なんのバイトをしてるんですか?  A.勇者です。

乙彼秋刀魚

プロローグ


 「じん君、私たち別れよ」



 ……最愛の彼女に振られた。


 今日はそう、クリスマスという日。この日は9月の生まれが多い理由とも言われるほど、カップルらがいろんな意味で盛んになる日。

 僕もまた今日は大人への一歩を踏み出そうと思っていた。

 そのため、今日のデートを完璧なものにしたいと考えていた。もちろん、僕の脳内デートプランは丸暗記している。どこでいつなにをするのか、もちろんベットの中のこともだ。


 ついこんな思想に辿りついてしまう。でも仕方がないことだろう? 好きな人としたいし、したことないし、それにそういうことがしたい年頃なのだ。


 デートの途中、あかねに話しがあると言われた。僕はなにを言われるのか内心ワクワクしていた。

 しかし現実はそんな生温いものではなかった。



 「仁君、私たち別れよ」



 彼女にそう告げられた。

 初め僕は言葉の意味を理解することが出来なかった。いや、理解していたが、認めたくなかったんだろう。



 「待ってよ! なんで、せめて理由だけでも聞かせてよ!」



 僕はその場を去ろうとする彼女の肩を掴んだ。



 「仁君は身長も高いし、優しいし、顔もかっこいいし、頭もいい……でも」


 「……でも?」


 「お金、持ってないじゃん、」


 「え、」



 僕の目は白目を向き、空いた口が塞がらなかった。

 お、okane⁈ money⁈⁇⁇


 気づいた時には、彼女はもうそこにはいなかった。 

 いるのは100均で買い集められたような服装をしたサンタが、僕にメリークリスマスという、僕のキライなワードランキングにたったいま上位にランクインしたワードを、何度も、何度も、しつこいほどに発していた。



 「おい、サンタ」



 目を尖らせてサンタを睨みつける。



 「クリスマス、ちゅうのは誰かにものをお前がくれるイベントじゃないのかよ。……それが僕の彼女とってどうする! 僕が卒業していたかもしれない初めてをかえせ!」


 「し、しらないよ、僕もお金もらってやってるわけだし……」


 「金、金金金金、うるせーんだよ! だったらサンタ、僕に金くれよ! サンタなんだろ? なんかくれるんだろ?」



 まわりには、惨めな僕を話しの話題にしてその場を楽しんでいる糞リア充どもで溢れ返っていた。

 僕はそんな空間が癪になりどこか適当なところに走り去って行った。


 まだクリスマスという名の悪夢に侵食されていない公園を見つけ、そこに避難することにした。

 ペンキの色が抜け落ち、ところどころに泥がついているベンチに座った。


 空を見上げるとオレンジ色の空があり、美しく、不気味に見えた。その空にぽつんと空に染まりかけた小さな雲を見つけた。

 その雲は今にも消えかけていて、大きな空の中、一つ孤独だった。まるで今のクリぼっちな自分を見ているようだった。僕はそんな雲に親近感を感じた。



 「おーい」



 僕は雲に一声掛けて見た。聞こえるはずない。でも、今の僕の頭はそんなことを考えられる余裕なんて持ち合わせていなかった。

 すると一瞬、雲がこちらを見つめたような感じがした。



 「お前も、一人なのか?」



 雲はこくりと頷いた、ような気がした。こころが通じ合っている。そう思った。この雲なら僕と分かり合えるかもしれない、そう思った。

 バカバカしい話だが本心から思ったことだ。



 「お前とは近いようで遠い遠距離恋愛のカップルみたいだな」



 僕が笑うと雲も笑った……。 



 「でも、お前とは付き合う気はないぜ、ただの親友だ。ハハハハ!」



 今日のために試行錯誤したコーデも泥まみれになってしまっていた。

 下を向いて、ため息をついた。

 確かに、今思えば僕も悪かったと思う。食事場所はいつも格安ファミレスだし、ずっと割り勘していたし。一時期ネットで話題になったが、やはり男が奢るべきなのだろうか。僕は、ドリンクバーを奢ったことくらいしかなかった。


 だが、正直に言わせてもらうが、格安ファミレスは美味しくて安い、コスパ最強なのだ。これに関しては誰にも異論は受け付けない。よって格安ファミレスはデート場所に適している!


 僕がお金をあまり持っていないのは理由があった。


 物心ついた頃には、父親は病気で死んだ。母子家庭、女手一つで育てられたのだ。

 だからお金なんて生活で精一杯。

 クリスマスにも僕の家にはサンタなんて来たことがない。なんでも家に鍵を閉めているから入れないんだとか、別に僕は気にしてはいないが。


 ……ああ、お金がますます欲しくなった。


 いやまてよ、バイトすれば良くね? え、僕ってこんなバカだったのか。親の脛を齧ること大前提に考えていた。


 そうだバイトをしよう。


 そうと決まれば行動に移すまでだ。

 スマホを取り出し、片っ端から探した……。

 探し始めてから数分経った。しかし僕のお眼鏡にかなうものはなかった。

 僕はシャイボーイなのだ。面接に通る自信がない。


 初対面のサンタクロースに怒鳴りつけた奴が自分はシャイボーイだと言われても、説得力は皆無だが、あの時のことはなかったことに出来ないだろうか。

 

