#1 異世界の転移者


 目を開くとそこは、遥か彼方上空。

 今まさに落下している最中だった。

 急な展開で戸惑っていたいところだが、そんな余裕はない。

 今はどうやって助かるかが最優先。

 さて、賢い僕はどうやって切り抜けるか知っている。

 それは……神に祈るそれだけだ。



 「ぐぎやぁぁ!!!!」

 


 生憎、絶叫系は大の苦手、観覧車ですら僕にとっては恐怖の対象だ。


 今更だが、自分の知能の低さ、土壇場での無力さに呆れ返ってしまう。


 しかし、人間というもの常に生きるか死ぬかの二択である。

 そういった、謎理論を投げて気持ちをポジティブに切り替えようとした……。


 だが無理だ、いや無理だろ、どうやって平気でいろっていうんだ、どんな欲のない僧であってもちびること間違いなし。

 実際、ビビりな僕はチビってしまった。

 胃の中身がぐちゃぐちゃになっているに違いない。



 「最後くらいしたかったぁあー!!」



 サイコーにダサい言葉を残して死ぬ、まぁ僕らしくていいか……。

 悪くない人生だった……いや、そうでもないか…………。

 

 ——そして僕は死を悟った。


 

 『フワッ!』落下したとは思えないほどにキュートな音がなった。


 ……まだ生きている⁈


 目を開くと自分を疑ってしまった。

 おそらく一生分の運を使い切ったのだろう。

 奇跡的にこの巨大毛布? みたいなものに落下の衝撃が吸収されて助かったようだ。


 というか、ここどこだ? こんな場所身に覚えがない、ブラジルにあるアマゾンか何かか?


 さっきまで道路の上にいたよな……。

 まさかとは思うが、魔王の討伐ってガチの話だったりして……。



 『テンイカンリョウ』



 機械的な音声が脳内に流れた。

 ずいぶん透き通った声だ。

 発声は日本人そのものだったが、どこか違和感を感じさせる部分があった。



 『アナタワ勇者ニ任命サレマシタ」



 ……あなたは、勇者に任命されました?

 勝手に脳内で流れてくる音声を、今度は自発的にリピートした。

 この声誰の声だ? 耳から感じる音じゃない、これは脳に直接送られてきている。


 気持ちが悪い。



 「誰だ……お前?」



 これが本当の自問自答というのか。



 『ワタシワアナタガコノ世界デ生キテイケルヨウニ助ケルモノ。多クノ勇者サマワヘルプサービスシステム略シテ「ヘルサ」トヨバレテイマス』


 「ヘルサと言ったか、お前はなぜ僕の中にいる?」


 『アナタガ自ラシタコトデス』



 信じがたいが、話から察するに僕は何気なく初めたバイトで異世界に転移されたらしい。

 そして、僕は勇者になって魔王を倒す。

 それが目的らしい。


 ……なんとも最高の気分だ!

 年頃の学生なら一度は憧れる異世界生活! 

 ボタン押してよかった〜!



 『アノ、』


 「どうした? 今気分がいいんだ余計なこと言うなよ」


 『シタ、ハヤクニゲタホウガイイデスヨ』


 「え?」

 

 言われた通り下を見てみると、手触りの良い毛布しかない。

 逃げるってなににだよ……。


 ……あれ、そういえば現実的に考えておかしいな普通、森に毛布なんてあるものなのか?


 ……スゥーーー

 一度息を吸ってよく耳を澄まして見た。



 「グルルル……」



 ……ハァーーー

 そして息を吐いた。


 僕、死んだかも。

 チラッと見たが、あれはクマだ。しかも巨大な。

 流石異世界、クマのデカさもレベチだぜ。

 って! 関心してる場合か!

 

 さて、どうやって逃げよう。

 そうだこんな時は! 



 「ヘルサさ〜ん、コイツどうにかできないの〜?」


 『無理デス』



 即答かよっ! そして早速使えねー。



 『デモヒトツ』


 「っ! 何か策でもあるのか?」


 『策デワナイノデスガ、人間トイウモノワ常ニ生キルカ死ヌカノ二択デアルノデキット大丈夫カト』



 結局暴論かよ、というか、それってさっき僕が言ったカッコいいやつやん!

