第17話:人生初の監禁されちゃったぜ……
目を覚ました藤平がまず、最初に目にしたのは見知らぬ天井だった。
木製で今時LEDでない照明は、どこかレトロな雰囲気をかもし出す。
それに伴って内観は完全な和風だった。
八畳ほどの広さに、タンスや机と必要最低限の家具のみがある。
言葉悪くして言えば、実に殺風景な部屋だ。
もっとも、如何に殺風景だろうと一般家庭に木格子はまずありえないが。
ここが俗にいう座敷牢であると理解した時、藤平は自らが囚われたとも瞬時に察した。
幸い、彼の肉体に目立った外傷はなく行動範囲さえ除けば自由は効く。
「くそ……! どこなんだよここは……」
木格子は成人男性の腕ほどはあろう、頑丈でとても太く簡単にへし折れそうにない。
当然ながら、唯一の出入り口にはしっかりと南京錠がされている。
完璧に閉じ込められた。悪態を吐きつつも、絶望感が胸中でじんわりと浸透していく藤平の目前に、その人物は意気揚々とした足取りで現れる。
「あぁ、起きたようだな藤平」
「タツミ……! お前が俺をここに連れてきたのか……?」
「そうだ。手荒な真似をしてしまったことは、申し訳ないと思っている。だが、手癖が悪くどうしようもない悪女共から貴様を護るためにはこうするしかなかったのだ……」
「おいふざけるのも対外にしろよタツミ! こんなことをして、俺をどうするつもりだ……!」
「勘違いをしないでほしい。オレは、お前を殺したり喰らったりするつもりはない」
「ッ」
喰らう――タツミが発した一言に、藤平は
マモルとタツミ……二人の女の、もとい怪物同士の殺し合い。
それは正しく非現実的光景であり、常識の範疇を明らかに逸脱している。
だが、現実とは非情にして残酷だ。
どれだけ藤平が否定しようとも、目の前の存在が彼の考えを容赦なく否定する。
妖怪は実在する。否が応でもその事実を藤平は、受け入れねばならなかった。
ひとまず、これからどうするか――知れたことだ。すべきことなど、最初から一つしかない。
藤平は深呼吸をして、改めてタツミを見やる。
「……お前達はなんなんだ?」
藤平は早速、物事の核心へと迫った。
「……オレに――いや、オレ達に明確な呼称はない。怪異、妖怪、魔物、怪物……ありとあらゆる呼び名こそあるが、どれも違う。だが、そうだな。呼びやすいものであれば、うん。ここは怪異がしっくりくるだろうな」
「……いつからだ?」
「いつから? どういう意味だ?」
「お前は最初から怪異とやらだったのか? それとも、オレの知っている本来のタツミにずっと成り代わっていたのか? 答えろ怪異。返答次第では俺はお前を許さない……」
そう発した藤平の言霊には、明確な怒りと殺意があった。
タツミからの返答がもし後者だった場合。その時はきっと、刺し違えても殺すだろう。
怒りを露わにする藤平とは真逆に、タツミの反応は対照的なものだった。
それは優しい笑みであるはずなのに、どこか悲しみを宿している。
そんな笑みが、藤平の心にほんのわずかばかりに躊躇いを生じさせた。
これは演技だ。藤平はそう判断する。
怪異がこんなにも人間のように、悲しい顔ができるものか。
藤平は、まっすぐとタツミの瞳を見据えた。
「――、オレは昔からこうだよ、藤平。貴様が知る、お刺さ馴染みの大鳥タツミは昔からずっとこうだ。それを黙っていたことは、すまなかったと思う」
「……どうして今になって俺に正体を明かした?」
「それは、貴様に恋人ができたからに決まっているからだろう!」
「……は?」
顔をりんごよりも真っ赤にするタツミに、素っ頓狂な声で返す藤平。
彼のその表情はぽかんとしていて、あからさまにこの状況について理解が追い付いていない。
潤んだ瞳は右往左往としてひどく落ち着きがなく、タツミはごにょごにょと言葉を呟く。
普段の彼女からは到底想像できない姿は、藤平をより一層困惑させた。
「――、ずっと好きだった男なんだぞ? そこに自分よりも先に恋人ができたと知ってショックを受けるのは当然だろう……!」
「いや、確かに……! そうかもしれないけどな……?」
「――、だが今回はオレの方にも落ち度がある。もっと早くにこの想いを告げておくべきだった。いつか貴様の方からオレになびいてくれると、そう信じて慢心するオレがいた。それがこのような結果を生んでしまったのだ……」
「……あれで俺がお前になびくと本気で考えてたなら、呆れ通り越して驚きだわ」
藤平はため息を深く吐いた。
だが、同時に致し方ないのかもしれない、とこうとも彼は思う。
タツミはモテてこそいたが、そこから恋愛へと発展したことは一度としてない。
それは藤平自身もよく知っているし、当人もかつては恋人は必要ない、とこう豪語していた。
