第4話

 現場は思ったよりも生々しかった。

 アスファルトに焦げついたタイヤ痕、亀裂が入り傾いている電柱、削り取られた白線、地面に散らばる黒い染み。

 復旧作業も行われただろうが、車道と歩道の区別も曖昧な交差点には事件の凄惨さがありありと残されていた。

「こりゃあ無理だな」

 着いた瞬間にわかった。こんな規模の事故に巻き込まれたら助かる見込みはないだろう。

 それにこの場所は人通りもなく、周りは住宅地の壁で囲われている。担任の話によると僕たちは病院に運ばれたらしいが、その通報もすぐに行われたか怪しい。

 こんなところで何かあっても誰にも気付いてもらえないんじゃないかという隔絶感があった。

「なんか、いやな感じね」

「こんなとこ毎日通ってたとは」

「正気の沙汰じゃないわ」

 見慣れた交差点を前にして、幽霊が二人揃って怯えていた。

 そこでふと気付く。いや視界には入っていたはずだから意識的に目を逸らしていたのかもしれない。現実味がなさすぎるのだ。

「……あそこが僕たちの終わった場所か」

 傾いた電柱の根元に色とりどりの花束が置いてあった。

 灰色のコンクリートにその色はよく映えていて、命の輝きのようにも思えた。今この場で、この花束だけが生きている。

「なんでこういう場には花を供えるんだろうな」

「綺麗だからじゃない?」

「それだけかよ」

「大事なことよ」

 蓮見はいくつもの花束を真っすぐに見つめている。

 その瞳に感情はなく、喜んでいるようにも悲しんでいるようにも見えなかった。

「綺麗な花があれば、ちょっとは救われたように見えるじゃない」

 もう一度、僕は黒ずんだ染みの上に置かれた美しい花束を見やる。

 たしかに目隠しには有効だな、と僕は小さく頷いた。

「で、なにか思い出した?」

「いやあなにも。でもなんかドキドキしてる」

「あ、それわかる。私も」

「え、蓮見も?」

 現場に来たはいいものの何の収穫も得られなかった僕は、戯れに右半身だけ住宅の塀に埋め込んでみる。

 そこで飼われていた柴犬がものすごい剣幕で吠えてきた。動物には幽霊を感じ取れるとは本当なのかもしれない。今すぐ出ていけと言われているようでショックだったので僕は大人しく退散する。

「うん。ここに近づくたびになんかドキドキするの。着いたら収まるかと思ったけど違うみたい」

 スズメと並んで電線に腰掛ける蓮見は左胸に手を添えた。どうやら僕と同じ症状のようだ。

 スズメは不思議そうにちらちらと彼女のほうを見たり、時折羽ばたいては彼女の頭をすり抜けたりしているが、蓮見はあまり気にしていないようだった。

「でもさ、なんで私たち一緒に帰ってたんだろ」

「ん?」

「そこまで仲良かったっけ、私たち」

 はっきり言うなあ、と苦笑しながら、確かにおかしいとも思った。

 僕たちは幼い頃から近くにいたけれど、普段からそこまで仲良くしていたわけじゃなかった気がする。

 それに高校生にもなって二人並んで帰るなんて、友達に見つかったら何を言われるかわからない。お互いそこまでしっかり幼馴染をやってなかったはずだ。

 小さい頃から知っているだけの、ただのクラスメイトでしかなかったような。ちょっと寂しいけど。

 そこまで考えたところで、不意に頭の中にあるイメージが浮かんだ。

「……あー」

「どうしたの?」

 突然頭を抱えだした僕に戸惑う彼女の声が降ってくる。しかし僕はうまく返事ができなかった。

 最悪だ。これが本当なら最悪すぎる。

「ごめん」

 必死に言葉を絞り出して、重い頭を持ち上げる。交差点の角に立っているカーブミラーが目に入った。その膨らんだ鏡面には蓮見の姿がある。

 錯覚だ。彼女は今隣に立っている。

 もしくは、追憶か。

「蓮見さんが死んだの、僕のせいかもしれない」

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