 

 そして僕は巨大クマの腹を滑り台の要領で滑り、今までにないくらいに全力で走った。

 


 『ヤツノ解析完了、個体名ジャイアントモッグ。ココラ一帯ノヌシで間違イナイデショウ』


 「なに、僕、今。小ボス級の相手と対峙してるってわけ? こんなの初見殺しのほかないやん」



 すると、ジャイアントモッグは立ち上がり、地面を揺らしながら此方に、ドスドスと向かって来た。

 このままだと死ぬ。


 『彼処ノ洞窟ニニゲコンデクダサイ』


 「わかった」 



 言われた通り僕は洞窟に転がり込んだ。

 ヤツ洞窟の中に入れないらしく、しばらくの間、手を必死に僕の方に伸ばしてなんとか捕まえようとしていたが、途中で諦めて何処に行ってしまった。


 完全勝利! 巨大クマもやはり人間様の脳には勝てないようだ。

 おつかれ、この一言に尽きる。


 やはり異世界に来たとなると、したいことといえば魔法だな、あと冒険者にもなってみたいな。

 そんな妄想を抱いて、最終的な結論を導き出した。

 それは、とりあえず冒険者ギルドに行く。ということだ。

 冒険を始めるにも基本的にはギルドに登録してからというのがテンプレってやつだ。



 「なあ、ヘルサ? ここから1番近い冒険者ギルドってここから、どのくらいだ?」


 『ココカラデスト南に約100km先二アル魔法都市ゾルディエード王国ノ冒険者ギルドデスガ』


 「遠いな」



 100kmと言ってもただ平坦な道を歩く訳じゃない岩や草木を退けながら進む、そのため疲労もまた倍増する。


 ずっと思っていたが、不遇すぎないか? 一応勇者なんだろ。

 今思えば、なぜ上空に転移したんだ。

 普通はなんか始まりの街的な駆け出し冒険者がいっぱいいる街に転移するものでは?

 

 これはゲームと思わない方が良いらしい。


 これからギルドへ向かうためにどうしよう。

 食料とか、水とか、寝床とか。

 まぁ、水は異世界的に魔法から出せそうだし。

 地面に手のひらをかざしてみた……………。

 もちろん、なにも起こらない。



 「魔法ってどうやって使うんだ?」


 『コノ世界ノアラユル物ワ魔力ガ含マレテイマス。ソノ魔力ヲ体ノ感覚デ集メテ魔法二スルコトガ出来マス。マタ、ソノ感覚ヲ基ヅカセルコトガ詠唱トヨバレテイマス』



 なんだろう、もうこの声にも慣れてしまった。人の適応能力って怖い。



 『タダ、アナタワ異世界人、魔力ガアルカワドウカ……』



 僕はそれを聞いて一気に凍りついた。ここまできて、魔法使えないは冗談じゃすまない。



 『先程モ言ッタ通リドンナモノニモ魔力ガアルトイイマシタ、ナノデソノ魔力ヲトッチャエバイインデス。ソコデ神代仁サンアナタ二トッテオキノ魔法ヲ紹介シマス。ソノナモ「アブゾーブ」触レタ対象ノ魔力ヲ吸収デキルトイウ魔法デス』



 僕は適当な岩の間に生えている草を引っこ抜き、言われた通り、



 「『アブゾーブ!』」



 というと、指先から何かが流れてくるようなとても不思議な感覚に襲われた。

 そして、草は色を失っていき、最終的に灰となってしまった。



 『案外デキルモノナノデスネ、少シ感心シマシタ』


 「なにコイツ、煽ってんの?」


 『次ニ「ウォーターサーブ」ト、唱エテクダサイ』


 「ウォーターサーブ……?」



 すると、僕の指先から水滴が一粒、溢れ落ちた。

 こ、これが魔法! 思ってたのと違うけどなんか楽しい。しょぼいけど。

 

 気持ちいい、しょぼいけど、謎の達成感を感じる。しょぼいけど。

 もっと吸い取ることでより強力な魔法を作りたい!

 そういった小さな目標ができた。


 空は日が沈もうとしていた。


 ……もうそんな時間か、確かに巨大クマを追い払うのに結構な時間を費やした気もする。

 

 これは持論だがサバイバルの中は、早寝に限る。知らんけど。

 なので、そろそろ寝ようと思う。

 ポケットに入っているスマホで、洞窟内を照らした。

 

 ずいぶんと傷を負った。足が血だらけだ。気がついてみると急に足が痛くなる。

 ヒリヒリする。

 とりあえずはそこにあった大きな葉を足に巻き付けて、応急処置をした。


 そしてちょうどいい寝床を見つけると、外から枯れ葉を持ってきて、そこに敷き詰めた。

 簡易的だが、自家製のベッドのつもりだ。

 僕はベッドにねっ転がってみた。

 僕の家は床で寝るタイプなので、案外似ているかもしれない。

 

 目を閉じてもなかなか寝付けないと、思っていたが、疲れもあってかぐっすり夢の中へ入って行った。


 そしてスマホから出る光も次第薄くなっていき、最後にはパッと消えてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

なんのバイトをしてるんですか?  A.勇者です。 乙彼秋刀魚 @otukaresan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