恋愛経験がないだけに、このような歪んだ思考へと行き着いてしまうやもしれぬ。
だからと言って藤平がタツミに同情することは一欠けらさえもない。
いくらなんと言われようとも、すでに恋人がいる。
なによりもタツミは、怪異だ。
いくら喰らわないと本人がそう主張しようとも信ずるに値しない。
「……貴様がそう思うのも無理はないな。だが、これだけは知っておいてほしい。オレは、オレの内にあるこの感情は本物だ」
「そう言われても、俺の考えが変わることは一生ないぞ? 特に、いきなり人に腹パンして気絶させた挙句、座敷牢に閉じ込めるような輩にはな」
「これは、仕方ないのないことなのだ。すべては藤平を悪しき者から守るため。そして、オレを好きになってもらうための調教だ」
さっきまでの物悲しそうな表情はもう、そこにはない。
涎を垂らし、瞳をぎらぎらと不気味に輝かせ、恍惚とした笑みを浮かべるタツミに、藤平は表情を強張らせた。
彼女の言い分は、あまりにも倫理観に欠けている。
これは立派な犯罪行為だ。通報すればいかに女性だろうと実刑は確実だ。
もっとも、当人を見やれば一切気にする様子は皆無だった。
それだけの自信がタツミにあるのだろうな、と藤平はふとそんなことを思った。
事実、タツミは怪異であって実力については人を遥かに凌駕する。
であれば、警察ごときがどうこうできる相手でないのは火を見るよりも明らかだ。
自衛隊ですらも、きっと彼女を討伐することは不可能に違いあるまい。
「――、藤平……貴様は必ずオレの物にしてやる。ゆっくりと、少しずつ、時間をかけて……」
「タツミ……!」
木格子を挟んですぐ先にて、妖艶に笑うタツミを、藤平は睨むしかなかった。
さて、これからどうしたものか。
タツミが去り、再び一人っきりになったところで藤平は沈思した。
彼がいるその場所は、恐ろしいぐらいしんとしていた。
静寂は時に心地良さを与えるが、現在の環境では真逆に不安と恐怖を助長させる。
「音がないってことは、よっぽどここが防音機能が優れてるのか……それとも人気から遠い場所にあるのか。どっちにしても、大声を出したりしても無駄ってことだな」
ここで藤平は、はたと己を見やった。
そしてすぐに、小さく溜息を吐く。
「――、あいつは俺を舐めてるのか? それとも、そこまで頭が回らなかったのか?」
そう発した藤平の顔には、明らかな呆れが滲んでいた。
着の身着のまま座敷牢へと投獄されたらしい。
ということは、すなわち所持品は彼のすぐ手元にある。
「あいつ、意外と抜けてるんだな……」
ともあれ、これでどうにかなりそうだ。
不敵な笑みを小さく作って、藤平は早速脱出を試みた。
このような事態を想定して準備も欠かせない。
今時古く大して役に立たない南京錠も、万能ツールの前では赤子の手をひねるのも同じ。
かちゃん、と軽い音と共にあっさりと解錠した座敷牢から藤平はすぐに脱出した。
上へと続く階段を一段ずつ、慎重に上がっていけば徐々に外の音が藤平の耳に入る。
そしてそれがはっきりと捉えられるようになった時、藤平は地上へ出たことを実感した。
「地下深くにあったのか……まったく、座敷牢なんて二度とごめんだな」
長く続く無人の廊下を渡り、程なくして藤平は屋外へと飛び出した。
周辺に人気や建物は一つとして存在せず、ただ鬱蒼と木々が生えているのみ。
どうやら森の中らしく、同時にそれは藤平にとって馴染みある光景だった。
「――、そう言えば……ここ、昔によくタツミと遊んだ場所だったな」
幼少期の遊び場として、大人達の介入もなく恰好だった。
もっとも、すぐにバレて二度と立ち入らぬよう藤平はタツミ共々厳重注意を受けている。
曰く、子供の遊び場として相応しくないし立ち入ってはならない。
何故そうしなければならないのか、藤平は現在に至るまで理由を知らなかった。
「……さすがに座敷牢が家にあるとは、そりゃあ知られたくないわな」
藤平はそうもそりと呟いた。
森を抜けてすぐ、すぐ見知った光景に藤平はつい安堵の息をホッともらす。
大鳥家の道場は、相も変わらず熱い熱気を発していた。
伴って道場からは、覇気のある掛け声が絶えず外にまで反響する。
いつもとなんら変わらない光景がすぐ目前にあるはずなのに、藤平の心境は穏やかとは程遠い。
一刻でも早く、この場から立ち去らねばならない。
いつ抜け出したか悟られるよりも前に、藤平はすぐに現場から離脱した。
昨日の幼馴染は今日の恋人候補!?~彼女ができた俺にやってきたのは、とびっきりの重い愛でした~ 龍威ユウ @yaibatosaya7895123
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