さて攫うのも殺すのも失敗、次はどうする?俺なら逃げるけど……
「ステイル様?」
状況を飲み込めてないイヴリン嬢が、上目遣いで物問いたげに見つめてくる。
「静かに!俺から離れるな!」
「はい……」
なんか腰に抱き着いてきたんだけど、そうされると動きにくくなるから放してくれないかな?
「あと1人は逃げたか……」
気配は消え失せたな、ホントに仲間放っぽって逃げた?……まさか!
「ちっ!やられた!」
相手はプロか!イヴリン嬢の腕を解いて確認する、最初の1人はもうこと切れてる!もう1人は?こっちもか……クソッ
「どうされました?」
イヴリン嬢が死体を見ようとしている、見せないように抱きしめて、
「見るな!俺だけを見てろ!」
「……はい」
なんかイヴリン嬢が顔を赤らめて、潤んだ瞳でこっち見てるんだけど。怖い思いをさせちゃったからな……
「いや失礼、もう襲撃者は逃亡しました。こいつ等は私が見張っていますので、お父君を呼んできていただけませんか?」
「あっ……はい分かりました、父を呼んでまいります」
体を離した際に名残惜しそうにしていたがなんでだ?
しかし、何故イヴリン嬢を攫おうとしたのか?しかも捕まるくらいなら死ぬ覚悟があるプロだった、ってことは依頼したやつが居る?ちっ、死なせたのが痛いな背後関係が全くわからない。
屋敷からバルス伯とアルが駆け付けてくるのを眺めながら思案にくれていた。
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