勝てない騎士の負けない生き方

渡貫とゐち

勝てなくてもいい……


「母さんっ、お姫さまがおれにも手を振ってくれたよ!」


「そんなわけないでしょ。あんたなんか群衆の中のひとりとして『しか』、認識されていないわ。あのお姫様があなたを見ているわけがない……期待をしないことね」


 今日はパレードだった。

 ドール王国の姫、タウナ様の10歳の誕生日である。

 行列を作り、その中心で馬に乗るタウナ姫は、八方に手を振り笑顔を見せてくれている……、国民のひとりひとりの目を見て意識してくれているわけではないから……当然、自分に手を振ってくれた、と思っても、それは受け取った側の勘違いである。


「そうなのかな?」

「そうなのよ」


 ほら、もう帰るわよ、と母親に手を引かれる。

 実はお姫さまと同い年である少年・フラッグである。だからなんなのだと言われてしまえばそうなのだけど……。

 はぐれても目立つよう、赤いバンダナを頭に巻いた少年は、盛り上がる群衆を横目で見ながら母親の後をついていった……思い返してみれば、まるで、母親は息子を姫から遠ざけたいような気がして……、その理由までは分からないけど。


「母さん?」


「お姫様を守る人はたくさんいるわ。騎士団や、姫様のお世話役も兼ねた戦える侍女だって……。男の子はすぐにお姫様を守ろうとするから困ったものね……人材過剰よ。誰もが強くなるわけじゃない。誰もが、お姫様を守れるわけじゃない……。生きて帰ってこれるわけじゃないんだから……」


 生きて帰ってこれるわけじゃない。


 その言葉にだけは、他人では言えないような『重さ』が乗っかっていた。


 最愛のパートナーを失った経験がある母親にしか出せない重さが乗った言葉だ。


「別の誰かがやってくれるわ。あなたでなくとも結果は同じなのよ」

「……うん」


「あなたが戦う必要はない。分かるでしょ? 理解してくれるわよね? お姫様は『守るべき大切な人』ではあるけれど……あなたが剣を取って戦う必要はないの。適材適所よ――向いている人がすればいいだけなんだからね――」


『戦い』から遠ざけたい。


 姫様に尽くしたいという動機を与えたくない……それは全て、息子を死なせたくない『母』としての願いだ。もう、家族を失いたくないから……この子だけは、絶対に――ッッ!


 その気持ちが分からないフラッグではなかった。


「うん……、向いている人がすればいいんだよね……望んだ結果だけを求めれば、なにもおれが剣を取る必要はないんだもんね……」


「そうよ。だから自分の実力以上のことはしなくていいから。バカなことは考えないで、あなたは堅実に、安心安全な仕事をして、結婚して、早く孫の顔を見せてほしいわね――」


「それ、10歳の子供に言うこと?」

「お姫様はもうそういう話がきていると思うわよ?」


 王族と比べられても……と思ったが、言うだけならコストはかからない。

 お姫様は実際にお見合いでもしているのかもしれないが……ただの一般人であるフラッグは女の子を紹介されることもないのだ。

 お願いすれば可能だとは思うけど……ただ、今から紹介されても……ここで将来を誓い合うこともないだろう。仮に誓ったところで、それは無責任な口約束となにが違うのだ?


「(お姫さまを見た後だと、そのへんにいる女の子じゃ満足できないよね……)」


 最低なことを考えてしまっているが、まだ子供であるフラッグは遠慮がなかった。

 だが、子供だが、お姫様が『手が届かない存在』であることと、自分では釣り合わないほど差があることをきちんと認識していた。


 母親から言われたわけでなく、身分どころかそもそも住む世界が違うのだと、手を振られた段階で気づかされたのだ。

 あの人の隣にはいられない。

 いてはいけない――なんだか、そんな気がしたのだ。相応しい人は、他にいる。


「母さん」

「なによ」


「安心してよ、おれは無謀な挑戦はしないから」

「あらそう。それは安心ね」


 と言ってくれてはいるが、きっと信用はしていないのだろう。

 子供が言う「こうする」は、きっとそうはならないのだと分かっているような態度だった。

 フラッグが、これまで宣言したことをやり遂げたことがないから、かもしれないが……。


「今度こそ本当だってばっ!」

「はいはい、じゃあ期待しておくわね……」

「してない顔だー!」


 そう指摘すれば、母親は「くす」と噴き出した。いつも気を張っている母親のそういう気を抜いた表情を見たのは久しぶりで……この顔がもっと見たいと思った。


「しているわよ、期待……してるから。私を心配させないでね、フラッグ――」

「うん!」



 後に、フラッグは騎士団へ入団することになるのだが――彼は剣を握っても約束を破る気はなかった。――無謀な挑戦はしない。できることをする――自分に向いた仕事を、全力でする。

 戦場で生き残るには、それが最善なのだから。


 戦いは、できる人に任せてしまう。


 ではフラッグは…………なにをする?



「できる人の手となり足となる。だけど決して、できる人の武器にはならない――」



 フラッグは負け続ける。

 でも、それでいいのだ…………命さえあれば。


 勝ち馬にさえ乗っていれば――どれだけ負けても、生きてさえいればいつか勝てる。


 その一度さえ、タイミングが合って手に入れることができれば……、他は求めない。


 欲しい結果を求めるために努力をするべきだが、その努力は、「決まったひとつの方向」ではない――どこへ伸ばしても構わないのだ。


 やり方はひとつではないのだから……、結果が見えているなら逆算してしまえばいい。そうすれば見えてくる役目がある。


 適材適所を見極めろ。


 自分はなにができて、なにが向いているのか……それさえ見抜くことができれば――



 手の中にあったもの「全て」を失っても、命だけは、守り抜ける。




 …了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

勝てない騎士の負けない生き方 渡貫とゐち @josho

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