 スマホを下にスクロールしていると、誰かが僕の首に抱きついて来た。僕は命の危険を感じ、男の腕を掴み投げ技をし、地面に叩きつけて見せた。



 「なに奴⁈」


 「いてて、て。俺だよ俺、優介」


 「なんだ優介か、」



 彼の名は優介、僕のクラスめー……



 「と・も・だ・ち!」



 自称友達だ。



 「しかし、お前は友達を出会い頭に投げ技をするものなのか?」


 「少しの、苛立ちと命の危機を感じだからだ」



 コイツとは馬が合わない、僕の明るいキャラに被っている。



 「お前がイライラしてる理由をズバリ当ててみせよう!それは仁、茜ちゃんに振られたのだろ!」


 「ちっ、見てたのかよ」


 「ああ、一部始終な」



 優介の口角がニヤリと上に上がった。



 「お前、雲と親友なんだってな」


 「うるさい、」



 コイツの笑い方は妙に腹立たしい。



 「というか純粋な疑問なんだが、お前ん家貧乏なはずなのに、なんでスマホ持ってるんだ? なんで普通の制服、普通の服を来て学校に通えているんだ?」



 ……………。



 「……優介、それ以上お前がそういうことについて、口を開くと数文字後この作品からお前の姿がなくなるぞ」


 「仁の方がよっぽどメタなこと言ってるだろ!」


 「そ、そうだお金困っている仁君にいいバイトを紹介してやろう」


 「ドラッグとか、闇金系じゃないだろうな?」


 「お前、俺をなんだと思っているんだ……。まあいい、ただのコンビニバイトさ、親戚がそこのコンビニの店長をやっていてね、俺が頼めば面接なしで入れると思うぞ」



 僕はベンチから立ち上がり、今日初めて優介を正面から見た。



 「ホントか⁈」


 「本当さ、俺に任せておけ」


 

 生まれて初めて優介を頼もしく感じた。



 「でもやっぱり、少し不安だ」


 「大丈夫さ、だって」



 優介は右手で僕の肩を叩き、左手で上空を指差した。

 空にはさっきまで一人ぼっちだった雲も、大きな雲に融合しようとしていた。



 「優介、僕はちょっとお前のこと見直したぞ」


 「本当か! じゃあ雲とどっちが好き?」


 「雲」



 即答してやった。





◆◆◆◆






 「神代(かしろ)仁です、今日からよろしくおねがい、しゃっす!」


 「よろしく、よろしく、おじさんは店長の拝殿はいてんしょう今日から頑張りたまえ」



 ほほー、これが店長か。それは予想とは、はるかに違う容姿だ

 金髪で、グラサン掛けて、冬なのに肌が日に焼けていて、なにより小太りだ。

 コンビニ店長というより海の家を経営していると言われた方がしっくりくる。

 本当に、給料が出るのか不安になってきた。

 それに、少し失礼になるが、なんだよ拝殿翔って、ハイテンションになるために生まれてきた名前じゃないか。名前通りハイテンションだし。


 「きみ、優介の友達なんだってね。優介はね、よくおじさんに懐いてね〜、そりゃ良く可愛がったものよ」


 「は、はぁ」



 優介のハイテンションはこの人譲りのものなのか……。



 「店長、一つ質問があるんですけど、時給って、いくらなんですか?」


 「え、あ、うん、そうそう」

 


 どうやらお茶を濁されたようだ。まぁいい、最低賃金も1100円くらいらしいし、もしそれ以下だったら、訴えるまでよ。

 それに、店長がつけている腕時計、結構高そうだ。これは期待できるかもしれない。



 「じゃあ何か質問あったら、聞いてね」


 「はい! 頑張ります!」



 それからというもの、この1か月僕はバイトを精一杯こなした。

 コンビニバイトというものは意外と難しい仕事だ、初めのうちなんて失敗続きだった。

 しかし、それも全て今日で報われる。



 「それじゃあ、はい。これ今月の」


 「ありがとうございます!」


 「仁くん頑張ってたから、多めに入れといたよ〜」


 「まじっすか」



 やはりこの男、持っている。

 給料袋を渡された。理由はわからないが下の方が濡れていた。

 なんだこれ……。

 袋を開けてみると。

 真っ赤なイクラが入っていた。



 「ちょ、店長これイクラじゃないっすか」


 「そう、イクラ」



 まわりを見渡すと、他の店員はガッツポーズを決め、イクラに歓喜していた。

 ……狂ってやがる。

 世の中の給料とはこんなものなのか。

 初給料はお母さんに寿司でもご馳走しようと思っていたのに……。

 あ、でも、イクラも寿司やん、あれ、お母さん特にイクラが好きとか言ってなかったか、じゃあいいか……。


 ……よくねーよ! この僕が汗水垂らして働いたことがイクラ数粒と同価値だって? ふざけんじゃねーよ。


 ……! まさか。

 数ヶ月前

 


 『時給って、いくらですか?』


 『え、あ、うん、そうそう』



 店長! あれってそういう意味じゃないから。イクラじゃなくて"いくら"だから。本当にバカなのか。もしかして中身小学生?



 「店長、その身につけている時計は何円なんですか?」


 「あ、これ? これはねー、有名商品のコピー品でねこのダイヤなんてほら、プラスチックでできてるの。はははははは」



 プラスチック? この店、もしかして稼げてない?

 よし、辞めようこのバイト。



 「店長! 僕には魔王を倒さないといけない使命があるので、今日を持って辞めさせていただきます。それでは!」



 僕は職場から走り去っていった。魔王討伐など現実にあり得るはずないが、咄嗟に思いついたのがそれだった。


 ああ、これからどうしよう。この一件でよりバイトに対する恐怖が高まった。





 また、あの公園のベンチに座り、また求人を見ていた。

 この公園はいつしか、憩いの場となっていた。


 すると僕の目に止まったものがあった。


___________

内容

魔王討伐


詳細

勇者になって魔王を倒す。


報酬

50億円

___________


 本当に有り得る話だった。それに報酬50億円だって⁈

 僕は迷わずそこのボタンを押した。

 すると、僕の体は謎の光に包まれたのだった。


——この行動が後ほど後悔することをこの時はまだ知る由もなかった…………。


 

 




 

 

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