第3話
「ねえ、ほんとに行くの?」
「なんだよ。もしかしてこわいのか?」
「こわいわけないでしょ。私たちが元凶なのに」
僕たちは見慣れた学校の廊下を歩いて校門を目指していた。
実際のところ歩く必要はなくて、進みたい方向へ意識を向ければ滑るように移動できるのだが違和感がすごいので意識的に足を動かしている。
ちなみに壁もすり抜けられるのであえて校門を目指す理由もないわけだが、歩くのと同じで僕たちはまだ幽霊生活に慣れていなかった。
「気分が乗らないだけよ。自分の死に場所を見に行くなんて」
蓮見は窓のほうを見ていた。外には真っ青な夏空が広がっている。今日も暑そうだ。
窓ガラスに彼女の姿は映っていない。もちろん僕も。
「まあ単なる興味だよ。人生最後の場所を見ときたくてさ」
「いっつも見てたじゃない。登校路なんだから」
「ろくに見てなかったよ、あんなとこ」
三丁目の交差点は、その場を丁目でしか表せないほど何もない。
住宅街の中にある交差点には信号もなく、家と家の間に道を作っていたら出来上がってしまっただけとすら思える。高校までの最短ルートでなければ通ることはなかっただろう。
「それに、気になるしさ」
「気になるってなにが」
廊下に並ぶ扉から男子生徒二人が出てきた。二人はノートの山を抱えてこちらへと向かってくる。職員室へ届けるのだろうか。
そのうちの一人が僕たちとすれ違った瞬間「あれ、なんか涼しくね?」と呟いた。「クーラーでもあるんかな」「いや廊下にあるわけないっしょ」「だよな」と笑いあう。
青春、という言葉がふと脳裏に浮かぶ。僕たちからはすでに失われたものだ。
二つ並んだ白シャツの背中を少しの間だけ目で追って、視線を前に戻した。
「幽霊って、心残りがあるから化けて出るんだよな?」
「私もそれ聞いたことある」
「僕たちの心残りってなんだろ」
「私もそれ聞きたかったわ」
つまり蓮見もよくわかっていないらしい。
そりゃそうか。自分のやり残したことなんていちいち把握しているわけがない。人生のやることリストがあれば話は別だが。
そもそも心残りのない人生なんて楽しそうには思えない。
「行ってみたら何かわかるかもな」
事故現場には僕たちのすっぽり抜け落ちた記憶がまだ残っているかもしれない。それを拾えさえすれば何か掴めるような気がした。
根拠はないが確信はある。
なぜなら今も一歩ずつ交差点に近づくたび、胸の奥の鼓動が高鳴っていくのだ。心臓無いのに。
「わからなきゃいけないの?」
「え、いやそんなこともないけど」
蓮見に指摘されて、何が自分をここまで突き動かしているのかをふと考える。
答えはすぐに出た。
「……まあ、暇だし」
ただその一言に尽きる。
幽霊が人を驚かすのってやることなさすぎた結果なんじゃないか、と察した辺りで校門が見えてきた。
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